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狩野デザイン事務所は通常営業(サービス残業あり)

 日曜日。お姉ちゃんを説得して実家に帰った。未だにお父さん達を許す気はなかったけど、人は突然死ぬし、後悔しても遅いって、狩野さんが教えてくれたから。

 久しぶりの4人での会話は、感動の再会……とはならず、とてもぎこちなく、でも喧嘩もせず、冷静に話ができた。お姉ちゃんが……どんな想いでお父さんやお母さんと会ったのか、わからなかった。笑わなかったけど、落ち着いてたし、私に何も言ってくれなかったから。

 私が家を出て、お姉ちゃんと正式に2人暮らしをすると言ったら、反対されなかった。

 でも最後の別れ際、お父さんが私達に向かって「たまには帰ってこいよ」と涙目で言ったので、少しだけお父さんを許してあげようって思えた。


 帰りの電車で、お姉ちゃんと2人で並んで座って。すぐに私達は両親の事なんて忘れてしまって、狩野さん達の話をした。


「お姉ちゃんは、狩野さんの奥さんの事、米沢さんから聞いてたの」

「ええ……でも……こういう事は本人から聞くべき事でしょう?」

「米沢さんは何でそんな事、お姉ちゃんに言ったのかな……」


 「たぶん……」そう言いながらお姉ちゃんは複雑な笑みを浮かべた。


「米沢さんの一番の才能は、バランス感覚なのよね。狩野さんと萌の事で、邪魔しようと私を誘導した。でもちょっとやり過ぎて、私が狩野さんの事怒っちゃって。狩野さんに悪い事したな……って。それで私に狩野さんの話をしてプラマイゼロってね」

「それ……プラマイゼロになってないと思う」

「そう? 結構絶妙だと思うけど。……伊勢崎さんに見捨てられない限界まで弄りたおし、機嫌を損ねれば餌をあげ、なんだかんだで仲良くやってるじゃない」


 餌をあげって……猫じゃないんだし……と思いつつ、野良猫と餌付けを試みる猫好きか? と思うとくすりと笑ってしまう。


「良い人なんだか、悪い人なんだか、よくわからない人だね。でも……お姉ちゃんよくそこまでわかるね。米原さんの事好きなの?」

「ありえない……って、断言したいけど、先の事はわからないわよね」


 くすりと笑うお姉ちゃんが楽しそうで、米沢さんはお姉ちゃんに振られてがっかりしちゃえばいいのにって思った。




「日鈴印刷の営業の米沢です。原稿を受け取りにきました」

「あ、すみません。もうすぐできるので、ちょっと待ってもらえますか?」

「大丈夫ですよ。あれ? 今日は古谷さん? 僕嫌われてるのかと思ったけど」

「お姉ちゃんと仲良いみたいですし……」


 バレてたんだと笑いながらごまかされて、ちょっと拗ねた。裏でこそこそお姉ちゃんと仲良くしてるのがムカつく。ちょっとでもやりかえせないかな……と思って私は意地の悪い笑みを浮かべた。


「米沢さん、お姉ちゃんの事、好きなんですか?」

「古谷さんのお姉さん美人ですからね」


 ニコニコとお世辞を言って油断をしてる所にすかさず突っ込む。


「あ……そういえば、お姉ちゃん、彼氏ができたって言ってたな」

「え!」


 一瞬ぎょっとした米沢さんの顔が面白くて笑ってしまって、私の嘘はすぐバレた。遊びじゃなくて、結構本気なのかな?

 どうして……奥さんの話、先輩に言ったんですか……って聞いてみたかったけど、ここからじゃ狩野さんに聞こえそう。それでひそっと話しかける。


「本当は……本人が言うまで黙ってようと思ってたんですけど、なかなか言わないし、トラブルになってるみたいだったし……命日は近づいてるし……でしょうかね」


 苦笑して答える米沢さんをちょっとだけ見直した。私達の事心配してくれたのかな? お姉ちゃんの言うバランス感覚って言うのが、少しだけ解った気がする。


「米沢さん……私が何か知りたい事ができたら、教えてもらえますか?」

「僕がわかる範囲なら。でも……僕の貸しは利子が高いですよ」


 そんな高利貸しは嫌だって、くすりと笑った。いつの間にか先輩が後ろに立ってて、すっと原稿を差し出した。


「米沢……待たせたな。原稿できたからよろしく」


 米沢さんは素早く原稿を確認しつつ軽口を叩く。


「今度伊勢崎君と、古谷さんと、お姉さんと4人で飲みたいよね。お姉さんの店で」


 私にキャバクラに行けというのか! 私と先輩の殺気を放った顔を見て、楽しそうに笑って帰って行った。米原さんは本当に変わらない。




 いつもの仕事中。狩野さんはいつもと変わらないように見えるけど、まだやせ我慢じゃないかな……って気になって、何かできないかと思って、つい余計な事を言ってしまう。


「狩野さん。今週の日曜は皆で休み取れますか?」

「土曜出勤すれば休めそうだね」

「じゃあ……土曜日に、久しぶりに飲みに行きましょう。鳥澄とかどうです?」

「古谷……狩野さんなら焼き肉の方がいいんじゃないか?」

「でも先輩……鳥澄の方が日本酒の種類多いし」


 先輩とのやりとりを見て、狩野さんはくすくす笑ってた。私達の気遣いなんてまるっとお見通しだ。


「それって……私は熱燗飲んでいいのかな?」

「「もちろんです」」


 当然の如く、先輩は酔い潰されて寝て、私も吐き気が酷くなる程飲み、二日酔いに苦しんだけど、それでも酔っぱらった時の狩野さんがとても楽しそうだったから、まあ……いいか。

 先輩は寝てたし、狩野さんも記憶にないだろうけど……酒を飲みながら狩野さんに口説かれた。嬉しかったけど、2人には内緒。

 酔っぱらってたから……かもしれないけど、狩野さんの口説き文句も、殺人的な破壊力を持ってて、いかに私が手加減されてるのか思い知った。先輩も恋愛経験豊富だな……と思ってたけど、さらに上を行く。流石、狩野さん。




 空けて月曜日。狩野さんはいつもの様に、なにげなくニコリと笑って言った。


「色々あって言い忘れてたけど、2人に大事な話があるんだ。1件仕事が無くなった」


 狩野さんの唐突な宣告に、何かミスでも起こして仕事をほされたのか……と真っ青になったけど、違うらしい。うちが毎年だしてる旅行雑誌。それの売り上げが低迷してて、2年に1回の発行にペースを落とすと、出版社が方針を変えたそうだ。


「今週は、例年通りこの仕事が入る予定でスケジュール空けてたけど、時間ができたね。土日は休みにしよう。2人は平日定時上がりでも、少し残業してその分交代で休みをとってもいいよ」

「狩野さんは休まないんですか?」

「せっかく時間ができたからね。新規の出版社に挨拶に行こうかと思って。時間があるうちに、何度も通って信頼関係作っておいた方が良いと思うんだ」


 おおう……さすが狩野さん。営業ですね。狩野さんが仕事するっていうのに、私が休んでなんかいられない。


「私、休みはいらないです。自主的に残業して勉強します。社内に過去のデザインの記録は残ってますよね?」

「古谷が勉強で残業するなら、俺も残ってつきあうよ。せっかくならこの前入稿した原稿の控え、まだ残ってるし、一からデザインを作る練習してみるのはどうだ?」

「わあ……いいんですか? 嬉しいです」


 休んで良いと言われてるのに、自主的に仕事を見つけて喜んで残業する辺り、もはや私も立派な社畜だ。そんなわけで今週も暇だというのに狩野デザイン事務所は、通常通り残業です。でも狩野さんがちょっと元気が出てきて、雑談も増えて楽しい。


「土日休みって久しぶりですよね。土曜に思いっきり遊んでも、日曜は休めるし……何しようかな」

「休みに遊びってなにすればいいんだっけ? 美術館で勉強は遊びに入らないか」

「ははは、若いっていいね。1日休めば大丈夫って。私は2日とも家でのんびりするかな」


 狩野さん、年寄りぶって言う程、オジさんじゃないのに……と、思いつつふと気づく。奥さんと過ごした、あの寂しいマンションで、1人で2日間も過ごすんだろうか。それってかなり辛いんじゃ……。

 迷って、悩んで、考えて、閃いた。


「狩野さん、時間があるなら社員旅行しませんか?」

「社員旅行?」

「土曜に日帰りでもいいので、どこかにお出かけして。勉強じゃなくて遊びましょうよ。温泉とか、美味しい物食べたりとか」

「社員旅行って別次元の話じゃなかったのか?」


 先輩……飼いならされた社畜にとって、社員旅行は異次元の彼方なんですね。

 私の考える事なんて、狩野さんにはまるっとお見通しで、凄く嬉しそうに「古谷さんが行きたいなら……」と言ったから、土曜日は社員旅行に行く事になった。

 さて、どこに行こうか……そんな話も盛り上がる。


「旅行か……レンタカーを借りてドライブもいいけど、4年は運転してないしな……」

「俺も一応免許持ってますけど、7年運転してません」


 そんな恐ろしいペーパードライバー達の運転するドライブは、ちょっとご遠慮願いたい。仕事が忙しすぎて車を運転する機会もないんですね。普段の通勤は電車だし、車って必要ないよね。


「電車でいいじゃないですか。その方が旅行気分ありますよ」


 初めての社員旅行、ワクワクドキドキして、張り切ってリサーチをする。本当は金曜日も2人と相談したかったのに「たまには男同士2人で飲んでくる」って、出かけちゃった。

 男同士の付き合いってのもあるのかもしれないけど……混ぜてもらえないの寂しいな。まあ、いっか。明日の社員旅行が楽しみだしね。

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