第一〇四話 小手調べ
ソフィアさんオススメの狩場へ、三日ほども歩いてようやっと到着した私たち。
果たしてそこにいたのは、岩で体を構成した巨人。即ち、ゴーレムたちであった。
私たちは切り立つ崖の上より遥か谷底を見下ろしながら、そこに徘徊する彼らを観察し、意見を交わしていた。
「それにしてもでっかいね……それにアイツらの体が、そこら辺の岩と同程度の強度とも限らない。もっと柔らかければ有り難いけれど、硬かった場合は一層骨が折れそうだ」
「確かゴーレムにはスタミナって概念がなかったはず。持久戦は不利」
「もしあんなのに囲まれちゃったら、流石に危険ですね……相手をするなら一体ずつじゃないと」
「兎にも角にもまずは戦ってみようじゃないか!」
一人だけ嬉しそうなクラウは置いておくとして、とりあえずこうして観察してみて分かったこと、思ったことなどを列挙し、攻略の糸口を皆で探していく。
一方でソフィアさんもオレ姉も、特に口をはさむでもなく私たちの様子を見ているようだ。
特にソフィアさんにしてみれば、新たな脅威に対して私たちが如何に対処するのか、というのも受付嬢として見ておきたい部分だったのかも知れない。
あまり無鉄砲に突っ込むような冒険者なら、リスクの高い依頼を斡旋しにくいだろうから。
その点私達は慎重だ。話し合える余裕があるのなら、事前にしっかり打ち合わせを行うようにしているし、そんな暇がない場合は威力偵察と一時撤退も常套手段として用いている。
何にしても、初見というのは恐いのだ。
ゲームなら笑って済むような、いわゆる初見殺しの類が、この世界では文字通り命取りになる。
ゲームってものに親しんできた私だからこそ、決してこの世界の脅威というものを侮ったりはしない。
むしろ、スタッフの悪意ってものを予想できる下地が出来ているから、石橋はバシバシ叩いていくスタイルなのである。
そうしてしっかりと話し合いをした後、いよいよ話題は次のステップへ。
即ち、どうやってあのゴーレムたちとやり合うのかという話題である。
「戦うにしても、この崖を降りなくちゃならないわけだよね」
「見たところ降りられそうな道は無いみたい」
「ですね。となると……」
皆の視線がスゥーッと、私に集まってくる。
まぁ、何を言いたいのかは分かるが、一応皆を代表してクラウが言葉にしてくれた。
「ミコトのワープが頼みの綱だ。やってくれるか?」
「まぁ、そうなるだろうね。大丈夫だよ、回復薬も補充しておいたし、そうでなくとも行き帰りくらいは普通にできるから」
私の返事にクラウを始め、皆が安堵したかのように表情を和らげる。
それらを横目に、私はソフィアさんたちへ問うた。
「二人はどうします? ここにいるならモンスター除けの結界とか張りますけど」
「そうですね……出来れば間近で、皆さんの戦いぶりを観察したいのですが」
「私も出来れば近くで観戦したいね」
「ふむふむ……言うまでもないことですけど、危険ですよ?」
一応忠告はしたけれど、二人してそんなことは百も承知だと頷きを返してくる。意思は揺るがないらしい。
オルカたちの方へ視線を向けると、それぞれが意見を述べた。
「ゴーレムの強さ次第では、護衛に人を回す余裕がないかも」
「でしたら、まずは小手調べを仕掛けてはいかがでしょう? 拙い相手なら、すぐさま退避する形で」
「私個人としてはガッツリやり合ってみたいところだが、流石の私も黒鬼にボコボコにされて少し反省したからな。小手調べには賛成だ」
ということで、一応のプランはまとまった。
まずはワープを駆使して全員で谷底に降り、近くに仲間のいない、単独徘徊中のボッチゴーレムを相手に小手調べをする。
ゴーレムの実力を確認できたなら、一度ここへ戻ってくることとする。
もし想像以上にゴーレムがヤバい相手だった場合、緊急退避も必要になるだろうから、この場所には予め目印になるものを設置しておく。地魔法で雑なオブジェクトを一つでっち上げておけば、わざわざマップを参照せずとも、パッとこの場所まで飛んでくることが出来るというわけだ。
今回は近くに人もおらず、視界で捉えられる場所へのワープでもあるため他人に目撃される心配はないということで、モザイクはなしである。
皆にマップを共有し、転移先の地形やゴーレムの位置なんかをすぐさま把握できるよう、情報を頭に入れておいてもらう。
そうして皆の準備が調ったのを確認し、私たちはワープで一気に谷底へと降り立ったのである。
転移してすぐさま、ソフィアさんとオレ姉は予めマップで目をつけておいた、ゴーレムから距離があり、かつ見晴らしも良い場所へ移動。マップも引き続き共有してあるため、危険が迫れば自分たちで移動するなり私たちへ助けを呼ぶなり出来るだろう。
他方でこちらは数十メートル先に標的と定めたゴーレムを見据え、早速仕掛けようとしていた。
段取りは既に上で済ませてある。
今回ばかりはいつものように、少ない手数で決着を付けるのは難しいだろう。
なので、段取りと言うよりは役割分担である。
まずオルカは、適宜行動阻害に努めてもらう。
ココロちゃんはメイン火力として、どの程度ダメージが通るか確認を。
クラウはタンクとして、ヘイトを集めておいてもらう。可能なら攻撃の重さを体感しておいてもらえると、後の戦術に役立つだろうと話しておいたが、無理はしないで欲しい。
そして私は換装で戦闘スタイルを柔軟に変えれるため、随時戦況を見つつ対応。兼指示出しだ。
「それじゃ、油断なく行こう」
「「「応!」」」
掛け声を皮切りに、皆が持ち場へ駆けていく。
オルカは切り立つ崖を身軽に駆け上がると、小高い足場へ音も無く着地。
ココロちゃんは岩に身を隠し、隙を見て突撃する構え。同じく私とクラウも出番までは物陰に身を潜める。
そうしていつもどおり、オルカが初手の準備をする。ゴーレムに警戒の色はない。
流石に岩の巨人を相手に弓というのもナンセンスだ。そこでオルカが準備したのは、なんと爆弾であった。
この世界にも火薬類は存在しており、更には魔力を駆使して爆発を発生させるような物質もあるそうで。
レンジャーであるオルカは、そういった爆発物の扱いにおいても心得があるらしい。
皆がスタンバイを終えたのを確認したオルカは、早速拳大の爆弾をゴーレムめがけて投擲。狙うのは頭部。コアの有無に拘わらず、頭というのは重要な部位だ。なにせ首から上を失った時点で絶命するモンスターは少なくない。
モンスターに普通の生物同様、脳みそがあるのかまでは定かではない、というか種類にもよるのだろうけれど、曲がりなりにも人に似た形をしたロックゴーレムだ。様子見としては有効だろう。注意を引くという意味においても効果があるはずだ。
爆弾がゴーレムの頭部にぶつかった瞬間、ドガンという派手な爆発音が響き、もくもくと煙が上がった。
煙のおかげで視覚を阻害する効果も見込めるというのだから、一粒で幾つ美味しいのやら。
すかさずココロちゃんが岩陰より躍り出て、凄まじい勢いでゴーレムの足元へ突っ込んでいく。
体高五メートルは超えているであろうゴーレムとの対比で、ココロちゃんがさながら小動物めいて見えてくるが、彼女の振るう金棒は可愛げのあるものではない。
思い切りフルスイングをゴーレムの足へと叩きつけるココロちゃん。
瞬間、凄まじい破砕音とともに奴の足は砕け散った。が、何分質量が大きすぎる。
足先を砕き飛ばしたとは言っても、ゴーレムのバランスが揺らいだ程度の効果しか得られず、奴をこかすことにすら成功していない。
そればかりか、その砕かれた足を振り子のように振って、ココロちゃんを蹴飛ばしに掛かったではないか。
これにはクラウが反応。すかさずココロちゃんと、迫る奴の足との間に割り込むと、盾を構え迎え討った。
ところが、流石のクラウとて正面からその重量と質量をぶつけられたのでは、ダメージの有無はともかくとしても踏ん張りきれるものではなく。
背に庇ったココロちゃん共々、面白いように蹴り飛ばされてしまったのだ。
放物線を描き、渓流へ叩き込まれる二人。咄嗟に風魔法で衝撃の軽減はしておいたので、あまりダメージはないと思うけれど、しかしながら二人が川から上がるまでは緊急ワープもままならない。
パッとオルカへ目配せすると、彼女はすぐさま動いてくれた。二人が川に流されぬ内に、救出へ向かったのである。
如何なAランク冒険者二人とて、流れのある水中では思い通りに動けるものでもないだろう。河童の川流れという言葉もある。
彼女らが撤退準備を調えるまでは、どうにか私が時間稼ぎを受け持つ他ないだろう。
私は出し惜しみすることをせず、最強装備セットを身に纏った。
鬼の面にウサ耳。足にはアルアノイレと、腰には黒太刀を提げる。
最近ふと思ったのだけれど、以前に比べると随分、装備から特殊能力を引き出すのが楽になった。それに引き出せる出力も以前より大きい気がする。
もしかすると、完全装着のレベルもこっそり上がっていたりするのかも知れない。
以前は特殊能力を強く引き出すためには、ろくに身動きもできないくらい深く集中する必要があったけれど、現在ならマルチタスクで事足りる程度。即ち、動きながらでも十分な力を発揮できるというわけだ。
「よし……行くよ!」
ウサ耳の力で軽くなった身体を、強化されたステータスで思い切り撃ち出す。
煩わしい空気抵抗は、魔法で無効化。結果としてひょっとすると、私は音速の壁だって超えてダッシュできちゃうかも知れない。それくらいに体が軽く、視界を流れる景色は凄まじい勢いを見せている。
地面を蹴って、正しく一瞬。数十メートルの距離などあって無きが如し。
奴の股下を通過する瞬間、抜刀。一閃に乗せるは鬼面由来の冒涜的なほどの膂力と、アルアノイレによる不可視の爪。
これらが閃いた瞬間、ココロちゃんが砕いたのとは逆の左足を、綺麗に切断することに成功した。
ゴーレムは私を捉えることすら出来ていない。
巨体故にか、足を失い転がる様もこころなしかスローモーションに見えてしまう。
が、そんなものをのんびり眺めているつもりもなく。私はすかさず大地を蹴って身を翻し、二度三度と黒太刀を閃かせたのである。
「手応えあり。行けそうだけど、過信は禁物だね」
私の太刀筋はゴーレムに通用している。一つ黒太刀を振るうごとに、奴の足なり腕なりを切り落とすことが出来た。無論、高く飛び上がればその頭だって。
だけれどもし奴が、切り札めいた何かを隠していた場合どうする。たった一手で台無しにされるかも知れない。
例えばそう、自爆だとかね。ゴーレムなんて、私から見たらロボットみたいなものだ。
ロボットなら、自爆する可能性はあるだろう。私はそれが恐い。
なので、手足を切り落として脅威度の落ちた奴に対し、燃費のすこぶる悪い重力魔法を発動。
幸いダメージのおかげか、はたまたMPを黒太刀で削りまくったためか、それともMNDによる抵抗の対象に当てはまらなかっただけか。何にせよヤツへの重力干渉は問題なく働き、めちゃくちゃ重さを削ぎ取った状態で思い切り蹴飛ばしてやった。
手足がなくなったとは言え、三メートルほどもある岩の塊が、まるでボールみたいにぶっ飛び、崖にぶつかってはバウンドするさまは一種馬鹿げた光景にも見えた。
瞬く間に遥か遠くまで飛んでいったゴーレム。あれならたとえ自爆するようなことがあったとしても、こちらに被害が及ぶようなこともあるまい。
一つため息をついてソフィアさんたちの方へ目をやると、なんだか凄まじい表情でこちらを凝視していた。
圧が凄いので、一旦目を逸らす。ココロちゃんたちはどうなったかなと確認すると、無事オルカがロープを駆使して引き上げたらしい。グッジョブである。
最強装備を解除し、普段のバランス型へ換装の後オルカたち三人のもとへ駆け寄ると、なんだかみんなして元気がない。
オルカの表情は暗く、そしてココロちゃんもクラウも全身びしょ濡れでしょぼくれている。
一先ず彼女らの水気を魔法であらかた飛ばしてやり、三人を引き連れてソフィアさんたちのもとへ戻った。
「ええと、とりあえず一旦上に戻りましょうか。話はその後で」
「……そうですね。そうしましょう」
なにか言いたげだったソフィアさんも、それをぐっと飲み込んで頷いてくれた。オレ姉も同様だ。
私は皆とともに、雑オブジェの下へワープで戻り、ストレージから休憩セットを取り出すと、適当に配置して皆が休めるスペースを手早く整えた。ついでに結界魔法も展開しておく。
用意した椅子に皆が腰掛け、テーブルを囲い一息ついたところで、私は問うた。
「えっと、ゴーレムと戦ってみたわけだけど……みんな、どうだった?」
次の瞬間、全員の視線が私めがけて突き刺さる。
私はたちまち居心地の悪さを覚え、そっと自身にモザイクを掛けたのだった。




