ある夫婦の再会・更にその裏側
【愚問】
ざっ、ざ、と勢い良く何かを掻き分ける音。黒土をスコップで掘り起こし、脇によける音だ。
「……こんなもんか」
アルセイドは息をつき、腰に括った布で顔の汗を拭った。まだ夏の暑さが遠い季節、そして冬の寒さも過ぎた今の時期で良かった。土が柔らかく、雨期でないときは重くない。
傍らのコンテナに手を伸ばした。根を最低限傷めないよう厳重に結んであったそれを解き、掘り進めた窪みにゆっくりと降ろす。軽く固定してのち汲んで来た清水をたっぷりと流し、泥水の上から土を被せていく。手際良く植木をし終えてから、近くにざくっとスコップを挿し立てた。
「ふう」
少し離れ、その全景を確認する。そうして口の端でにっと笑った。
「割かし、いーんじゃねえか」
アルセイドはそれからまた顔を拭う。腕まくりをした二の腕、少しクマの出来た目元。若干瞼が腫れているようにも見える双眸は、一瞬だけ何かを思い出すように伏せられた。
布に顔を埋めつつ、誰も聴こえない声で小さく問いかける。
「なあ……逢えたかよ?」
――石造りのそれの横に、寄り添うように。花びらを散らしたばかりの小さな木が、葉を風にそよがせている。
後始末後、荷物をひとまとめにしてからアルセイドは唇に指を当てた。ピィーっと高く長く、指笛が吹き鳴らされる。
数分もしないうち、駆けて来る光と風のかたまり。
「――終わったか、騎者どの」
豊かな声と共にそれは解かれ、現れた獣は深い色の鬣を振るわせる。ここしばらくで見慣れたその姿にアルセイドは笑み、応えた。
「おう。じゃ、帰っぞ」
まとめた荷物を橇に載せ、獣の背に括りつけた縄に結びつける。自身もその橇に乗り込み、後ろから声をかけた。
「いいぜ」
「うむ」
獣はまた、光と風をまとう。鬣と不思議な形状の蹄毛がざわざわと靡き、雄々しい角はきらきらと燐光した。光の結界に包まれ、ふわり、と浮き上がる背後の荷物とアルセイド。この獣がこういったワザも可能だということを知ったのはつい最近だ。この状態だとさすがに物理を超えることは不可能だが。
「行きも思ったけど、なんか季節はずれのサンタにでもなった気分」
「『さんた』とは?」
「四本足の獣が引くソリに乗って空を徘徊する赤白服のオッサンの通称。毎年冬のある晩にその格好であっちこっちに出没して、善良なる市民を歓喜と金欠の渦に叩き込むおそるべきイベント妖精」
「……なんとも面妖な二本足だな」
生真面目な雰囲気で聞き入る獣に、噴き出すのを堪えつつ言う。
「信じんなって」
「愚問であったか。人界の通識において非常識な問いであったのなら、謝罪する」
「いや、マジな声で謝んなよ。ナイスなボケですがね」
そんな軽口を叩き合いながら、アルセイドは声に出して笑った。ほんのりと熱が残る瞼を擦り、目尻に溜まった雫を払ってから後ろを振り返る。そして小さく口内で、独りごちた。
「…………そーだな。愚問ってやつか」
「騎者どの、何か言ったか?」
「いんや」
「左様か」
本当は聴こえているだろうに、騎獣はそれ以上何も訊かず蹄を鳴らした。騎者の目に笑いのせいでないものが浮かんでいることに気付かないフリをしてくれるのも、彼の優しい部分である。
「では征くぞ」
「おう」
風が勢いを増す。光が完全に消えた頃、四足の獣と二足の人間の姿は既に無くなっていた。あとにはただ緑の草木、そして物言わぬ石の塊が残される。
まるで去っていった者を微笑みながら見送るように、植えられたばかりの木が風にそよいだ。墓石の上に咲き終わった残骸がぽたり、と落ちる。
花はまた、数年後に咲くだろう。その頃にはもう、かなしみの涙は流れない。
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【後日・クリスマスシーズンにて】
「騎者どの、市街地にて興味深い伝承を聴いた」
「ほーどういう?」
「聞けば年に一度のこの晩、赤き鼻をした獣が随一の役割を担うという」
「そんな伝承この辺りにあったかな」
「有名な逸話らしく、町のかしこで謳われていた。人界風の種族名は『となかい』というらしい」
「なあリョク、まさかそれって、」
「おそらくその獣は頭部に霊気を蓄える種であるとみた。しかれど人界に生まれ育ち、霊力の発し方を識らずにいたのだろう。かの獣が騎者は、それを見越していたのだ」
「……はあ」
「我輩にはわかる――皓々と闇夜を照らす赤き霊力はさぞ見事であろう…さんたという二本足は、かの獣に的確な指導を与える偉大な騎者であったのだ。まこと、出来た御仁よ」
「はあ」
「我輩、一介の騎獣としてかのような活躍の機会を羨ましく思う」
「なーんか違うんだけどなー……もーいーや、面白いから(←ツッコミ放棄)」
まっかなおっはっなっの~♪となかいさんは~♪