ミラクル・グッバイ その2
ガチャリ
志恩は恐る恐る玄関の扉を開くと、囁くような声を出す。
「ただいま~」
返事はなく少し胸を撫で下ろす気持ちになり、志恩は傷だらけの女性を抱え、自宅へと入っていく。
ふぅ~
まだ、愛莉は部活から帰ってないみたいだな。
志恩は少し安心し、玄関から2階の自室へ上がろうと階段に足を掛けたそのとき‥
ガチャーん
「たっだいまー」
「・・・・」
「・・・・」
志恩は女性を抱えながら振り向き、愛莉は玄関の扉を元気に開け放ち1歩玄関に足を踏み入れた状態で、お互い目を合わせ硬直し数秒の時間と沈黙が過ぎ去るのであった‥‥
「もぉ~志恩たら~ちゃんと説明してくれればいいのにぃ~」
「‥あのなぁ、事情を説明する前に、持っていた竹刀で頭叩いたのは、どこの誰ですか?」
「あははは…」
志恩と愛莉は今、愛莉の部屋で怪我人の女性を手当てして寝かせていた。
素人目では正確な診断は出来ないが、彼女の怪我は擦り傷と打撲だけのようなので、消毒と湿布で手当てをして、寝かせておけば体力も回復するだろうと思われた。
「まぁ事情はわかったけど、よくトラブルに首を突っ込むよね」
「ははは‥」
志恩は頭をかきながら、確かに…と、自分で納得するのだった。
その夜、女性は意識を取り戻す様子がないので、そっと朝まで寝かせておく事にし、志恩は愛莉に、志恩の部屋で寝る様に伝えた。
「じゃあ、もう寝よっか?」
愛莉は立ち上がり、志恩に問いかけた。
「そうだな、じゃあおやすみ」
「ん?」
愛莉は怪訝な顔つきで志恩に尋ねる。
「ちょっと志恩、動こうとしないけど、あなたは今日、どこで寝るつもり?」
「そりゃあ、ここで雑魚寝してるよ。愛莉は俺のベッドで休みな」
志恩は素の顔で坦々と話し愛莉はさらに怪訝な表情になっていく。
「えっなんで?」
愛莉の顔と言葉で、志恩は自分が不味い事を言っている事に気が付いた。確かに無防備な女性と二人きりで居るのは不味いが、しかしこの女は志恩にナイフで斬り突けた、ただの女性ではない。1人きりにするのも不安であった。どうしたものかと悩んで
いたが、愛莉に手を引かれ仕方なく部屋を出る事にした。
まぁ、あの様子では朝まで目は覚まさないだろうと思うことにした。
さて…自室に戻った志恩と愛莉、志恩は坦々とクッションを床に広げる作業に取り組む。
「志恩、何しているの?」
「そりぁ、寝床を作って寝る準備だよ」
「ベッドがあるじゃない」
「ベッドは狭いから愛莉が使っていいよ。俺は何処ででも寝れるから気にしないでいいよ」
話をしながら黙々と寝床を作る志恩を見ていた愛莉は、段々ほっぺを膨らませていき‥
「バーン、あら失礼」と言いながら、次々クッションを蹴散らしていく。
「おいおい…」
「ごめーん、歩いてたら足に当たっちゃった」
「いやいや。バーンて最初言ったよな?」
「もぉ~男が細かいこと言ってないで、早く寝るわよ」
そう言って、愛莉は電気を消し、志恩の腕を掴んでベッドへと潜り込むのだった。
愛莉は志恩の腕にしがみつきながら丸くなり寝る体勢を取る。
「何かこうしていると安心する。志恩は最近色んな人と会ったり出掛けたりしてるし、その内どこかに行っちゃいそうで心配なんだよ」
薄々でも、愛莉は何かを感じ取っているのだと思う。今は時間のズレがないからいいが、異世界での十数年、愛莉には寂しい思いをさせていると、ずっと思っていた。いつまた、そんなことが起きないとも言い切れず、甘える妹の姿をいとおしく感じるのであった‥‥。だが、寝れん…
自分との闘いは、志恩に安息の時間を与えてはくれなかった‥。
朝型、小さな物音で志恩は目を覚ます。と言っても、あまり熟睡していなかったのだが…
隣では、愛莉が寝息を立ててまだ眠っている。
志恩はそっとベッドから抜けると、静かに行動し、音のした隣の部屋へと向かった。
起きてからは音はしていないが、人が動く気配は感じた。志恩はゆっくりと女性の寝ている愛莉の部屋の扉を開いた。
部屋へと入るとゆっくり布団の膨らむベッドへと近付く。志恩がベッドに眠る女の攻撃範囲に足を踏み入れた次の瞬間、突如掛け布団が跳ね上がり、志恩の視界を遮った。そして寝ていた女が部屋に有ったと思われるハサミを武器に襲い掛かる。が、全て予想済みとばかりに、志恩は自分に覆い被さろうとする布団を逆に押し返し、布団ごと女をベッドに押し倒す。
女はまだ怪我が治った訳ではないようで、志恩の拘束に苦悶の表情を浮かべ、動きを止めた。
「大人しくしてくれるかな、お嬢さん」
「お前は何者だ。私をどうするつもりだ」
今、二人はマウントポジションを取る形で女の上に志恩が乗っかり女の両腕を志恩の膝が抑えている。
「勘違いしているようだから言っておく。俺の名前は志恩、普通の高校生だ。公園で倒れていたキミを家まで運んで手当てをしただけだ」
「嘘を吐くな、ただの高校生が私を抑え込むなど出来るか!」
「ん~、それはちょっと護身術を習っていただけだよ。実際、キミの傷の手当てもしたし、拘束だってしてないだろ?それにこんな可愛らしい部屋に閉じ込める悪人なんていないだろ?」
志恩の言葉に、女は自分の体と部屋を軽く見回し、納得したのか肩や体の力が抜けていくのを志恩は感じ取った。
「どうやら、お前の言っている事は本当らしいな、もう抵抗はしない」
「それは良かった、じゃあ話を聞かせて貰おうか」
志恩はそう言って、女の上から降りようとした次の瞬間‥
ガチャッ
「志恩居る?」
「・・・・」
部屋の扉を開け愛莉が見たものは、ベッドの上で下着姿の包帯を巻いた女性に股がり、覆い被さる志恩の姿であった…
「まぁ、大体分かったわ。彼女が言うなら信じましょう」
あの後、愛莉の飛び蹴りに志恩は倒され、大騒ぎとなったが、誤解だと女性も言ってくれたので、何とか治まったのだった。
今は場所を変え、リビングで3人軽く朝食を食べていた。因みに、父親は師走で忙しく、大晦日まで帰れないらしい。
女性の名前は川原佳澄、二十歳、夜中にバイクで事故を起こしたが、記憶がハッキリせず、自分の事をあまり分からないと言う。
愛莉は、怪我が治り記憶が戻るまで家に居て良いよと言って彼女を歓迎した。
愛莉は朝練の為、午前中は学校へ行ったが、玄関を出るとき「変なことしちゃだめだからね」と白い目で志恩に言伝てをして出掛けた。
今、家に志恩と佳澄の二人だけとなり、台所のテーブルに向かい合って座って居る。
「さて、佳澄さん。本当の事を言って貰えるかな」
志恩の言葉に、佳澄は先程まで愛莉と居たときの表情とはうって代わり、冷めた鋭い顔つきとなる。
「何の事かしら?」
志恩も表情を変え、真面目な表情を浮かべる。
「佳澄さんが記憶を無くしていないのは知ってる。事故もただの事故じゃないね。それに君は悪徳組に追われているでしょ」
ガタッ
志恩の言葉に、佳澄は椅子を下げ姿勢を落とし臨戦態勢を取り、目には殺気を宿らせる。
「お前は何者だ?」
殺気の籠った冷たい声で佳澄は志恩を睨み付けた。
「ん~、そんなに構えなくても大丈夫だよ。俺は、ただの高校生って言うのは本当。ただ、知り合いに警察関係者が居て、よく事件に巻き込まれて解決してきたりもしてたんだ。高校生探偵ってのはよくあるパターンだから、高校生刑事ってのでどうかな」
志恩は、先程までの真剣な表情とはうって変わり、柔らかい顔つきで話し掛けた。
「では、お前は警官なのか?」
「違う違う、バッジも無ければ資格もないよ。ただの好奇心だし、もしかしたら佳澄さんの力に成れるかもしれないと思ってね」
佳澄は、疑わしい目付きで志恩を見ていたが、暫くして、やれやれといった表情になる。
「まあ、この状況で疑ってもしょうがないし、命の恩人ではあるからな。確かに私は悪徳組に追われている。だが、それ以上は言えん」
「別にいいよ。佳澄さんは悪い人には見えないし、これ以上は話したくなったら話してよ。ただ、妹の愛莉は何も知らないし、佳澄さんが記憶を無くしてるって信じているから、そのまま話を通して欲しい。あと、妹を危険には巻き込まないよう頼むよ」
こうして傷が癒えるまで、佳澄は甲斐家に留まることになる。
志恩はこのあと、葛城に何か分かることはないか調べてもらうよう連絡を取るのだった。
次回、佳澄が事件が愛莉は‥
早目に上げていく予定です。




