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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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教養

ある日の放課後、琳太郎は第二音楽室のドアを開けた。グランドピアノの上にノートパソコンとワイヤレススピーカーを置くと、壁にダーツボードが取り付けられているのに気づいた。

「おい。誰だ、こんなもん貼りつけたやつは」

琳太郎がダーツボードに近寄り、困ったように笑って聞いた。

「怜ですよ」

梅子がけしからんとばかりに顔をしかめ、窓際でトロンボーンを吹いてる怜を指さした。怜が気づいて、にやにやしながら琳太郎に近づいてきた。

「他の先生に見つかったら、俺が怒られるんだぞ」

琳太郎が腕を組み、口を尖らせて怜に言った。

「いいじゃん、部活の時間外なら」

怜は両腕を頭の後ろで組んで言う。

「まあ、いいけど」琳太郎はピアノの方へ戻った。「うまいこと隠しとけよ」

琳太郎はそれ以上は追及しなかった。


部員達が集まると、琳太郎は「百年祭」の合奏をさせた。定演のときにやった曲と同じく、こちらも小編成用の楽譜なだけあって、一人一人に見せ場が多い。つまり、誤魔化しが効かない。この曲が何を伝えたいのか、何を表現したがっているのか。部員達には感性を研ぎ澄ませて、曲と真摯に向き合ってほしい。自分の音と周りの音、それぞれが生み出す最大限を編み込み、一つの曲を創り出してほしい。琳太郎はときどき演奏を止めながら、こまごまと指導していった。雛形は琳太郎から少し離れたところの椅子に座り、スコア譜を目で追いかけた。


「今日の合奏はここまで」琳太郎が言うと、部員達は楽器をおろした。「お前らは来年、全国に必ず出場する」

琳太郎の言葉に、部員達は真剣な目を向けた。琳太郎は一人一人を見渡し、再び語りかけた。

「そのためには、もっといい音楽をたくさん聴いてほしい。教養を身につけて、自分を磨いてほしい。これから動画を一本、見せる。楽器は片付けろ」

部員達が楽器を片づけている間、琳太郎はノートパソコンとワイヤレススピーカーを接続し、ブラウザを立ち上げた。動画配信サービスの画面を開き、検索欄に「綿貫つばさ」と入力した。

皆が楽器の片付けを済ませ、グランドピアノの前に集まった。琳太郎が動画を再生すると、響が「わあ」と一人で歓声を上げた。

「響に教わったピアニスト」

琳太郎が響に向かってにっこり笑い、スピーカーの音量を上げた。

「みんな、まず、黙って聴け」

琳太郎が言うと、部員達は喋るのをやめ、静かに見入った。動画のなかではタキシード姿の若い男性が、付き添いの男性と共にステージの袖から現れ、グランドピアノの前の椅子に座った。付き添いの男性は袖にはけていった。テロップには「十二のエチュード」と表示されている。演奏は厳かに始まった。

「なんか、この人…」

直樹がピアニストの姿を見つめて、首を傾げながらつぶやいた。

「うん。目が、見えないんだ」

琳太郎が言葉を継いだ。

画面のなかで盲目のピアニスト、綿貫つばさの演奏は続いた。彼は全神経を指先に集中させ、一瞬たりともブレることなく、繊細かつ優美でゴージャスに、エレガントに鍵盤を叩き、演奏した。

「あ、これ知ってる」

梅子がとっさに声を出した。つばさの演奏は「別れの曲」に移行した。穏やかで切ない情感に満ちたその調べに、部員達は聴き入った。琳太郎は昔の自分を思い出しながら、少し感傷的になっていた。まるで当時の自分がそこにいるような錯覚に陥った。

およそ三十分に渡る、見事な演奏だった。画面の中に映る外国人の観客達が割れるような拍手を送り、動画は終わった。

「どうだった?」

琳太郎が皆を見渡して聴いた。直樹が手をあげた。

「すごかったです」

「それだけか」琳太郎が笑った。「前みたいに盛大に解釈してみろよ」

今度は響が手を挙げた。

「ドラマがありました。喜び、悲しみ、苦しみ、絶望、希望、賞賛、祈り…。耳が心地よいです。ずっとずっと聴いていたいです」

響が目を輝かせ、恍惚とした様子で言った。

「そうだな」琳太郎が優しげな目を向けて頷いた。「怜、お前は」

琳太郎に話を振られて、怜はハッとした。動画再生中、ほとんど居眠りをしていたのだ。

「ああ、うん。なんか、すごかった、かな」

「いい。お前に聞いた俺がバカだった」

琳太郎が舌を突き出して言うと、一同は爆笑した。

「お前らは合奏のとき、メロディー、ハーモニー、リズムに分かれて演奏している。そのときそのとき、それぞれの役割を持って」

琳太郎が確認するように聞く。皆はそれぞれ頷いた。

「すべての役割を一人で担っているのが、ピアノだ」

琳太郎がさらに言うと、皆はバラバラに反応した。音羽や響は当然だとばかりに頷き、直樹や公彦はなるほど、という顔をしてみせ、健治は口を開けたままぼうっとしていた。

「自分に与えられた、たったひとつの役割を果たすのは大事なことだ。だが、それだけに徹していたら、お前らは育たない」

琳太郎は一呼吸おいた。

「各自の役割を理解して、他の役割も理解すること。自分にできることの幅を広げ、互いを助け合い、高め合うこと。全体を見渡せるようになっていくこと。そのなかで、何を伝え、何を訴えたいのか、明確にすること。このピアニストみたいに」

静止した画面に映るつばさを指さし、琳太郎が熱っぽく言った。部員達は、それぞれ考えるように頷く。

「ピアノは、奥が深いだろ」

琳太郎はそう言って微笑むと、回転椅子から立ち上がり、ピアノ椅子に座った。鍵盤の上に両手を置くと、つばさが弾いたのと同じ、ショパンの「十二のエチュード」を弾き出した。

「先生、やっぱかっこいい」

直樹が真っ先に、鍵盤のそばに寄ってきた。皆も琳太郎を取り囲んだ。

「さっきのピアニストと変わらない」

健治も興奮気味に、琳太郎の弾く様を見つめる。ほかの皆も賞賛の眼差しで、琳太郎の演奏に聴き入った。雛形は不安そうに見守った。

音羽は少し離れたところから様子を観察していた。それからおもむろに、琳太郎に近づいた。長椅子の左端に腰掛けると、自分の尻で琳太郎の尻を右に追いやった。琳太郎は少し驚いて、右側にずれた。音羽はそれから琳太郎の左手を邪魔するように、自身も左手で弾き始める。

「先生、そっちやって」

音羽が言うと、琳太郎は左手を離し、右手だけで弾いた。音羽が左手を、琳太郎が右手を担当して、息を合わせながら弾いてゆく。皆はますます感心して、おー、とか、わー、とか歓声を上げる。

「任せた」

琳太郎は穏やかな笑みを浮かべ、自分は椅子から立ち上がった。音羽は黙って、両手で演奏を引き継いだ。

「朱雀さんも、すごいね」

雛形は静かにつぶやいた。

「ピアノは、楽器の王様。音羽ちゃんは、学校一の音楽家です」

響は雛形の隣で、にっこり微笑んだ。


ミーティングを済ませて部活を終わらせると、琳太郎は回転椅子から立ち上がり、ドアに向かった。

「先生」

怜が、先ほどとは打って変わって生き生きした顔で話しかけてきた。

「何だ」

琳太郎の方はあくびをする。

「ダーツやろうよ」

怜は琳太郎の手を引き、ボードの手前に連れてきた。

「あー」

琳太郎は面倒臭そうに言い、さらにあくびをした。

「面白いんだって。これも、教養の一環でしょ」

ほかの教師とは違い、琳太郎だけには敬語を使わない怜だが、琳太郎は気にせず適当にうんうんと頷いた。雛形や男子達も寄り集まってきた。

怜はダーツを持ち、何度か素振りすると、ボードに向かって投げた。ダーツは三ダブル、つまりは六点のところに刺さった。

「あー、微妙」

怜は舌打ちした。男子達も「あー」と唸った。

「先生、ほら、やってみろよ」

ダーツを琳太郎に握らせ、怜が愉快そうに言った。琳太郎はだるそうな顔をしつつ、雛形をちらりと見た。本人は特に関心はなさそうに、皆と混じってこちらを見ている。

琳太郎はダーツと向き合い、急に男っぷりのいい顔をしてみせた。目を細め、ボードを見据えた。狙いを定めて素振りをし、ダーツを放った。ダーツは真ん中のブルに吸い込まれていった。

「おおー」

男子達はいっせいに歓声を上げた。

「先生、うめえ」

怜が両手を叩いてほめた。

「勝負しましょうよ」

突然、錬三郎が手を上げ、琳太郎の隣に進み出た。皆は面白がって騒ぎ立てる。

「お前、背が伸びたな」

琳太郎は目の前まで来た錬三郎を見下ろした。

「先生にはまだ追いつきませんけど」

錬三郎は琳太郎を見ず、ダーツを手の中でくるくる回しながら言う。

「負けた方が、勝った方の言うことを聞くっていうのはどうです?」

錬三郎が持ちかけた。琳太郎は一瞬真顔になると、天井を見て大笑いした。

「いいぜー」

琳太郎はダーツを投げるふりをしながら答えた。周囲の男子達はワーワー騒ぎ立てた。雛形は嫌な予感がして、第二音楽室を足早に出て行った。琳太郎と錬三郎は、雛形の後ろ姿を見送った。

「カウントアップ、やろう」

怜が言うと、琳太郎も錬三郎も無言で頷く。

「先生、ルール分かる?」

怜が琳太郎を見て聞くと、琳太郎は再び頷いた。

カウントアップは、ダーツの中でも最も簡単なルールだ。一ラウンドにつき三本投げ、合計八ラウンド行って点数を競う。得点の高い方が勝者となる。

「俺がコインを投げるよー」

銀之丞が十円玉でコイントスしてみせた。十円玉は宙を舞い、銀之丞の手の甲に落ちた。すかさず、もう一方の手で十円玉を隠した。

「表と裏、どっち」

銀之丞が問いかけた。

「表」

錬三郎が言った。

「裏」

琳太郎も言った。

銀之丞が、被せている方の手をどかす。十円玉は、表面が出ていた。

「錬三郎が先攻。先生が後攻」

銀之丞が言うと、怜が錬三郎にダーツを三本手渡した。

深呼吸すると、錬三郎は琳太郎を真顔で見た。目には静かな闘志が宿っていた。錬三郎はボードと向き合い、静かに見つめると、ダーツを投げた。


職員室に戻ってきた雛形は、自席に座ってムカムカしていた。あの二人は何をやっているんだろう。どうせろくでもないことに決まっている。もし錬三郎が勝ったらどうするつもりか。

「負けた方が勝った方に従うですって?」

雛形は独り言を言い、机をドンと叩いた。

「くだらない」

雛形は壁の時計をちらりと見た。さらに、その下に座っている副校長を見ると、目が合った。

「雛形先生、どうしたの」

机を叩く音に驚いて、副校長が尋ねた。

「もう下校時間なのに、琳太郎先生が勝手にダーツ大会を始めました」

雛形はつかつかと歩み寄り、吐き捨てるように言った。

「ダーツ?」

副校長はきょとんとしている。

「学校はゲームセンターではありません。今すぐやめさせるべきです」

分厚いメガネのフレームを人差し指で支えながら、雛形は副校長に迫った。

「まったく、その通りだ」

副校長は神妙に頷き、立ち上がると、職員室を出ていった。雛形が戸口から行方を追うと、副校長は楽しそうに頭上の被せ物を前後に揺らし、北校舎へスキップしていった。雛形は舌打ちしてため息をつくと、駐車場へ向かった。


第二音楽室では大変な盛り上がりを見せていた。接戦が続き、これまでで錬三郎が五百四十三点、琳太郎が五百二十点だった。副校長も観戦し、部員達と一緒になってワーワー叫んでいる。

「先生」

錬三郎が、椅子に座っている琳太郎を見た。

「なんだ」

琳太郎は頬杖をつきながら答える。

「ちょっと耳、貸してください」

錬三郎が言うので、琳太郎は耳を寄せた。錬三郎は口元に手をあて、琳太郎に囁いた。途端に琳太郎の顔が歪み、すぐに無表情になった。

「何やってんだよ」

早く試合を再開しろとばかりに、怜が錬三郎をつつく。錬三郎は琳太郎の耳から離れると、こっそりほくそ笑んだ。皆の声援や野次を受けながら、再びダーツを投げ始めた。


雛形が自宅で夕食をとっていると、ダイニングテーブルの上に置いておいたスマートフォンがバイブした。手に取ると、琳太郎からのメッセージだった。雛形は高速で文字を打ち、送信ボタンをタップした。


琳太郎が自宅の浴室から出てきて、タオルで体を拭いていると、インターホンが鳴った。バスタオルを腰に巻き、モニター画面を見ると、玄関前に雛形が立っていた。

「ちょっと待っててください」

琳太郎が玄関ドアを解錠すると、雛形が突進してきた。琳太郎は驚いて雛形の両肩を支えた。

「何が、『ゲームに勝った』ですか」

雛形は上半身裸の琳太郎に驚いて顔を背けつつ、食ってかかった。

「はあ」

琳太郎はにこにこしてみせた。

「何が、『雛形先生を無事にお守りしました』ですか」

「ええ、でも、そうですし」

琳太郎が人差し指を立てて頷く。

「中学生相手に何やってんのよ」

「いや、あいつが勝負しようって言うから」

「受けるあなたもあなたです」

雛形は自分の顔を琳太郎の顔に近づけ、般若の形相で迫った。琳太郎が上半身を反らすと、巻いていたバスタオルがはらりと落ちた。

「あ…」

二人は声をハモらせた。雛形は目の前にある、琳太郎のそれを見た。


琳太郎は寝室のドアを閉め、中で着替えた。雛形はリビングで正座し、それを待った。

「いきなり来るからびっくりしましたよ」

琳太郎は気軽な調子で、ドアの向こうにいる雛形に話しかけた。

「ちゃんと、今から行くって返信しました」

雛形は顔を蒸気させて言い返す。

「シャワー浴びてて気づきませんでした。あーあ、俺の全裸、見られちゃった。あーあ」

琳太郎は笑って答えた。

「見たのは二回目ですので、お構いなく」

雛形は以前に琳太郎を介抱した時のことを思い出し、勢いよく言うと、ドアの向こうから笑い声が返ってきた。

着替えを済ませてリビングに入ってきた琳太郎を、雛形は上目遣いで睨んだ。琳太郎は余裕を持った表情を浮かべ、雛形のすぐ隣であぐらをかいた。

「ねえ」

琳太郎が雛形の横顔を至近距離で見つめ、問いかけた。

「はい」

雛形は顔を合わせず返事する。

「先生って、錬三郎の家に押しかけて、キスしたんですか」

琳太郎が真顔で聞くと、雛形は弾かれたように立ち上がった。

「何それ」

困惑と怒りが混じった雛形の顔を見上げると、琳太郎は呆気にとられ、直後に吹き出した。

「だよねー」琳太郎は大笑いした。「学校一の秀才にしては、発想がしょうもねえな」

琳太郎の大笑いするさまを憎たらしそうに見ながら、雛形は口を開こうとした。琳太郎がとっさに、その口に手のひらをあてた。

「あいつ、本気でしたよ」

琳太郎は再び真顔になり、静かな声で言った。

「勝負中に耳打ちしてきたとき、最後に言ってました。お前なんかに雛形先生は渡さない、って」

琳太郎は自分の首をしめ、苦しむふりをして言った。雛形は呆然として、琳太郎の顔を見つめた。

「中坊のくせに、すごい迫力でしたよ」

琳太郎は、今度は軽く笑い飛ばした。

「負けたらどうするつもりだったんですか」

雛形は再びラグの上に座り、平坦な声で聞いた。

「俺は負けない」

琳太郎は静かな声で言い、立ち上がってキッチンへ向かった。

「は?」

雛形はキッチンの方へ向き直り、琳太郎を睨みつけた。

「俺、ダーツ得意なんですよね」

琳太郎はコーヒーを煎れるとリビングに戻り、雛形の前に差し出した。雛形が口を開き、何か言いかけると、琳太郎は雛形の両手首を掴み、向かい合った。

「負けたら土下座してました」

琳太郎は雛形の瞳を覗き込み、真面目に言った。雛形は気圧されて、開いた口を閉じた。

「あなたのことは、誰にも渡さない」

今度は、愛しさを込めた瞳を向け、柔らかく穏やかな声で訴えた。

「錬三郎だけじゃなく、伊野さんにも」

琳太郎は雛形の額に自分の額をくっつけ、語りかけた。手首と額から、琳太郎のぬくもりと愛情がじわじわ伝わってきた。雛形はしばらく黙っていた。しだいに震えが全身を覆った。

「そんなに私が大切なら…」

雛形はかすれた声で言った。琳太郎は雛形の震えを、額から感じた。

雛形はいきなり立ち上がった。両手首を掴んでいた琳太郎も上半身を引っ張られ、立ち上がらせられた。雛形は手首を振りほどき、琳太郎の胸の当たりを勢いよく押した。琳太郎は後方にある寝室のドアにぶつかった。雛形は手を伸ばしてドアを開けた。暗い寝室に入り、琳太郎をベッドに突き飛ばした。自分もベッドによじのぼると、仰向けになった琳太郎の上に馬乗りになった。

「先生」

琳太郎は驚いて雛形を見上げた。雛形は琳太郎を見下ろした。

「俺、襲われちゃうんですか」

琳太郎が横を向いて笑い、軽口を叩くと、雛形は琳太郎の頬を両手で抑え、無理矢理正面を向かせた。

「私が納得のいくように、その口で説明してみなさいよ」

雛形は怒鳴った。琳太郎は笑うのをやめ、雛形の顔を見つめた。ドアからリビングの明かりが漏れ、雛形の表情がぼんやりと見えた。雛形はカッと目を開き、体を震わせている。

「私のこと、絶対に振り向かせてみるんでしょ」

雛形は琳太郎の左手を取り、自分の鎖骨の辺りにあてながら聞いた。

「だったら、本当のことを言ってよ」

雛形は少し前かがみになり、琳太郎の顔の真上に自分の顔を持っていくと、力を込めて言い放った。琳太郎は口を半開きにしながら、その姿を漫然と見つめている。

「今日、」雛形は切り出した。「朱雀さんがあなたの代わりにピアノ、弾き出した」

雛形は琳太郎の左手を握り、指を一つ一つさすった。

「朱雀さんは、気づいてるんでしょ」

琳太郎はしばらく黙り込んだ。琳太郎の呼吸に合わせ、跨っている雛形の体も上下する。外で吹く風が、窓ガラスをわずかに揺らした。

「こんな話、全然、面白くないよ」

琳太郎が遠い目をしてつぶやいた。

「それでもいい」

雛形が言った。

「先生が、桂木先生に聞いた通りだよ」

琳太郎は、今度は宙を見て囁いた。雛形はその顔を、悲しげに見下ろす。

「あなたの言葉で話して」

つづく

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