ゲーセン
ある日の午後、怜は吹部の練習に行こうとせず、駅前のバッティングセンターにいた。特に何をするわけでもなく、ゲームコーナーにあるベンチに座り、バッティングに興じる来場者を仏頂面で眺めていた。
「お、どうした、怜じゃん」
一人の短髪の男子高校生が声をかけた。怜は無視する。
「なに。知り合い?」
もう一人の、アッシュカラーを入れた長髪の高校生が間に入ってきた。
「こいつ同中なんだよ。な! 怜」
短髪が馴れ馴れしく怜の肩を抱きながら言ったが、怜は黙ったまま答えない。
「何、シカトしてんだよてめえ」
怜の襟首を掴んで、短髪が睨みつけた。
「知らねえよ」
怜は唾を相手の顔に飛ばした。
「このクソ中坊が」
長髪の方が怜の腹を殴りつけた。怜は背後のプリクラ機につんのめった。中にいた女子中学生達が悲鳴をあげて逃げ出した。怜もやり返そうとすると、誰かに腕を掴まれた。後ろに琳太郎がニコニコ笑って立っていた。
「ほれ。部活の時間だぞ」
琳太郎がそう言って怜を連れ出そうとすると、短髪が琳太郎の太ももを蹴りつけた。
「えーと、君たちは青林高校かな。クラスは? 名前は?」
短髪と長髪は琳太郎の話を最後まで聞かず、バタバタと逃げ出した。
「んだよてめえ。余計なことすんじゃねえよ」
怜は蹴られた腹をかばいながら、琳太郎の胸をどついた。
「目白とトロンボーンが待ってるぞ」
「知らねえよ」
「昨日、お前が放り出した楽器を手入れしてくれたのは誰だと思う? 部活行くぞ」
琳太郎は怜の腕を無理矢理掴んで、店を出ようとした。怜はカッとして琳太郎の頬にパンチした。琳太郎はよろけて、背後にあったプリクラ機にぶつかった。中にいた女子高生達が怖がって飛び出してきた。
「てめえ、うぜえんだよ」
さらに琳太郎の鼻にパンチをめり込ませようとすると、今度は琳太郎の手のひらで遮られた。頭にきたので、怜は左足で琳太郎のスネを蹴飛ばそうとするも、琳太郎がよけてその足を掴んだ。
「怜。野球部に戻りたいか」
琳太郎は冷静に聞きながら、グッと怜の体を後退させ、ペンチに座らせた。怜は答えず、琳太郎の靴に向かって唾を吐いた。
「本当に、心から戻りたいなら、野球部に返してやる」
琳太郎は怜の前に向かい合わせで立った。真剣なまなざしで、怜の顔を覗き込む。
「うるせえよ」怜は吐き捨てるように言った。「帰れよ」
怜の声は震えていた。琳太郎がさらに何かを言おうとすると、怜はベンチから立ち上がり、右足で蹴飛ばそうとした。ところが、琳太郎にガッチリと膝を掴まれてしまった。怜は琳太郎を思い切り頭突きした。琳太郎は後方に突き飛ばされた。
「やめろ、右足は」
琳太郎は頭を痛そうに抑えながら、怜を宥めた。
「大事にしろよ」
怜は、自分の右足をじっと見た。力が入らない。以前捻挫したところは、完治していない。それどころか最近、また痛み出した。
「野球が好きなら、高校入ってからでもできる。でも、吹部だったら今すぐできるんだぜ」
琳太郎が真剣な眼差しを向けて言った。怜は黙って、バッティングセンターを飛び出した。
琳太郎が腫れ上がった顔を抑えて職員室に入ると、ほかの教員達がびっくりして集まってきた。
「いやー、ちょっと駅の方に買い物行ってきたら、痴漢に間違われちゃって。女の子に殴られちゃって。ハッハッハ」
琳太郎が笑って誤魔化すと、雛形が歩み寄った。
「保健室、行きましょうよ」
雛形に促されて、琳太郎は大人しく従った。
保健室で養護教諭に手当てを受け、琳太郎と雛形はお礼を言って退室した。頬に氷の入った袋を当て、ときどきフラつきながら廊下を歩く琳太郎を見て、雛形は近くの面談室に誘い入れた。二人はテーブルを挟み、向かい合わせに座った。
「それ、本当は痴漢とかじゃないんでしょう」
雛形が聞いた。分厚いメガネ越しに琳太郎を見据えている。
「バレました?」
琳太郎が茶目っ気たっぷりに返した。
「鳥飼先生に痴漢されて怒る女性なんて、この世にいるんですか」
雛形がにこりともせずに言ったが、琳太郎の方は思い切り笑った。その反動で頬の傷が痛み、氷袋を取り落とした。雛形がそれを拾って、琳太郎に手渡す。
「それやったの、もしかして大鷹君だったりします?」
雛形が聞いた。
「…誰にも言わないでやってください」
琳太郎が痛みに震えながら答えた。
「やり返しました?」
「まさか」
琳太郎は手を振って否定した。
「よかった。暴力沙汰はごめんですから」
雛形が突き放すように言った。
「すいません…」
琳太郎は小さくなって謝った。雛形は黙って部屋を出た。数分で戻ってきて、持ってきた温かいお茶を琳太郎の前に差し出した。




