天谷川のほとり2
響は昇降口を出て、校門を出た。坂を下って天谷川のほとりで佇む。ここに来るのが最高の癒しだ。すると、直樹がやってきた。
「何してんの」
「別に」
響はそっけなく言った。
「そうだ。餌やろう」
直樹は給食で残したパンを袋から取り出した。それを千切って川面に投げる。途端にたくさんの鯉や鴨が集まってきた。その様子を隣で響は漫然と見ていた。
「鶴岡さんもやる?」
「いい」
「楽しいのに」
直樹は残念そうだ。もともと、響とはほとんど話したことはない。一年生の時に同じクラスだったが、特に仲が良かったわけでもなく、お互いに挨拶をする程度だった。響は綺麗な顔立ちだったので男子からモテた。本人には彼氏がいるわけではなさそうだが、直樹が声をかけるのはちょっと畏れ多いオーラがあった。
「なんかいつも楽しそうだね」
響は嫌味ったらしく言った。
「うん。先生が来てから、毎日楽しい」
直樹には嫌味が通じないようだった。
「へえ」
響は表情に乏しい声で言った。
「先生が来てから、部員がいっぱい集まった」
「十六人だけどね」
「先生が来てから、楽器も揃った」
「うん」
「先生が来てから、レッスンもつけてもらった」
「…」
直樹はパンをにぎり潰して、パーッと川面にばら撒いた。少し遠くにいた鴨も、バサバサと寄ってきた。
「やっと、思いっきりできる。やっと…」
直樹は感極まってしまった。言いながら、鼻の奥がつうんとする。
「うん」
響は頷いた。
「俺、もっとこの部を大きくできる気がする」
直樹は真剣に言った。
「うん」
「先生に恩返ししたいんだ。先生、ずっと俺たちのために頑張ってくれてる。雛形先生も、最近頑張ってくれてるよね。きっと雛形先生も、琳太郎先生に影響されたんだね」
直樹の頬には涙が光っていた。
「そんなことで泣けるんだ。おめでたいね」
響は不快そうに言って、川面に集まる鴨を見た。緑色の顔をしたオスと茶色い体のメスが、仲睦まじくくっついている。響は近くにある石ころを掴み、川面に投げた。石ころはドボン、と音を立てて沈んでゆく。響はさらに石ころを集めて、ドボン、ドボンと続けざまに投げた。二羽の鴨も水面下の鯉も、驚いて逃げていった。
「かわいそうだよ。石はやめてパンにしようよ」
直樹が言うと、響は直樹の顔面めがけて、石を振りかぶった。直樹が驚いて両手で顔を覆った。響はその隙に、暗闇の中を駆けていってしまった。




