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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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乱闘騒ぎ

楽器を校庭前まで運んで演奏する、呼びかける、ビラを配るなどの流れがスムーズになり、勧誘活動もだいぶ板についてきた。大輝だけでなく、ほかの仮入部中のメンバーもパーカッションの小物を使って参加した。響は首に「書道部も同時募集中」と筆で書いた段ボールをぶら下げている。

相変わらず、野球部達は下品な野次を飛ばしにやってきた。今日はサッカー部や陸上部も巻き込んで冷やかしを楽しんでいる。吹部は無視して勧誘活動に勤しんだ。

「じゃあ、次の曲な。俺はちょっとトイレ行ってくるからな」

琳太郎は部員達に向き直って言うと、その場を離れていった。ドラムの銀之丞の合図で演奏を再開する。雛形はその様子を見守る。

そろそろ朝のホームルームが始まる時間が近づいてきて、生徒の数が少なくなってきた。それでも野球部は、今日も下品な野次を飛ばして干渉してくる。

「あいつら、ちんどん屋のくせに近所迷惑なんだよな。騒音公害」

一人の野球部員が吹部を睨みながら言った。

「特に、あのデブは顔がムカつくんだよな。汗かきすぎだし」

別の野球部員が梅子を顎でしゃくってあざけると、ほかの部員達が爆笑した。

「おい、怜。あのラッパにぶつけてやらねえか」

さらに別の野球部員が、トロンボーンのベル部分を指差して言った。

梅子はキッと睨みつけるものの、無視して演奏を続ける。すると怜が無言で、梅子のトロンボーンに向かって野球ボールを投げつけた。楽器に当てられては敵わないと、梅子が楽器を素早く頭の上に持ち上げた。すると、ボールは梅子の左の脇腹に直撃した。梅子はその場でよろけて地面に倒れた。

片付けを手伝いにきた雛形と、トイレから戻ってきた琳太郎は事態を察した。琳太郎は雛形に目配せする。雛形は頷き、すぐさま保健室に梅子を連れていった。カッとなった直樹は怜を殴りつけようとする。しかし、非力な文化部男子が運動部男子に勝てるわけがない。怜のキックで腹に一発お見舞いされて、直樹はその場でうずくまった。もう一発キックしてきたが、琳太郎が体を張って直樹をかばった。バカ笑いする怜に背後から忍び寄り、次に飛びかかったのは公彦だった。公彦は怜のワイシャツの襟首を掴み、後方の地面に叩きつけた。その拍子に打楽器の小物類を乗せていたスタンドが倒れ、怜の頭には打楽器の小物類が派手な音を立てて落下した。地面に仰向けになった怜はウインドチャイムを掴んで公彦にぶつけようとするも、誰かが両手首を押さえつけて妨害した。一年生の大輝だ。大胆にも大輝は馬乗りになって、右手で怜の喉元を、左手で髪の毛を引っ掴み、両足で両手首を地面に押さえつけている。怜は罵詈雑言を吐き、頭上にある大輝の顔面めがけて唾を吐いた。その唾が怜の目に返ってきて、痛そうに呻いた。大輝がガハハと笑った。その大輝の尻を、今度は別の野球部員が思い切り蹴り飛ばした。

その後は野球部対吹奏楽部の乱闘になった。蹴ったり打ったり砂をかけたり、やりたい放題のなか、悲鳴と怒号が飛び交う。琳太郎が制して、なんとかその場を収めた。

保健室に運ばれた梅子はさいわい、胴体に巻きつけておいたエアクッションのせいで軽い打ち身ですんだ。養護教諭になぜそんなものを巻きつけていたのかを聞かれ、黙りこくった。健治の言っていたネットアイドル・えりジェンヌの真似してダイエット効果を試していたなんて、口が裂けても言えない。

「それで、どうして怪我をしたの?」

養護教諭が肋骨部分に湿布を貼ってやりながら、核心に触れてきた。すると、梅子の代わりに雛形が即座に答えた。普段の雛形とは思えないような、ドラマチックな様子で話し始める。

「外で演奏していたら、突然、小さい野良猫が目白さんに飛びかかってきたんです。そしたらその拍子にバランスを崩しちゃって。可哀想に、脇腹を花壇のレンガにぶつけてしまったんです」 

梅子はえっと言ったが、怖い顔をした雛形に制されてしまう。養護教諭はなんの疑いも持たずに頷き、痛むようなら整形外科を受診するよう言うだけだった。

「目白。お前、ちょっと早退しろ」

いつの間にか来ていた琳太郎が言った。

「え?」

梅子がきょとんとしていると、琳太郎がほくそ笑んだ。

「部活の時間になったら戻ってきていいからさ」

「そうね、病院には行っときなさい」

事情を分かっていない養護教諭も賛同した。

琳太郎はウインクすると、怜のいる教室へ向かった。ちょうど、一時間目の授業が始まっているところだった。

「失礼します。おい、大鷹」

琳太郎は黒板に向かっている教師に会釈してから、怜に向かって手招きした。怜は不快そうな顔をしてみせた。

「先生すいません、ちょっと、こいつ借りますね」

琳太郎が言うと、教師は軽く頷いた。

「あんだよ」

怜が教室を出て、琳太郎にくってかかった。琳太郎は無言で怜の目を見据える。その顔に怜はたじろいた。口元は笑っているが、目は笑っていない。ちょうど、教室から離れた非常階段前で琳太郎は立ち止まった。眉毛と口角を下げ、低い声で言った。

「大鷹。お前がボール投げた相手、目白梅子がな。今、病院に行ってる。あれは多分、あばら折れたな。治療代もかかるだろうし、向こうの親御さんにも連絡しなきゃだし、お前の家にも連絡しなきゃならない」

怜は何も言わず、顔を真っ青にしていた。楽器にぶつけて笑ってやろうと思っただけなのに。怜には父親がいない。母ひとり子ひとりの家庭だ。

「島田先生にも、校長先生にも報告しないとな。こんな暴力、放っておけるわけないだろ?」

床を見ていた琳太郎が、チラリと怜の顔を見た。青い顔が小刻みに震えている。

「まあ、内申点に響くだけならいいよ。でもお前、今度の夏の公式戦は…」

怜が、自分より背の高い琳太郎の胸ぐらを掴んだ。怜の額には太い青筋がメキメキ立っている。琳太郎はヘラヘラと笑ってみせた。

「脅しに見えるくらい、やましい気持ちがあるのか?」

「ざけんなよ」

怜が凄んだ。

「ざけてんのはどっちなんだ? このままじゃお前の今後があんまり可哀想だから、黙っててやってもいいんだぜ」

冷静な声で返しつつ、琳太郎の目つきはナイフのように鋭く光った。怜は一瞬怯んだが、構わず睨みつける。

「タダで済むと思ってんのか? お前は公式戦には出られない。一軍からも外されるだろうな」

琳太郎は胸ぐらを掴まれたまま、口笛を吹いた。

「でもまあ、目白が怪我したのはお前じゃなくて、野良猫のせいってことにしてやるよ」

「…?」

怜は、言ってる意味が理解できずに無言になった。

「だけど、条件がある」

琳太郎は怜の手首を握った。あまりの力に怜はうめき声をあげ、襟を離した。

「なんだと」

怜は上体をかがめて、ゼイゼイ息をしながら言った。琳太郎は目を閉じて、一度、深呼吸をした。それから軽口を叩くように、こう言った。

「吹部に入れ。お前はそこで精進する。それが条件だ」

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