第一〇二話 遠足
私たちの冒険者活動は、ハッキリ言ってしまうならあまり褒められたものではない。
というのも、基本的に特定の依頼人がいるような依頼は避けて、常駐依頼のリストにある買取可能な素材アイテム等の納品を主に行っているためだ。
その大きな理由としては、一言で言えば触らぬ神に祟りなし。
対人トラブルなんて、そも関わりを持たず、目立たず、ひっそりコソコソ活動していれば生じにくいものだということ。
私は仮面の下にやたら目立つ顔がくっついているものだから、ただでさえトラブルを招きやすい。
それに加えてヤバ気なスキルがニョキニョキ生えてくるものだから、極力それが他人に知られる危険性を排除するべきだ、という担当受付嬢ソフィアさんの配慮でもある。
だから、私たちが行っているのは依頼人との交渉だなんだという、いかにも冒険者って感じのことではなく、どちらかと言うと狩人のそれに近いかも知れない。
中には依頼人ありきの仕事もたまにやってくるのだけれど、それは徹底してソフィアさんが間に立ち、交渉事を受け持ってくれている。
おかげで私たちが依頼人と直接顔を合わせるようなことはほぼ無いし、仕事で他人と関わることと言えば精々が、関係者に話を聞いたりして情報収集を行うことくらいだろうか。
何とも異様なワークスタイルではあるが、ある意味私は爆弾を抱えているようなものらしいので、これも已むからぬ措置なのだとか。
そんな具合に数日間、私たちは朝イチでギルドに赴いてはソフィアさんに、今日のおすすめ常駐依頼を聞いて狩りへ向かう、というサイクルをこなした。
ワープがあるため距離があっても何のその。行ったことのない場所にだって、実質片道分の時間で移動できてしまうし、何なら途中までワープで移動することで距離の短縮も出来る。
なので、私たちは非常に遠出に強いPTとなったわけだ。日帰りで遠方にまで軽々と足を運べてしまう。
コレを活かし、ソフィアさんから様々な狙い目の素材を教えてもらい、西へ東へ落ち着きなく歩き回ったのである。
移動も、物資の持ち運びさえ苦にならない私たちは、普通の冒険者と比較してかなり疲労に強いと言うか、疲れる要素が少ない。
そのため以前ほどソフィアさんも、一日頑張ったら一日は休んで下さい! だなんて言うこともなくなり。
何も知らない人が聞けば、頭がオカシイんじゃないかと本気で心配されるような、とてつもないハードスケジュールを、私たちは着実に大きな苦も無くこなし続けるのだった。
無論その間も、浮いた時間を使ってスキル訓練などを行い、早速修行の一環としたわけだけれど。
そんなこんなで十日ほどが過ぎた頃。ようやっとソフィアさんのスケジュール調整が上手く行ったようで、約束通りオススメの狩場とやらに案内してもらえることになった。
ああそれと、ソフィアさんといえばクラウが鏡花水月としばらく行動を共にしたいという話をしたところ、だいぶ疑り深くクラウ当人と話し合った末、お許しが出たそうな。クラウ曰く、あんなに疑われたのは数年ぶりだとのこと。
それくらい、ソフィアさんは私に近づく人間や、私の持つスキルに関しての情報には慎重になっているらしい。
今日はそんなソフィアさんと、朝から街の北門前で待ち合わせである。
ようやっと本格的な修行に取り掛かれると、オルカもクラウもやる気十分。
宿の食堂でしっかり朝ごはんを頂いた後、約束の時間より少し前に北門前へやって来たのだけれど、そこには既にソフィアさんと、それにオレ姉の姿もあった。
皆で挨拶を交わし、軽く談話を行う。
「二人とも、もう来てたんだ。待たせちゃったかな?」
「いいえ、そんな事はありませんよ。今来たところです」
「いやいやあんた、私が着いた時にはもう居たから、かなり前から待機してたでしょ」
まるでデートに待ち合わせた恋人のような返しをするソフィアさんに、オレ姉がすかさずツッコミを入れてくる。
っていうか、かく言うオレ姉は一体いつからここで待っていたのやら。
「オレ姉も待たせてごめんね。そんなに早くから待機してたの?」
「ミコトが実戦で舞姫を振るうところが見られるってんで、年甲斐もなくワクワクしちゃってね。二時間くらいは早く来ちまったよ」
「二時間て……!」
「ということは、ソフィアはもっと前から居たことになる」
「あれ、よく見たらソフィアさん目の下にクマがありますよ?」
「オレネ殿より更にワクワクしちゃったんだな……」
皆が生暖かい目をソフィアさんに向ける中、しかし私だけは何とも困った心持ちで彼女を見やった。
というのも、さっきからガッシリと私の左腕に自身の右腕を絡め、ホールドしてくるのである。
とは言え動きを封じるようなものではなく、それこそ恋人がするような腕組みだ。しかもなんだか、それが板についてきたから尚の事困る。
「ごめんなさいミコトさん、寝不足がいけないことだとは分かっていたのですけれど、嫁の勇姿を見られると思うと胸が高鳴ってどうしても寝付けなかったのです」
「誰が嫁ですか……」
「無論、ミコトさんです。ミコトさんは私の嫁です!」
「…………」
言われる立場に立つと、こんなにゲンナリするのか。
ソフィアさんがこんな調子になったのは、彼女にワープ等のスキルについて吐かされ、その情報で頭がやられた彼女が体調を崩してからだろうか。
ギルドの仕事を休み、寝込んでいたらしいソフィアさん。しかし復帰した彼女は、私のことを『嫁』だと豪語するようになり憚らなかった。そして隙さえあれば、こうして腕を組んできたり、ベタベタと絡んでくるようになったのだ。
オルカとココロちゃんがなんとか引っ剥がそうと努力してくれたものの、あまりのしぶとさにとうとう根負け。
私としても、なまじ美人さんなだけに嫌な気がしないというのがまた、困ったもので。
しかも彼女の言う嫁とは、多分ガチなやつとはまた違う、私なんかが言うそれと同じような意味を持っている気がするのだ。親近感が湧いてしまって、これまた強く出られない理由の一助となっている。
「はぁ……何でもいいですけど、案内だけはちゃんとやってくださいね」
「もう! 妻に対して敬語だなんて余所余所しいですよ! もっと砕けてくださって良いんですから」
「いえ、親しき仲にも礼儀ありと言いますし」
「ふふ、そんな真面目なところも素敵です。ドゥフフ」
「…………」
とうとうドゥフフ笑いを習得なさったか。残念美人とはこのことだ。
私は一人で頭を抱え、それを他所に皆は持ち物の最終確認なんかを始めた。尤も、大抵の持ち物は私のストレージ内にしまってあるので、昨夜の内にアイテムリストを紙に書き出しておいたのだ。
そのメモをチェックしつつ、忘れ物はないかという話をざっと終え、ようやく出発準備が調った。
まぁもし買い忘れ等があったとしても、ワープですぐさま街に戻って来れるため大きな問題にはならないだろう。
私は改めて皆の様子を見る。
オルカ、ココロちゃん、クラウはコンディションもしっかりしており、忘れ物等もなし。
オレ姉も特に気負いはなさそうで、いつもどおりハツラツとしている。
問題は寝不足らしいソフィアさんだが、ちょっと心配だ。だって狩場の場所を未だに吐かないのだ。自分が案内するから、現地に着くまでは秘密なのだと。
きっとそうでもしないと、置いていかれるとでも思っているのだろう。
流石にここまでこの日を待ちわびてくれた人を放ってなんて行かないというのに、用心深いというかなんと言うか。
なんだか足取りもこころなしか頼りないみたいだけれど、私と腕を組んでいることが幸いして支えは必要なさそうだ。
道中も一応気にかけておくとしよう。何なら途中で仮眠を挟んでもいいし、問題はないだろう。
ということで、いよいよ私たちは揃って北門をくぐり、街を出る。
門から少し歩き、辺りに人目がないことを確認すると、私はソフィアさんに訪ねてみた。
「それで、何処へ向かうんですか? ワープを使えば道程を短縮できるかも知れないんで、目的地に近い場所にピンを刺してもらえません?」
そう言ってソフィアさんへ、マップスキルを共有する。
途端にカッと目を見開き、テンションがゴリゴリに上がる彼女。
「ミ、ミコトさん! これ‼」
「この前も見せたでしょう。そんなに大声出さなくても……」
「何度見ても凄いものは凄いんです!」
大はしゃぎのソフィアさん。唯一未だ、マップスキルについて知らないオレ姉だけは首を傾げていたけれど、彼女にだったら別に喋っても問題ないと思うので、後で色々説明しておかないと。
それにこの後、ワープも使う予定だしね。どの道なんやかんやと知られることになるだろう。
「ミコトさんミコトさん、これでいいですか? ちゃんとマークできてます?」
「あ、はいはい。大丈夫ですよ。それじゃここに飛びますから、その前にモザイクかけましょうね」
以前、透明化魔法の話も出たのだけれど、そっちは今鋭意開発中だ。ロマン魔法は得てして習得難易度が高いものばかりなので、腰を据えて習得に努めないと難しいかも知れない。
なので今はモザイクで我慢してもらう他無いわけで。
私は皆へ向けて一斉に魔法を施していく。
騒いだり嫌がったり面白がったりと、反応はまちまちでなかなか愉快だった。ついでに変声魔法とかあったら尚の事楽しい絵面になりそうだな。今度開発しておこう。
「それじゃワープします。オレ姉はちょっとびっくりするかもだから、心の準備をよろしくね」
「なんだいなんだい、何が始まるってんだい?」
「すぐに分かるよ。それじゃ行くね、せーのー……ワープ!」
瞬間、効果は劇的であり、私たち冒険者組は既に幾度となく繰り返していることなので、別段驚くようなこともないのだけれど。
しかしオレ姉やソフィアさんは案の定大はしゃぎである。
「お、おわぁなんだぁ!? 急に場所が変わっちまったよ!」
「ほあぁぁ……やっぱり何度体験しても最高ですね、ミコトさんのスキルは……」
驚きを気持ち良いくらいハッキリ表してくれるオレ姉と、恍惚とした表情を見せるソフィアさん。尤も、モザイクで顔なんて見えないんだけどね。
ざっとマップを確認してみたところ、周囲に人の存在は見当たらなかったため、さっさとモザイクの魔法を解除しておく。うっかり解除し忘れると、オルカたちから不満が飛んでくるからね。
そうして改めて周囲を確認してみると、そこは街から北へ行った山岳地帯の只中だった。
見渡す限り高い山々が折り重なっており、何ともゴツゴツした景色が広がっている。
この辺りは、鬼のダンジョンがあった場所の近くだろう。見覚えのあるような地形を遠目に確認できた。
しかしながら、件の狩場とやらはこの辺りなのだろうか? 確かにこっち方面は依頼でもほとんど足を運ぶことはなかったけれど。
「ソフィアさん、狩場っていうのはここから近いんですか?」
「いえ、まだまだ距離はありますが、おかげさまで大分短縮できました」
「なら、ここからが本格的な移動ですね」
足元は石もゴロゴロ転がっているため、転倒に気をつけるようソフィアさんとオレ姉に注意を促しながら、私たちはソフィアさんの指し示す方向へ移動を開始した。
彼女には引き続きマップウィンドウを共有しているため、道に迷うというようなこともないだろうし、うっかり断崖絶壁に阻まれる心配もないはず。
サーチ範囲は半径おおよそ二キロメートルほどにも及ぶため、地形で行き止まりを引く可能性は低い。また、方向も分かるので感覚が狂うことも避けられるはずだ。
折角だから皆にもマップを共有し、万が一の見落とし等を避けるのに協力してもらう。
これまたオレ姉が、興味深そうにマップに触れようとして、スカスカと虚空に手を彷徨わせるという愛らしい姿を披露し、場を和ませてくれた。と同時に、『一度はやるよね』というあるあるネタを見た時のような分かり味も感じた。
そうして少し歩いていると、ソフィアさんが提案を持ちかけてくる。
「皆さん。マップにあるように、進行方向にモンスターがいますが。腕慣らしがてら、戦って見せてもらえませんか?」
「お、良いね。私も見たいよ!」
狩場まで待ちきれないのか、それとも思惑があってのことか、ソフィアさんからそんな要望が飛んできた。
私たちは軽く頷き合うと、それに了承の答えを返したのである。
「相手はロックベア。固くてタフな相手だね」
「奇襲での一撃じゃ仕留められない。注意は引けると思うけど」
「ならココロの出番ですね。殴り倒します!」
「私とクラウはバックアップだね。ソフィアさんとオレ姉の護衛もあるし」
「私も戦闘に加わりたいところだが、仕方ないか……」
なんて軽く打ち合わせをした後、少し歩くと件のモンスターが見えてきた。
私たちは早速、そのロックベアを排除するべく行動を開始したのである。




