全て塗りつぶす
それは、日向でぼんやりと微睡むような心地良さだった。
視界は真っ暗で、身体は麻痺したみたいに動かない。けれど、ぼんやりと意識は揺蕩っている。そんな状態が、気持ちいい。
夢か現実か、それすらも曖昧で……ただ、何も考えられずにボーッとしていた。
そんな時だった。私の身体に、何かがのし掛かってきた。熱を帯びたそれは、私の身体を腰から首まで、するすると這い回る。やがて顔まで到達すると、それは私の視界を開けさせた。
半開きの眼で、瞼を痙攣させながら私は熱の正体を知る。暗闇の中でも輝く紅い瞳と、真っ黒な髪。妹である未来、だった。
「ぁ、ぇ……?」
「あ~あ♡ お姉ちゃん、凄い顔してる♡」
未来の顔が近付いてくる。それは止まることなく、私の口元へ押し当てられ──
「はむ……♡ んっ……♡」
「っ…………」
そのまま熱烈に絡み合った。くちゅくちゅ、ぴちゃぴちゃ。下品な音が、静かな空間に鳴り響く。
「んはぁ……♡ ごちそうさまでした♡」
「────」
「あははっ! いい顔だね、お姉ちゃん♡」
身体は動かない。声は出せない。何も……できない。
そんな私に未来からのキスを拒む手立てはなく、その後も数え切れないくらい口づけを交わすことになった。
何度も何度も、啄むようなキスを。酸欠ギリギリまでの、深いキスを。お互いの蜜を絡め合う、濃厚なキスを。何度も何度も何度も何度も、繰り返した。
その度に、私の身体は電流でも走ったかのような快楽を得ていた。自然と瞳が潤み、呼吸が乱れる。脳はぱちぱちとショートして、壊れてしまったように脳内麻薬を生み出し続けていた。
「ふふっ……いいねいいね、もうトロットロで何にも考えられな~い♡ って顔してる♡」
とても人に見せられないような顔をしている私を見て、未来は嬉しそうに笑った。そのまま手の拘束を解くと、私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「刺激いっぱいで疲れちゃったよね。ちょっと休憩、させたげる」
甘い匂いと、僅かに汗の香り。同じ家で同じ物を使っているはずなのに、この差は一体何なのだろうか? そう思うほど、いつまでも嗅いでいたくなる香しさだ。
「ん、ぅ……そんなに鼻息荒くするなんて……お姉ちゃんの変態さん♡」
「~~~!?!?」
ビクンと、身体が大きく跳ねた。耳元で囁かれたその言葉は、一瞬で私の知性を破壊すると共に、抑えきれない衝動を加速させた。
悶えるように、足掻くように……必死に未来の身体へ縋り付く。背中に手を回し、彼女の身体へ一片の隙間もないほど、強く密着させる。
「はぁ~……ほぉら、お姉ちゃん♡ お耳、イジメて欲しいんでしょ?」
むわむわとした吐息が、いたずらに私の耳を弄ぶ。その度に、電流が駆け抜けていった。熱波が私の脳を溶かし、崩し、掻き回す。感じたことのない感覚に、私は未来へ赤ん坊のように抱き着くことしかできない。
「よしよし♡ 良い子、良い子♡ お姉ちゃんは良い子だね♡」
「えらいえらい♡ もっとぎゅ~って、しちゃおっか♡」
「うんうん♡ 上手上手♡ えらいね~♡」
片側からは、そんな小馬鹿にしたような、幼児に向けたような言葉を流し込まれた。
「こんな吐息程度でびくびく動いて……お姉ちゃん、破廉恥だよ?」
「情けないなぁ♡ 私の大好きなお姉ちゃんは、こんなことで一々反応したしないよね?」
「負け負けするの好き♡ いっぱいいっぱい屈服して無様な姿晒したいね♡」
もう片方からは、私を挑発するような言葉を投げつけてくる。
脳内でそれらの言葉を反芻すると……何故か、自然と眼球が上を向いていった。
抵抗や拒絶なんて、想像すらできなくなっていた。
「はい、ぎゅー♡ お姉ちゃん、これ好きだね♡」
「んゅ、っん……♡」
繰り返される脳髄を駆け巡る衝撃と、それを慰める優しいハグの時間。飴と鞭のようなものなのだろうか。どんどん、私を襲う快楽が高まっているような気がする。
「好き♡ 大好き♡ だーいすきっ♡♡♡」
「す、き……だい、すき……」
「お姉ちゃんは私のことを、好き?」
「う、ん……だい、すき、だよ……♡」
未来からの言葉を、その意味すら考える余地すらなくただ呟く。けれど、深層心理はその言葉をしっかりと理解していた。
「すき、すき……だい、すき……愛してる♡」
「~~~~!!! うんうんっ……! 私も愛してるよ! お姉ちゃん!!!」
自然と、愛の言葉を未来へ差し出していた。口に出す度、その思いは降り積もっていく。
元々持っていた親愛と、一連の行為で増幅された愛情が混じり合う。この先何があったとしても……たとえ未来が私を殺そうとも、その愛が壊れることは決して無い。
そう思えてしまうほど、深い愛情の念が刻み込まれた。
「じゃあ、良いよね……? お姉ちゃん♡」
「う、ん……めちゃめちゃに、して……?」
「~~~~~!!!!!! お姉ちゃんってば、煽るの上手すぎだよ……!!!」
愛してる。愛してる。ずっとずっと、愛してる。
私は首筋へと向かっていく未来のことを見つめながら、息をゆっくりと吸った。
未来……私のこと、食べてっ……!
「あ、む……」
「──────!?!?」
頭を鈍器で思い切り殴られたような衝撃だった。目の前が真っ白になって、何も聞こえなくなって、ただ身体をバタつかせることしか許されない。
その内、聴覚が戻ってきた。声がする。獣のようなうなり声と、汚い嗚咽のような声。一体、何がこんな声を出しているのだ?
「ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あっ!?!?」
機能を消失した頭は、そんな疑問を解消できなかった。当然だろう。脳は何度もクラッシュを重ね、その度に再起動を行い、何かを思考する前にまた同じ事を繰り返し続けるのだから。
人間の感じられる許容範囲を遙かに超えたその刺激は、焼き切ってはいけない部分までもショートさせる。脳も身体も暴れ狂わせ、その電流は行為が終わろうとも、私の身体を駆けずり回った。
そして……何もかもが真っ白になった頃、私はようやく……その声の発生源を理解した。
「えへぇ……♡ はー♡ はー♡」
誘うような熱い息を吐きながら、その身体をベッドに投げ出すはしたない女。
吸血によって理性を完全に消失させた……私だった。あの声も、あんな声も、今の声も、全て私から発せられたものだった。
「はぁあぁああぁ~~!!! 美味しかったぁ♡♡♡」
恍惚とした顔で、未来は私のことを抱きしめる。
先ほど何度も嗅いだ匂いはすっかりと、むせ返りそうなフェロモンへと変貌していた。
「もう、誰にもあげないからね……おねーちゃんっ♡」
上書きされていく。真っ白な私を未来という色が染めていく。
何も無い私に、未来が刻まれていく。
「うん……全部、あげる……約束、だもんね」
思考が染まっていく。これは、仕方の無いことだ。
私は抵抗した。でも、それは無駄な足掻きだった。私だって頑張った。でも駄目だった。だからこれはしょうがないことだ。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くな、い……
『胡桃にはずっと、ずぅ~っと……そうやって苦しんでいて欲しいから♪』
なのに……どうしてだろう。全て漂白され、未来がそれを塗り潰したはずなのに……
あの嗜虐的な笑みが、あの綺麗な瞳が、あの少女のことが……何度も流れてくるのは、どうしてなのだろう。
私にもその理由は、全く分からなかった。




