表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
5
PR
79/272

打ち上げ

《あらすじ》

多くの観客が集まり、緑谷中学吹奏楽部ミドスイの定期演奏会は成功した。今度はクリスマスコンサートに向けて、ハンドベルの練習に取り組む。雛形が指揮をやりたいと申し出、琳太郎が指導する。直樹と響は少しずつ距離を縮めていく。雛形は琳太郎の恩師に会い、琳太郎の過去を知ることに。雛形の元彼・海斗と雛形に思いを寄せる連三郎のアプローチに刺激され、琳太郎は我慢の限界に達してしまい…。


《登場人物》


緑谷中学校職員

鳥飼琳太郎とりかい りんたろう】音楽科教師。吹奏楽部の顧問

雛形桃子ひながた ももこ】家庭科教師。吹奏楽部の副顧問

鸚鵡林おうむばやし】校長

鶏田けいだ】副校長

福田ふくだ】国語科教師。二年一組の担任


緑谷中学校吹奏楽部メンバー

白鳥直樹しらとり なおき】フルート兼ピッコロの二年生。部長

鶴岡響つるおか ひびき】クラリネットの二年生

鴨井健治かもい けんじ】クラリネットの二年生

鷺沼大輝さぎぬま だいき】バスクラリネットの一年生

鳳錬三郎おおとり れんざぶろう】アルトサックスの二年生

雉谷きじたにまりあ】テナーサックスの一年生

千鳥川公彦ちどりがわ きみひこ】トランペットの二年生

鳩山結那はとやま ゆな】トランペットの一年生

鵜森恵里菜うのもり えりな】ホルンの一年生

百舌野史門もずの しもん】ホルンの一年生。琳太郎の甥

目白梅子めじろ うめこ】トロンボーン兼ユーフォニアムの二年生。副部長

大鷹怜おおたか れい】トロンボーンの二年生

鷲宮幹生わしみや みきお】チューバの一年生

烏川銀之丞からすがわ ぎんのじょう】パーカッションの二年生

朱雀音羽すざく おとわ】パーカッションの二年生

雁谷伊久馬かりや いくま】パーカッションの一年生


講師

竹田友徳たけだ とものり】バスクラリネット講師。木管楽器全体の講師を兼任

椎名英雄しいな ひでお】ホルン講師。金管楽器全体の講師を兼任

桜川晴子さくらがわ はるこ】フルート講師。琳太郎の学生時代の先輩

後藤正ごとう ただし】サックス講師

楠庄五郎くすのき しょうごろう】トランペット講師

杉田文子すぎた あやこ】トロンボーン講師

松野翔平まつの しょうへい】チューバ講師

栗原武くりはら たけし】ユーフォニアム講師


鳴沢学園

鉛田なまりだ】中等部の吹奏楽部の講師

鐘井かねい】高等部の吹奏楽部の顧問

小金井こがねい】中等部の吹奏楽部の前任部長。三年生男子

銅元どうもと】中等部の吹奏楽部の後任部長。二年生女子


ほか

伊野海斗いの かいと】雛形の元彼。弁護士

もえ】雛形の高校時代からの友人。グラフィックデザイナー

あおい】琳太郎の元婚約者。スクールのピアノ講師

かける】琳太郎の同級生。ピアニスト

綿貫わたぬきつばさ】盲目のピアニスト

雛形安彦ひながた やすひこ】雛形(桃子)の父。あまや楽器の古株店員

雛形雪乃ひながた ゆきの】雛形(桃子)の母。生け花教室の講師

藤堂とうどう】あまや楽器の社長

桂木笙吾かつらぎ しょうご】帝国音楽大学音楽学部教授

花山はなやま】グリーンガーデンパレスの広報部主任

ミド中吹部の定演は無事に終了した。吹部一同はホワイエの玄関前にダッシュして、帰っていく観客達に頭を下げ、送り出した。多くの観客達が幸福そうに微笑み、部員達に温かい言葉をかけていく。

「白鳥君」

一人の女子高生が直樹に声をかけた。

「先輩」

直樹は驚いて声を張り上げた。そばにいた響も振り返った。そこにいたのは、直樹がかつてフルートを教わった二つ上の先輩だった。先輩は小さな花束を抱え、直樹に手渡した。

「すごかった。びっくりだよ。上手くなったねえ」

「観にきてくれて、どうもありがとうございます」

直樹は礼儀正しく頭を下げた。

「私達の代にも、あの先生がいたらな…」

先輩は悲しそうな目をして言った。直樹は口を注ぐんだ。響も黙って隣で見ていた。

「あ、ちょっと待って」

先輩が後方にいる別の女子高生に声をかけた。直樹はその人が誰なのか分かった。かつての吹奏楽部部長である。

「白鳥君、久しぶりー! ミド中、すごいレベル上がっちゃったね! うちらの時と大違い」

元部長は大笑いして、直樹の肩をばんばん叩いた。直樹は挙動不審になりながらヘコヘコ頭を下げた。さらに、元部長は隣の響をまじまじと見た。

「クラ、上手だったねー。一年生なの?」

「いえ、二年です」

響は緊張して答えた。

「そっか! 1stだったもんね。健治は?」

「ああ、すいません、多分トイレだと思います」

響はキョロキョロして探したが、健治の姿が見当たらない。

「私もクラだったんだ。全然上手くなかったけど」

元部長は謙遜して言った。意味ありげにフルートの先輩も頷いた。元部長もフルートの先輩も、消化しきれない思いを抱えているのが、直樹にも響にも伝わってきた。響はどう答えたらいいか分からず、黙ってやり過ごすことにした。

「これからも頑張ってね」

元部長は静かな笑顔を向け、響に花束を渡すと、フルートの先輩とともに去っていった。


会場の後片付けを済ませ、部員達は一旦自転車で学校に戻った。先についていたトラックから楽器をおろし、楽器倉庫へ運んだ。それが済むと、今度は打ち上げ会場へ向かった。会場は学校から少し離れたところにある洋食屋で、店の奥にある座敷スペースを貸切ることにした。

部員達はいくつかのグループに分かれてテーブルに座り、出された料理を囲んだ。どのテーブルも笑い声が飛び交い、開放感に満ちた時間を心ゆくまで堪能していた。公彦はようやく手元に戻ってきたアフロヘアのかつらを被り、サングラスをつけ、周りの男子達と写真を撮って笑っていた。

「いやー、大成功だったね」

心から寛いだ様子の副校長が、琳太郎のグラスに自分のグラスをぶつけて言った。

「副校長先生、今日は本当にありがとうございました」

琳太郎は深く頭を下げて礼を言った。副校長は優しげに首を横に振った。頭の上はアフロヘアではなく、いつもの被せ物に戻っている。

「琳太郎先生ー。お疲れ様ですー」

保護者達がビールの入ったグラスを向けてきたので、琳太郎は一人一人、頭を下げながら丁寧にグラスをぶつけた。琳太郎はちらりと雛形を見た。Tシャツとダボダボのデニムを着、大人達のテーブルの隅に座り、気だるそうにウーロン茶を飲んでいる。

「今日の展覧会の絵、今までで最高じゃありませんでした?」

「私はハウ・ハイ・ザ・ムーンが良かったと思う」

「やっぱりスペインじゃない? 白鳥君、かっこよかったわねえ」

「リベルタンゴが最高だよ。響ちゃんがヨーヨー・マみたいだったじゃない」

保護者達はいつの間にか楽曲の知識を身につけ、我が子達のファンになっていて、興奮しながら喋り出した。

「衣装が良かったわね」

「うん。琳太郎先生とお揃いのブラックスーツ、素敵だったわあ」

「私なんかずっと先生、目で追っかけてましたよ」

「私も」

今度は話の矛先を琳太郎に向けて、保護者達はマシンガントークを繰り広げる。琳太郎へのラブコールは止まらない。琳太郎は笑顔で応えながら、ノンアルコールビールを飲んだ。

「先生、結局どういう人がタイプなんですかー」

赤い顔をした健治の母が、そろそろ白状しろ、というノリで迫った。

「そういえば、さっき花束渡してた人。綺麗な人でしたねー」

直樹の母が言うと、他の保護者達もうんうんと頷く。

「僕はああいう人、タイプですね」

琳太郎が言うと、保護者達は身を乗り出してきた。琳太郎は雛形の方を見た。頬杖をついてあくびをしたり、目をこすったりしている。

「あー。先生がやっと本音を言ってくれた」

まりあの母がテーブルの上で腕を組み、おもしろそうに乗ってきた。

「そうよねー。先生くらいイケメンなら、あのクラスじゃないとダメよねー」

健治の母がビールグラスを握り締め、残念そうに言った。

「ははは。黒髪ストレートがツボなんですよね」

琳太郎が爽やかに笑ってみせた。保護者達が黄色い声をあげた。雛形の方を見ると、錬三郎が雛形に話しかけている。琳太郎はテーブルを移動した。男子生徒達のテーブルに行き、史門を捕まえて脇をくすぐったり、怜の髪をグシャグシャにしたり、直樹の頬を両手で引っ張ったりしながら戯れた。男子達は笑ったり喚いたりしながら畳の上で暴れた。大笑いしている琳太郎を男子総出で組み伏せると、もみくちゃにした。


楽しい宴の時間は矢のように過ぎて、部員の家族達が店まで迎えにきた。それぞれ車に乗り込み、去っていくのを琳太郎と雛形、副校長が手を振って見送った。

「じゃ、私はこれで。お疲れさん」

副校長はそう言うと、自分の妻の車に乗り込み、去っていった。

「俺らも退散しましょうか」

琳太郎が雛形の方を見た。雛形は宙を見つめている。生気がない。

「雛形先生?」

不思議に思って、琳太郎が雛形の顔を覗き込んだ。雛形は真っ青な顔をしている。

「大丈夫ですか」

琳太郎が問いかけた。雛形は目を閉じると、ふわりと舞うように地面の上に倒れ込んだ。


緑谷駅からほど近いところに、小さな鉄筋コンクリートづくりの休日夜間診療所があった。

「貧血ですね」

初老の男性医師が、琳太郎に向かって言った。

雛形が琳太郎の前で倒れてから、琳太郎は雛形に何度も問いかけた。苦しそうだが、雛形は問いかけに反応して弱々しく頷くことはできた。琳太郎は雛形を自分の車に乗せると、急いで病院へ連れて行った。薄暗い院内の待合室に他の患者の姿はなく、すぐに診てもらえた。雛形は病室のベッドに寝かされ、点滴を打たれている。

「お仕事、かなり無理されてたんじゃないですか」

「はあ…」

医師に問いかけられて、琳太郎はうつむいた。

雛形がこんな状態になるまで根詰めていたとは、知らなかった。自分はずっと演奏指導に集中していたし、仕事が早くて機転の効く雛形に何もかも任せきりにしていた。ふと、衣装の丈が合わないから直さなければと、雛形が言っていたのを思い出した。徹夜で作業をしていたのだろうか。学校の授業もあるのに、かなり負担を強いていたに違いない。

ずっと雛形と気まずかったこともあって、本人の心身的な状況をまったく把握できていなかった。本当はもっと干渉したかったが、雛形の硬化した態度をみて、踏み込まないようにしていたのもある。

医師が病室を出ていった。琳太郎は丸椅子に座り、ベッドの上で寝ている雛形の顔を見た。先ほどよりは頬に赤みが差し、顔色が戻っている。雛形は二十代後半だ。凛とした大人の女の顔のなかに、少女のようなあどけなさが滲み出ていた。メイクはすべて落としたかのように見えて、唇だけはボルドーのリップが残り、病室の照明を受けてわずかに光っていた。

琳太郎はほぼ衝動的に、唇を重ねた。雛形の柔らかな唇の感触に、琳太郎は目を閉じ、しばらく身を委ねた。

「ん…」

雛形が息を漏らした。琳太郎はとっさに唇を離し、丸椅子から立ち上がった。

「先生…」

雛形が目を開けた。琳太郎が背を向けて立っている。

「私…」

雛形が状況を理解できずにいるので、琳太郎は振り返って声をかけた。

「働きすぎですよ」

琳太郎がこめかみのあたりを掻きながら、雛形を見下ろす。

雛形は琳太郎をじっと見た。雛形は薬指で自分の唇に触れると、ボルドーのリップが指の腹についた。琳太郎の唇にも同じ色のリップがついている。雛形は二度見した。琳太郎は知らん顔をしている。

「油断も隙もありませんね」

雛形が射るように琳太郎を見る。

「何のことですか」

琳太郎は目を合わせず、しらばっくれた。

「私、倒れたんですか」

雛形は仰向けになったまま、カーテンのかかった窓の方を見て、物憂げに聞いた。

「貧血だそうです。安静にしてください」

琳太郎は再び丸椅子に座った。雛形が視線を琳太郎に戻した。琳太郎も雛形を見た。

「申し訳ありません」琳太郎が頭を下げた。「倒れるまで働かせてしまって」

雛形は、下げた頭を見た。そこへ、ベッド脇の机に置いてあった雛形のバッグから、バイブ音が鳴り出した。琳太郎がバッグに手を突っ込み、スマートフォンを取り出すと、雛形に差し出した。雛形は画面をじっと見るだけで、受け取ろうとしない。

「出なくていいんですか」

琳太郎がぶっきらぼうに尋ねた。画面には「海斗」の文字が表示され、鳴り続けている。

「点滴中ですし」

頭上の点滴ボトルを見上げながら、雛形がそっけなく言った。

「それもそうだ」

琳太郎はスマートフォンの画面に触れて着信拒否のボタンをタップすると、電源を切った。

「これで、邪魔する者はいません」

琳太郎は、雛形が点滴されている方の手を握った。

「ちょっと、先生」

「動いちゃダメですよ。針、刺さってるんだから」

琳太郎が点滴針を指さして、勝ち誇ったように言った。雛形は顔に困惑の色を滲ませつつ、くすりと笑った。

「そんなに握ってて楽しいんですか」

「雛形先生が早く良くなるよう、俺の『氣』を送ってるんです」

琳太郎は神妙な顔で答える。雛形はくすくす笑った。

「琳太郎先生」

「何?」

「今日、本当にお疲れ様です」

雛形は琳太郎から目を離さず、はっきりした声で言った。琳太郎も見つめ返した。

「こちらこそです。誰かは知りませんが、すごい美女に花束ももらえましたし」

琳太郎は思い出し笑いをした。雛形も楽しげに笑った。

「ありがとう」

「え?」

雛形が礼を言うと、琳太郎が聞き返した。

「今日、ステージを見て思いました。素晴らしい演奏でした。先生のつくる音楽が、聴く人を幸せにしていくんだって、よく分かりました。私、本当に感動しました。まだ、耳に残ってます」

雛形は少し興奮しながら、少女のように無邪気な笑みを浮かべ、早口でまくし立てた。

「どうしたんですか、急に」

琳太郎が少しうろたえて、でも面白そうに雛形に聞いた。

「先生の信条って、何なんですか」

穏やかな口調に切り替えると、雛形は質問し返す。

「信条、ですか」

首を傾げて、琳太郎は少し考えた。

「はい」

雛形は少し目を細めて、琳太郎の考える仕草をじっと見つめる。

「昔は…ピアノで世界を変える、でしたね」

琳太郎の耳の奥に、桂木の言葉がこだまする。自分の手指に視線を落とした。雛形は深く息を吸って、ゆっくり吐いてみせる。

「かっこいい」

今度は色っぽい目をして、雛形が囁いた。瞳の中に琳太郎の姿が映っている。

「どうも」

琳太郎の胸の鼓動が速まった。雛形の手を握る力を一層、強める。

「今は…何でしょうね。みんなが音楽で幸せになってほしいとは、思っています」

雛形は黙って琳太郎を見つめる。体を小刻みに震わせた。唇が波打ち、両目から大粒の涙が溢れ出た。

「何、どうしちゃったんですか」

琳太郎は驚いて雛形を見る。そばにあったタオルで顔を拭ってやった。

「きっと、あなたに関わった人はみんな、幸せになる運命なんです」雛形は右手でタオルを握りしめ、涙をはらはらと流しながら、懸命に声を絞り出した。「何といっても、先生は、偉大な、社会的資産ですから」

「なんだよ、それ」

琳太郎が恥ずかしそうに、困ったように笑ってみせる。

「真面目に言ってるんです」

雛形がしゃくり上げながら睨んだ。

「ももちゃんは泣き虫だな」

琳太郎は軽薄な調子で言う。それから自分の上体をベッドに近づけると、再びタオルで涙を拭いてやった。長い指で雛形の頭を優しく撫で、頬を軽くつねった。雛形はされるがままだ。雛形は琳太郎を見つめ、泣きながら笑ってみせた。琳太郎も見つめ返した。

「家に連絡しなくちゃ」

途端に雛形は暗い表情になり、寂しそうに呟いた。

「雛形家には連絡しときましたよ」

「父が来るんですか?」

現実に引き戻された雛形は、失望したような口調で聞いた。

「いえ、来ません。そのまま朝まで付き添っててくれと、お母上に言われました」

琳太郎が大真面目に言うと、雛形はたまらず吹き出した。

「うちの母がやりそうな手口です」

「困りましたね。残業代も出ないのに」

琳太郎が腕を組んで、眉間にシワを寄せてみせる。

「何かお礼をしてもらわないと、割に合いません」

そう琳太郎が首を回しながら真顔で言い、再び雛形の手を握りしめた。雛形はくすくす笑った。琳太郎も優しく笑い返した。

つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ