第一七八二話 蓋を閉じて三分
特典宝箱の鍵穴。いつの間にやら存在していたそれは、どうやら私の目にしか映らないらしい。
もしかして例の鍵を使用せず保持していること、がこの鍵穴を視認する条件に設定されているんじゃないかと思い、アグネムちゃんにも確認してもらったのだけど。
しかしどうしたことか、彼女の目にも鍵穴は見えないとのこと。
この事実を受け、さてと話し合う私たち。
「つまりアグネムや我々に無く、天使様だけが有しているものがある。というようなことでしょうか?」
「だからミコトには鍵穴が見え、他の皆には鍵穴が見えない……」
「ミコトだけが得ているもの、或いは達成しているであろう何らかの条件、か」
「なんか、多すぎて絞り込めないわね」
「それだけこの迷宮内で、ミコトちゃんは無茶したぱわなぁ」
「うぐぅ……まぁ、自覚があるから何も言えないけども……」
普段なら叩いて渡る石橋も、この迷宮内ではじゃんじゃん駆け抜けてきた。我ながら警戒心の薄いことである。自己嫌悪の対象とすべき軽率さだ。
流石に何かしら、精神干渉を受けているものと疑いたいところではあるのだけど、確たる証拠もないため何とも言えないのがもどかしいところ。
ともあれ、裏を返せばそうした無茶の成果として、私は皆が取りそこねた要素をいろいろと拾いながらここまでやって来たことになる。ゆえに、私だけが立てたフラグは数知れないわけだ。その中からズバリこれだと絞るのは困難で、首を傾げることしか出来そうにない。
何にしたところで、事実、鍵穴が見えるのもそこへ触れられるのも私だけ、というのは間違いのない事であり。
であるならば、さてコレをどうしましょうかね、と意見を交わす私たち。
尤も、答えなんて半ば出ているも同然なのだけど。
「実際、鍵を挿してみようと思うのだけど、どう思う?」
そのように皆へ問いかけてみたなら、ふーむと小さなシンキングタイムがあり。
「流石に、これでスルーするわけにも行くまい」
「罠にしては手が込みすぎてる、と思う」
「少なくとも私が分かる範囲では、危険な仕掛けじゃない気がする。だから一応大丈夫そうではあるけど」
「とは言え、また変なボスとか出てきたら流石に堪らないわよ」
「無いとも言えないのがいやらしいのぜぇ」
「ぶっちゃけもうクタクタです~」
「一度出直す、というのも手ですか」
「けど、特典宝箱を開いてしまった以上、いつこの部屋が消滅してもおかしくないのでは?」
「グルゥ」
意見はやはり賛否に別れ。けれど猛反発をするメンバー、というのは居なかった。流石にこのタイミングでえげつない罠を仕掛けてくるほど迷宮側も考えなしではあるまいと、そう考えてのことだろう。
実際、特典部屋にトラップの類が仕掛けられていた、という例は私たちの経験則からしても、この世界の歴史を紐解いたところで、一つも例が無いというのだから安心材料とするには十分か。
問題は本当にここが、一般的な特典部屋と同じものとは限らない、って点にあるけれど。だからといって、こんなに怪しい鍵穴を放置して去るのかと言えば、結局のところそんな事出来るはずもなし。あれこれ悩むだけバカらしいとも言える。
ってなわけで、なんやかんや意見こそあるものの、実際鍵を挿してみる運びと相成り。
万が一に備えるのであれば、一旦しっかりと休息を挟み、万全のコンディションで臨みたいのは山々なれど。しかし何時この部屋が消えてなくなるとも限らない、というのだから仕方がない。実際攻略されたダンジョンは消えてなくなるものだしね。
そういう意味じゃ、この部屋どころか迷宮自体が消える可能性も考えるべきかも知れない。ますますのんびりしている場合じゃないな。
「ミコト様、私から試してみてもいい?」
と、挙手してみせたのはアグネムちゃん。彼女もまだ鍵を使用せず手元に残しているため、この鍵穴に挿し込むことも可能だろう。
ただ、アグネムちゃんには肝心要の鍵穴が見えていないらしい。そんな状態で鍵を挿すことが出来るかどうか、というのは確かに気になる事柄ではあった。
であるなら、先に試してもらうのも良いだろう。頷きを返し、どうぞどうぞと先を譲ったなら、礼を述べてから特典宝箱の正面に歩み出る。
そうして、【マイハウス】のスキルが秘められたその鍵を、徐ろに鍵穴へと向け。恐る恐るといった具合に、そっと先端を近づけていく。
すると……。
「! 入らない……」
「まぁ、我々には鍵穴自体見えていないしな。それはそうだろうという感想しか出てこないわけだが……」
「ミコト様にはどんな感じに見えてるのです?」
「鍵穴の位置と鍵の位置がズレてる、とか?」
「いや、位置は合ってるね……でも、なんだコレ。まるで透明な板で阻まれてるみたいに、先端が止まっちゃってる」
いかんせん、鍵穴は私にしか見えないってんで、なんだか一人ホラを吹いているような構図に見えないでもないけれど。しかし私の目からは本当に、鍵が透明な何かに阻まれているように見えるのだから、疑われても困ってしまう。
その後も何度か挿し込みを試みたアグネムちゃんだったけれど、やっぱり無理そうだっていうんで諦めが付いた様子。潔く順番を私と替わり、宝箱の前を空けるのだった。
そうしたらいよいよ、私が鍵を使用する番だ。ちょっと緊張してきた。
「じゃ、試してみるよ?」
「一応身構えておくのぜ」
「爆発とかはやめてくださいよ~?」
「そうならないことを祈ってて」
「ひぃ~」
そそくさとクラウの後ろに引っ込んだスイレンさんにやや呆れつつ、鍵を構える私。
先端を鍵穴へと寄せ、果たして挿し込めるかどうか……。
「……お……おお? 入った入った! 挿し込めた!」
「「な、なんだってー!」」
主観で言うのなら、まぁ何も特別なことはなく。精々が、やっぱりこの鍵はこの鍵穴と対になってたか、という感想が真っ先にやって来るのだけど。
しかし皆の視点からしてみたら、鍵穴は見えないのに鍵が挿さるという不思議な光景に映るのだろう。ともすれば私が力尽くで鍵をぶっ刺したように見えたかも知れない。
皆が覗き込むように、鍵の挿さった宝箱を眺めては不思議がった。が、ダンジョンや迷宮ではこのくらいの不思議なんて、よくある話。故にそれほど尾を引くような話題でもない。
「挿し込むだけ挿し込んだけど、これだけじゃ特に何も起きないね」
「鍵と言うなら、やっぱり回してみるべきなんじゃないかしら」
「まぁ、そうなるか。んじゃ捻るよ」
挿し込むだけで機能するのはカードキーと相場が決まっている。けれどこれは、どう考えても挿し込んで捻ってこそ意味を成すタイプの鍵。であればやることは決まっている。
皆に軽く目配せしたなら、えいやと手首を返し、回りそうな方向へと鍵を回転させた。
すると特有の、ガチャリという小気味良い音が鳴り。それと同時である。
「おわ、なんか出た! ウィンドウだ!」
「これまた、私には見えんぱわ」
「私にも見えません。残念です……」
「なんて書いてあるの?」
「ガウ」
「ん、えっとねー」
────────
技の試練で入手した「貸出品」をこの箱に収め、一度鍵を掛けてください。
三分ほど待った後、解錠して箱を開けると……あら不思議!
貸出品が豪華景品へ置き換わっているはずです。
当然こちらは贈呈品ですので、持ち帰っていただいて構いません。
────────
「────……だってさ」
「つまり、また隠し要素ですか」
「どんだけそういうの拾ってくんのよあんたは!」
「奇人だけが得をする迷宮」
「抗議案件ですね~!」
「ウェブデさんに言ってね!」
慌ててヘイトコントロールである。てか、サラッと奇人扱いされたよね。ちょっと悲しいんですけど。
しかしなるほど、まさかそんな隠しイベントが用意されていたとは驚きだ。もしかしてだけど、拝借してきた貸出品が多いほど景品が豪華になる、なんて嬉しい仕様が採用されてたりしないだろうか? だとしたら全裸で体の試練に突入した甲斐もあるってものだけど。
でも、そうするとせっかく持ち帰ろうと思った貸出品のジャージを、ここで別のアイテムに変換することになるってわけか……そう考えると少し寂しいと言うか惜しいと言うか。
ただ、皆が目をギラつかせているこの空気感で、ジャージを手放したくないからスルーする! なんて言えるはずもなく。
「……取り敢えず、ジャージの詳しい情報だけしっかり記録してから箱に入れるか。帰ったらハイレさんに何とか再現してもらわないと……」
てなわけで、仲間たちに手伝ってもらいつつ、私はジャージの記録作業を行ったのである。
これでもししょぼいアイテムが出てきたら、流石にちょっと堪忍袋の緒がどうなるか分からないからね。否が応でも期待は高まろうというもの。
はてさて、豪華景品とは一体……?




