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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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ドテカボチャ

翌朝早く、琳太郎は雛形をピックアップすると、車で海へ向かった。よく晴れた日で、海岸では海水浴客が集まり、賑わっていた。青い海は太陽の光を受けてきらきらと輝き、白い砂浜と美しいコントラストをつくっていた。

「部活、どうするんですか」

雛形が聞いた。今日はシンプルなワンピースを着て、髪はゆるめの三つ編みにしていた。もちろんメガネを外し、軽くメイクもしている。昨日の着物姿も衝撃的だったが、今日は今日で衝撃的だと、琳太郎は息を飲んだ。

「今日は、午前休みにしました」

琳太郎がいたずらっぽく笑った。太陽の光を浴びて、琳太郎の歯は真っ白に輝いている。

「琳太郎先生」

「あ、それちょっと嬉しい」

「何がですか」

雛形は怪訝な顔で聞いた。

「鳥飼先生より、琳太郎先生って呼ばれる方が嬉しいです」

琳太郎が爽やかな笑顔で言った。

「生徒達がそう呼んでたから。前から思ってましたけど、先生って本当に歯が真っ白ですよね。王子様って感じ」

琳太郎が海を背にして立つ姿をまじまじと見ながら、雛形は呆れながら言った。背がすらりと高く、顔が小さく、手足が長い。とても絵になる。

「それを言ったら、雛形先生もお姫様って感じですよ。そんなに綺麗なのに、なんで普段はメガネなんですか」

雛形は恥ずかしさのあまりに沈黙した。琳太郎は楽しそうにこちらの顔を見てくる。

「すごく度が強い遠視っていうのもありますけど、男よけです。しつこいの苦手なんで」

雛形は言いたくなさそうに言った。

「じゃあ、メガネ取ってもらえたってことで、俺は安全って判定されてるんですよね」

琳太郎はご機嫌で聞いた。

「ええ、まあ。男として見てないっていうだけです」

雛形の容赦ない発言に、琳太郎は吹き出した。

「でも、これってお礼っていうか、なんかデートみたいになってる」

雛形がつぶやくように言った。琳太郎が優しげな目で雛形を見返した。

「気のせいじゃないですか? お礼ですよもちろん」

琳太郎がしらばっくれて言った。雛形は口を閉じたまま、クックッと笑う。

「じゃあ私はお礼のお礼、してもいいですか?」

雛形がオレンジ色の、何か丸いものを手渡した。

「おおー、これは…。かぼちゃのお化け。ハロウィンのやつですよね?」

琳太郎はそう言って、訝しげな顔をして見た。

「いいえ。これはドテカボチャです」

「ドテカボチャ?」

琳太郎が聞き返すと、雛形が少女のように笑った。

「ほら。顔が間抜けでしょ」

琳太郎はぬいぐるみをジッと見た。確かにハロウインのカボチャはカボチャそのものをくり抜いていて、目や口に見立てているので、なんとなく怖そうな顔をしている。ところがこのぬいぐるみは口角がだらしなく垂れ下がっていて、白目の中にある瞳部分が異様に小さく、まさに「呆然とした」顔をしている。あちこち毛玉ができていて、年季が入っているのが分かった。

「母がお花の先生なので、私も子どもの頃から花を生けるのが好きでした。昨日もその集まりで、手伝いを頼まれていたので、あの場所にいたんです」

雛形は昨日の一件を説明した。琳太郎は続きを促す。

「高校では華道部に入って、大会にも出たんです。審査員の前で、制限時間内に生けるんですけど、あれってかなり緊張するし、震えが止まらないこともあります。でも、私にはお守りがありました。母が作ってくれた、それです」

雛形がぬいぐるみを指した。

「ドテカボチャがお守りなんですか」

琳太郎は笑いながら聞いた。

「そうです。審査員なんてただ文句をつけたいだけのドテカボチャなのよ、会場に着いたらこれを見ながらそう思うことにしなさい。だんだん緊張するのなんか、馬鹿馬鹿しくなってくるわよ、って言ってきて」

「お母さん、すごくセンスありますね」

「ええ。おかげで私は本番に強くなりました。運転免許の本試験のときも。教員採用試験のときも。パチンコやるときも」

雛形がちょっとニヒルに笑いつつ、誇らしそうに言った。琳太郎は雛形の顔をじっと見つめると、雛形の視線とぶつかった。雛形の方が先に逸らした。

「私がたまたまそれをバッグに入れといて、たまたまパチンコやって、たまたま勝っただけなんです。私にお金もらったなんて思わないでください。ドテカボチャ、地区大会の日に持って行ってくださいね」

雛形はそう言って、サンダルを脱いだ。素足になって、波打ち際にやってきた。琳太郎も後に続いた。波が押しては返しを繰り返す。目の前を小さな子ども達が楽しげに駆けていく。雛形は何も言わず、おもむろに海水を手ですくった。琳太郎の方に向き直ると、その水を琳太郎にパシャッとかけた。琳太郎は面食らっていたが、すぐにやり返した。すると雛形はさらにたっぷりすくって浴びせてきた。キャーキャー言いながら水のかけっこが始まって、しまいには二人とも海の中で尻もちをつき、ずぶ濡れになってしまった。

「さてと。海もいいけど、お腹空きましたよ、私」

雛形は砂の上に座り込み、水平線を見ながら言った。

「了解。ご飯にいきましょう」

琳太郎はそう言うと、雛形の手を取って、立たせてやるのを手伝った。


午後になって、琳太郎は第二音楽室にやってきた。

「あれー、先生達、何でジャージなんですかー」

銀之丞が琳太郎達の服装を見て言った。響が険悪な目で睨んできたので、雛形がつかつかと前に出てきた。いつものメガネをかけて言う。

「今朝、草むしりの日だったの。ごめんなさいね、午前休みにしちゃって」

雛形がとっさに嘘をつくと、琳太郎はほくそ笑んだ。海で濡らしてきたワンピースのまま来るわけにも行かないのだろう。学校に着いた途端、すぐに女子更衣室へ走って行った姿は愉快だった。嘘をつく瞬発力が速い雛形に、琳太郎はほとほと感心していた。

「よし、みんな、合奏の準備だ」

琳太郎もすました顔で、いつもの顧問らしく振る舞った。

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