ミドスイノート
昇降口に着くと、まりあは上履きをしまい、靴を取り出した。
「あーあ。最近、部活、つまんなくない? 疲れたよ、もう」
まりあは結那に向かって、吐き捨てるように言った。
「確かに定演前の方が、楽しかったかも」
結那は曖昧に言い、まりあと並んで駐輪場に向かって歩いた。
「先輩達は、ハンドベルが楽しいとか言うけど。まりは、サックスの方が楽しいよ」
「うん」
「別にコンクール出るわけじゃないし。そんな一生懸命やる必要、なくない?」
まりあは自転車にまたがると、校門めがけて走り出した。結那も続いた。
「うん…」
結那は曖昧に頷いた。
まりあは定演が終わってからうんざりしていた。なんだかんだ言いながら、定演前の練習は今より余程楽しかった。バリトンサックスは日に日に吹けるようになって言ったし、テナーサックスとは違う響き、表現のあり方にちょっとした感動を覚えた。低い音だけどバスクラリネットとは違い、ブンブンとかっこよくハマっていく音色が気に入っていた。
それに、近頃は怜が響に干渉することが増えたのが、嫌でも目についた。ハンドベルでも何でも、ことあるごとに怜は「分かんねえから教えて」「お前ならどうする」と言って響に話しかけにいく。
「怜先輩って、響先輩のことが好きなのかな」
まりあは下り坂を走り抜けながら、つぶやいた。
「うーん、それは、分かんないけど…」
結那も並んで走る。二台の自転車は天谷川を越え、林の小道を抜け、畑道を駆ける。あたりはすっかり暗くなっていて、二つのライトがアスファルトの路面に小さな灯りを投げかける。冷たい秋風が畑を撫でるように吹き上げ、制服のスカートをさらっていく。
「響先輩って、直樹先輩のことが好きなんじゃないの」
まりあは唇を噛んだ。
「うん。というか、あの二人は付き合ってると思う」
結那が、今度ははっきりと言った。
「怜先輩は、それ知ってて、あんなふうに話しかけてるのかな」
まりあは暗い声で言った。結那は黙り込んだ。
結那は、まりあがずっと怜のことを追いかけてきたのを知っている。自分の気持ちに正直で、誰よりも積極的で、一生懸命にアピールできるまりあのことをかっこいいと、結那は思っていた。怜の態度はつれないけれど、まりあのことをずっと応援したいと思ってきた。今は、まりあが傷ついているのに、何もできないのがもどかしかった。
「まり、どうしたらいいか分かんなくなってきた」
「まりあ…」
まりあが自転車のスピードを落としたので、結那もそれに合わせた。
「結那は、好きな人、いないの」
まりあは話題を変えた。
「んー。ちょっと気になる人はいるけど」
「へえー、誰」
まりあは少し元気が出て問いかける。
「クラスの男子だよ。最近、結構話す」
結那は恥ずかしそうに答えた。
「ええ。それ、もっと聞きたい」
結那がぽつぽつ語り出すのを、まりあは楽しそうに耳を傾けた。
翌日になって部室に行くと、今日も琳太郎が来られないと雛形から説明があった。二年生達が黙ってハンドベルの練習を始めるのを、まりあはうんざりして見ていた。
「おい、突っ立ってんなよ」
怜がまりあに向かって不機嫌そうに言った。
「はい」
まりあは渋々、机の上にウレタンマットを敷き始めた。
部活が終わると、雛形は第二音楽室から出て行った。片付けが終わると一人、二人と帰宅していく。まりあは結那がトイレに行っている間、第二音楽室の隅で待っていた。直樹がグランドピアノの上でミドスイノートを開き、書き付けている。隣にいる響はそれを見て、楽しそうに笑っていた。
「先輩、まりが鍵、閉めときます」
まりあが二人に向かって言った。
「うん。じゃあよろしく」
直樹と響はそう言って、二人揃って第二音楽室を出て行った。入れ替わりに、結那が戻ってきた。第二音楽室に残っているのはまりあと結那の二人だけになった。
「ねえ、これ、最近見た?」
まりあがグランドピアノの前に歩み寄り、ミドスイノートを結那に見せた。
「うん。時々見てるよ。あんまり書いてないけど」
結那が答えた。
「今日も、雛形の指揮、酷かったよね。なのに誰も何も書かないとか、どうなの」
まりあはイライラしてノートの書き込みを目で追いかける。直近の書き込みは直樹で、『ハンドベルはみんなの息が合ってきたけど、俺はまだまだ微妙』、と生真面目なことが書かれている。
「部長も先輩達も、お人よしすぎるんだよ。副顧問のくせに何もできないの、はっきり言ってやった方がいいじゃん」
まりあはそう言って、思っていることを一気に書き込んだ。結那はハラハラしてそれを見つめた。
「ねえ、そんなの書いちゃって大丈夫なの」
「平気だよ。だって、書いたら名前書かなくちゃいけないってことでもないじゃん」
「そうだけど…」
結那はまりあが書いた文面を見て、不安そうに呟いた。
翌日の放課後、第二音楽室にやってきた部員達は、それぞれ楽器の基礎練習を始めた。今日は金管楽器が第二音楽室で、木管楽器が廊下で練習をしている。パーカッションの三人は隣の準備室に行き、練習パッドを叩き始めた。遅れてやってきた雛形は、グランドピアノの上に置いてあるミドスイノートに手を伸ばした。最近はすっかりこれを開くのが楽しみになって、習慣化していた。皆の心の葛藤や成長ぶりが分かって、見ているだけで励まされたり、癒された。
今日もいつものようにページを開いた。雛形はその場で固まった。
部活が終わる頃になって、琳太郎が顔を出した。皆で少しだけハンドベルの練習をすると、すぐにミーティングをして、片付けに入った。
「先生。今日、指揮の練習に付き合ってもらえませんか」
雛形が琳太郎に真剣な表情で問いかけると、琳太郎は穏やかな笑顔で「はい」と答えた。
部員達が帰宅し、第二音楽室は雛形と琳太郎だけになった。琳太郎が両手を打ち、雛形にステージ中央の指揮台前に来るよう、促した。雛形が指揮台の前に歩み寄った。
「振ってもらっていいですか」
琳太郎が雛形にタクトを手渡すと、自分は指揮台の前の机に移動した。椅子に座って雛形と向かい合うと、雛形が黙って指揮を振り始めた。
「いち、に、さん、し、いち、に、さん、し。そうです、そうです」
琳太郎が手を叩き、拍を取りながら、雛形の振りざまをチェックする。雛形は琳太郎の手拍子に合わせ、懸命にタクトを振った。
琳太郎が手を叩くのをやめ、口で拍を取るのもやめてみた。雛形が自分で拍を取れているか、琳太郎は静かに手の動きを注視する。
「んー、少し経つと、速くなってっちゃうんですよね」
琳太郎が中断させた。雛形はタクトをおろして口をすぼめる。琳太郎はメトロノームのゼンマイを巻き、振り子を動かした。メトロノームはタン、タン、タン、タンと規則的にリズムを鳴らす。
「これに合わせて」
「はい」
雛形はメトロノームの音を聞きながら、タクトを振る。琳太郎は、雛形が必死で振る様子をじっと見つめた。分厚いメガネをつけていても、垢抜けない髪型をしていても、その姿は最高に可愛かった。まるで小さな女の子が一生懸命、鉄棒の逆上がりに取り組んでいるような、そんなひたむきさが感じられた。笑いたいのを堪えて、神妙な顔で雛形を見つめる。
「先生は腕が疲れてくると、指揮が小さくなっちゃうんですよね。もっと大きく振って」
琳太郎は雛形の腕の動きを見て指示した。雛形は思い出したように、大きく振りなおした。
「そう。離れたところにいる生徒達からも、よく見えるように」
琳太郎はさらに言う。メトロノームは変わらず鳴り響く。雛形はまた少し、振り方が小さくなってしまった。琳太郎は席を立つと、雛形の背後に回った。
「こうです」
琳太郎は雛形の右の手首を後ろから掴み、一緒に振り始めた。
「いち、に、さん、し、いち、に、さん、し。これくらい、大きく」
琳太郎はメトロノームに合わせ、雛形の手を大きく動かす。雛形が速くなりそうになると、琳太郎が手首を握る力を強め、制御する。
「ちょっと休みましょうか」
琳太郎が手を離した。雛形と向き合って椅子に座ると、雛形が深呼吸をした。琳太郎は軽く首を回してから雛形の顔を見た。顔が火照り、メガネのレンズが曇っていた。
「ももちゃん、顔が真っ赤だ」
琳太郎がくすくす笑った。
「だって、大変なんです」
雛形が怒って言い返す。
「ですよね。指揮って結構、体力がいるでしょ」
「はい」
雛形がそう言ってメガネを外し、柔らかそうなハンカチでレンズを拭き始めた。琳太郎はその顔を愛おしげに見つめた。琳太郎と目が合うと、雛形は頬をふくらませた。
「琳太郎先生。そういう顔して見つめるの、やめてください」
「すいません。どういう顔して見つめてればいいですか」
琳太郎が楽しそうに聞いた。
「見つめるのが、そもそもダメです」
雛形は手厳しく言って、琳太郎をちらっと見た。琳太郎は最近、髪型を変えた。以前は前髪を分けていたが、今は前髪をまぶたくらいまで垂らしている。全体にふんわりしたパーマをかけ、よりソフトな印象になった。優しげな目元が強調され、以前よりもさらにキラキラした王子様感に拍車がかかった。女子生徒達から「可愛い」とまとわりつかれることが一層増えていることを、雛形は重々知っている。
「もう一回、お願いします」
「今日はおしまいにして、飯でも食いに行きましょうよ」
琳太郎はグランドピアノにもたれかかり、あくびをしながら言った。
「そういうわけにもいきません」
雛形はメトロノームを動かして、タクトを振り始める。琳太郎は眠そうな目を雛形に向けつつ、そばにあったミドスイノートを手に取った。忙しくて最近はずっと見ていなかったことを、ふと思い出した。ページをめくると、琳太郎は目を見開いた。
「全然、上手くならないし」
雛形はぶつぶつ独り言を言いながら、タクトを振り続ける。琳太郎はノートを凝視する。
「ちゃんとできるようにならなきゃ」
雛形は繰り返す。琳太郎は雛形の方を見た。思い詰めた目をして、無心でタクトを振り続けている。
「先生」
琳太郎は雛形に声をかけた。雛形は集中しているのか、反応がない。
「先生」
琳太郎はさらに声を強めた。雛形は返事をしない。
「おい」
琳太郎は大股で歩み寄り、雛形の背後から両手を掴んだ。雛形はビクッとした後、じっとして、何も言わない。琳太郎は後ろから雛形の顔を覗き込んだ。雛形は顔を背けた。
「これ、読んだんですか」
琳太郎はミドスイノートを見せ、努めて穏やかな声で問いかける。雛形は無反応だ。
「読んだんですね」
琳太郎がノートを閉じた。雛形はうつむいた。
「まったく、ガキども」
琳太郎は舌打ちした。
翌日の放課後、琳太郎は誰よりも早く第二音楽室にやってきた。
「あれ、先生、今日早い」
二番目にやってきた直樹が嬉しそうに言った。琳太郎は軽く笑ってみせた。
「先生。今日は合唱の練習、見に行かないんですか」
響や梅子もやってきて、にこにこしながら琳太郎に声をかける。琳太郎は曖昧に頷く。
「ハンドベルの準備はしなくていい。全員揃ったら、ミーティングやるぞ」
琳太郎が笑って言ったが、目は笑っていなかった。
部員達が集まった。雛形も少し遅れてやってきた。琳太郎は回転椅子に座り、一人一人の顔を見回した。ミドスイノートを手に取り、皆の前に突き出した。
「これ、最後に書いたの誰だ」
琳太郎が問いかけた。琳太郎のただならぬ様子に、部員達はどよめいた。雛形は青い顔をして、琳太郎の後ろで立ち尽くす。まりあは黙って琳太郎の顔を見た。
「読んでみようか」琳太郎は一呼吸置いた。「『雛形の指揮、うっざ。ダッサ。幼稚園児レベル。下手なんだからやめろ。イライラする。仕切ってんじゃねえよバカ』だ、そうだ」
琳太郎はノートから顔を上げた。室内は水を打ったように、しんと静まり返った。
「俺は、これを正しいとか、正しくないとか、言うつもりはない」
琳太郎は静かな声で言った。部員達は黙って聞いている。
「俺が思うのは、直接本人に言えなくて、こんなノートを通してでしか言えないくらい、腰抜けでダサい奴だってことだ」
琳太郎は部員達の顔を見回した。何人かと目が合った。それぞれショックを受けた顔をしていたり、不快感を表したりしている。雛形は下を向いた。まりあは口を真一文字に結び、琳太郎を挑むように睨めつけた。
「雛形先生は家庭科の先生だ。俺と違って音大を出ているわけでもない。当然、いつも楽器を触ってるお前らよりも知識がないし、技術もない」
琳太郎は天井の照明のあたりを見て言った。皆は琳太郎を見たり、机を見たりする。琳太郎は続ける。
「先生はいつも、皆の見えないところでサポートをしてくれてる。大会でも、合宿でも、定演でも。先生には指揮を振る義務はない。お前らに教える義務もない。でも、指揮をやりたいって言ってくれた。頑張って練習もしてる。俺はそれを素直にすごいと思ってるし、感謝してる。当然、本番までに形になるとも思ってる」
琳太郎は、今度は雛形の方を見た。雛形は目を合わせることもなく、微動だにしない。
「どうせここで犯人探しをしても、無駄なのも分かってる」
琳太郎は、再び部員達を見回した。誰も何も言わない。
「それと、こいつの言い分が、まったく分からない訳でもない。ねえ、雛形先生」
「はい」
雛形はようやく声を発し、顔を上げた。琳太郎は雛形の視線を捉えた。
「あなたの指揮は、幼稚園児並みに下手です」
琳太郎がはっきり言った。部員達は驚いて顔を上げた。まりあは体を痙攣させて、琳太郎を見つめる。結那は今にも泣き出しそうだ。雛形は琳太郎をまっすぐ見つめた直後、暗い表情になった。
「先生。あんまりです」
響が立ち上がって言った。
「そうだよ、言い過ぎだ」
錬三郎も立ち上がった。
「でも、うざくもダサくもない。イライラもしない。バカだとも思わない」
琳太郎は声のトーンを変えず、ノートを再び開いて言った。雛形は琳太郎の隣に進み出て、皆を見回した。
「みんな、下手でごめんね。私ももっと練習するから、どうか、練習に付き合ってください。よろしくお願いします」
雛形は部員達に頭を下げた。
「先生、謝らないで」
梅子が立ち上がって制した。
「そうだよ。先生、頑張ってるじゃんー」
銀之丞も言った。
「琳太郎先生。どうしてなんですか」
直樹が宙を見ながら、ゆっくり、はっきりした声で琳太郎に問いかけた。琳太郎は無表情のまま、直樹の方に向き直る。
「雛形先生を晒し者にするなんて。先生は最低だ」
直樹は震えながら言った。皆は直樹の剣幕に気圧されて、固唾を飲んで見守る。
「下手を、下手だと言っただけだよ」
呑気な口ぶりで言って、琳太郎は回転椅子をくるくる回しながら、天井を仰いだ。雛形は黙って頷く。結那は、隣に座るまりあの制服の袖を掴んだ。まりあは結那の手を取り、力強く握りしめた。
「ふざけんなよ」
直樹が怒鳴った。琳太郎は知らん顔する。
「いいんだよ。本当のことなんだから」
雛形が直樹に申し訳なさそうに言った。直樹は額に青筋をたて、琳太郎に今にも殴りかかりそうだ。雛形は直樹の肩を掴んで制した。
「みんな、本当にごめんなさい。ノートに書いてくれた人もご指摘、ありがとう。今まで甘かったんだって、よく分かりました。今日から心を入れ替えて、練習します」
雛形は頭をもう一度下げた。
突然、ガタッと椅子を引く音がした。立ち上がったのは音羽だった。ずんずんと前に進み出ると、琳太郎からノートをひったくった。ビリビリと音を立て、まりあが書いた部分を引きちぎった。今度はそれを手にとって、準備室へ向かい、練習パッドとガムテープを持ってきた。
「何、するの」
直樹が聞いた。音羽は答えず、第二音楽室の奥のスペースに練習パッドを置くと、パッドの上に紙片をガムテープで貼り付けた。それから両手でスティックを構えた。
「ワン、ツー、スリー」
音羽は小さく掛け声をすると、一発、練習パッドを打った。ゆっくりゆっくり、続けて打っていく。皆はその様子を見守る。音羽は徐々にスピードを上げ、打ちつけていく。徐々に速いリズムになって、紙片にシワが寄っていった。スティックは高速化し、強烈なロールになった。紙片には亀裂が入り、見るも無惨な姿に成り果てた。音羽は紙面を引き剥がすと、皆の方を見た。まりあと目が合うと、音羽は目が飛び出そうなくらい、目をひんむいた。まりあはすくみ上がって、結那の腕に自分の爪を食い込ませた。結那も激しく震えた。雛形は打ちひしがれた様子で、音羽の姿をただただ見つめている。
「こういうのが、一番嫌い」
音羽は力を込めてはっきり言った。それから、まりあから視線を外すと、紙面を手のひらに乗せた。
「伊久馬。ゴミ」
「はい」
伊久馬はさっと飛び出して、音羽から紙片を受け取ると、ゴミ箱に捨てた。琳太郎は椅子から立ち上がった。
「じゃ、雛形先生は別室で練習するってことで。よろしくお願いします。みんなは、基礎練」
琳太郎は両手をパンッと打った。
「はい、失礼します」
雛形は誰とも目を合わせずに大股で歩き、第二音楽室を出て行った。
「琳太郎先生、酷すぎない? なんだったの、あれ」
琳太郎が第二音楽室を出て行った後、響はクラリネットを放り出して梅子のところへ来た。梅子もトロンボーンを脇に置いて、激しく頷く。
「確かに、雛形先生は下手は下手だよ。でも毎日、頑張ってるよね。あれじゃあ、公開処刑だよ」
梅子はひどく同情して、深くため息をついた。
「音羽ちゃんが成敗してくれたけど、誰なの、あんなの書いたの」
響はまだ怒りが収まらない。
「よく見えなかったけど、女子の字っぽかったよ」
梅子が眉間にシワを寄せて言った。
「じゃあ一年?」
健治も近寄ってきて聞いた。
「そうじゃん? うちらでも、音羽ちゃんでもないし」
梅子が言った。
「そういえば直樹は? どこ行った?」
響があたりを見回した。音楽室から直樹の姿は消えていた。
「琳太郎先生のこと追いかけてったよ。大丈夫かな。あいつキレてたよな」
健治が心配そうに言った。
「雛形先生にこんなこと言う奴、一人しかいねーじゃん」
錬三郎が話に混ざってきた。響達は錬三郎の方を見た。
「おい。まりあ」
錬三郎からは普段の優しいオーラが消え、厳しい口調で言った。そばではまりあが、テナーサックスのロングトーンを始めていた。皆はまりあの方を見た。
「下、手」
錬三郎はゆっくり、きっぱり言った。まりあは錬三郎を見つめ、唾を飲み込んだ。
「うっざ。ダッサ。幼稚園児レベル。下手なんだからやめろ」
錬三郎はさらに言った。まりあは立ち尽くした。目には涙が浮かんでいる。
「泣いてんじゃねえよ。イライラする」
錬三郎は凄んだ。まりあは楽器を抱えたまま、第二音楽室を飛び出した。
つづく




