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若草色の恋人たち・裏Ver


某所からの移動文。テスが初めてアルを自宅に泊めた際、ひとりで悶々ワタワタしていた奴視点です。


ムーンに載せた話とほぼ同じですが、台詞と描写を若干変えました


 ふくりとしたやわい唇に、噛み痕。

「……」

 その表面に小指で優しく薬を塗ってゆく。見かけ同様、腹が立つほどに柔らかい。

「ッ、」

 時々吐息が指を掠める。当然だ、口元に手をやっているのだから。

「……」

 なのに、たったそれだけで。

「ホラ、もう終わったから」

「ありがと」

「……」

「? どうしたの」

「なんでもない」

 俺は自然と、姿勢が悪くなった。


★


 家の中に入った当初はそれどころじゃなかった。

 当たり前だろう、見るからに大事が起こってんのにそっちをガン無視して欲情なんぞ出来るわけない。

 ただし。

 その大事がひと段落してしまい、はたと気づいた先に待つのは、二の次にしていたもうひとつの現状把握だ。

(もしかしなくても、二人きりなのか)

 そして、同時に気づく。

(俺、ヤバくね?)

 もしかしなくても、ヤバい。



「いーからッ! 俺、外で寝るからフトンとか敷かなくていーから」

「そんなわけにいかないわ」

「遠慮してるわけでもなんでもねえよ、マジでッ! 色々ヤバいんだって」

「? 何がヤバいの?」

「~~っ」


 この女、危機意識が欠如してやがる。さっきも話してみて思ったが、見かけより数十倍はお人よし過ぎだ。そして、まっさら過ぎ。

「よ、嫁入り前の女が無闇に男の宿泊赦すんじゃねえよ、想像つくだろ」

 こんな似合わない台詞言わせんな。

「……、言いたいことはわかるけど、でも、大丈夫よ。ここは自然区域の中だし、変な噂も立たないわ。気を遣ってくれてありがとう」

 微妙に食い違った解釈してやがる。

「でもそれじゃ、あたしの気持ちが済まないの。外はもう暗いし、夜中はぐっと寒くなるし、虫も出るし、家の中に泊まってくれたほうがずっといいと思う。それに、ひとりじゃ、怖いから。傍にいて欲しいんだけど……」

 しかも効果的な台詞をピンポイントでチョイスとは。

「ダメ?」

 顔までソレか。追加攻撃ってヤツだな。

「いてくれたら……本当に、嬉しいの」

 つくづく思う。こいつ、俺にとっての最終兵器のかたまりなんじゃねえかと。



 なけなしの抵抗(と呼べるかは不明だが)で、寝る場所は玄関ギリギリにさせた。こいつの部屋兼寝室は家の一番奥にあるから、万が一なことが起きても移動する間にゃ目が醒めるだろ。誰の目が醒めるかって? 俺の目が。

「こんなトコ……寝にくい、でしょ」

 掃除したばかりとはいえ、土足に近い場所に客人を寝させることに気が咎めた顔。気が張ってる時は相手を寄せ付けないほどきつい表情になるのに、気を赦したらとことん柔らかい変化を晒す。今の今まで、どれだけの人間にこういう顔を見せてきたんだろうか。まともに考えると腹が立つ。

「いんや。すっげー寝心地いい」

「嘘」

「ウソじゃねえって」

 少なくとも、この家の中では俺が唯一眠れる場所だと思う。それ以外だと冗談抜きでヤバい。

「でも、せめて部屋の中にしない? 居間とか狭いけど、ここより寝心地いいと思う」

 ちょっと眉を寄せた表情すらどっかのイカれ男には刺激的だ。だから目を合わせないでやってるっつーのに、合わせたら合わせたで嬉しそうな顔するから、たまらなくなる。

「いんや。匂いとか感じ取っちゃったらそれだけで危ねえから」

「におい? ……この家、まだ臭うかしら」

「いんや」

「他に変なにおい、する?」

 むしろその逆だから困ってる。

「同じ空間に寝転がったら三秒で襲う自信があるんだからなるべく離れねえとお前が危ないんだよ算段すると居間でもヤバい」

「三秒? おそう? よくわかんないけど、蚊ならお線香焚けば大丈夫よ」

「……」

「違うの?」

「そーですね、蚊に襲われたら大変だもんね……」

 ふ、と枕代わりの鞄を抱えて遠い目になる。純真なボケに相対したとき、邪心まみれのツッコミは辛い。こーゆうとき、ウチの騎獣のキレの良いノリボケが懐かしくなる。



「台所にあったので、保存庫にしまっておいた分は大丈夫だったから。それで作ったありあわせだけど、良かったら」

 シャワーを使わせてもらったほんの少しの間に、ちゃちゃっと出来て目の前に出されたもの。ナスの生姜焼きとキュウリの即席漬け、インゲンの胡麻和えとその他夏野菜てんこ盛りのサラダに澄んだ色の果実酒。オマケに簡単なツマミ付き。麒麟が棲む家らしく肉類の無い食卓、しかもこんな短時間にそれだけの食材でこれだけ作りやがって。

(もっとベタにいけよ)

 ここは男が料理作ってポイント上げる展開だろうが。王道から外れたトコいきやがって。イマドキの大学生は外食三昧じゃなかったのか。あそっか、こいつ苦学生だった。

「ご飯無くてごめん。あ、パスタがあるけど、茹でる?」

「……いや、いい。ジューブンすぎ」

 そいで、俺はなんでこんなことしか言えない。いつもならもっとすべりが良い口持ってんだろうが。なんでそんな誰にでも予想がつく、しかもつまらないコトしか喋ってねえんだ。

「……、」

 だからそんなそわそわした顔すんなって。襲われてえのか。

「うめえ、よ」

 美味いのは当たり前だ。どうしてここで、思ったこと全部言えない。

 俺も俺だが、こいつもこいつだ。

「――よかった」

 そんな簡単に、心から安心した顔すんな。マジで襲うぞコラ。



 マジで襲いかけたのは、その直後だった。

 夕飯後、厠を使おうと廊下を通った。するとその中途にある小部屋から、明かりが不自然に大きく洩れているのが見えた。

 ――それがどこかなんて、わかっていたのに。つい立ち止まらなけりゃ良かったのに。

「……」

 俺はあっさり立ち止まってしまった。

 わかってはいるが、この家はそんなに古くもないが新しくもない。木こりだったというあいつのじいさんが設計した木造家屋は、あいつが大学へ進学する少し前に建てられたのだそうだ。女ふたり生活なのでそんなに酷使してるわけでもなく、所々はまだ新しい。けど何度も使っている箇所は早々にガタがきている。

 それが、脱衣所の扉のたてつけだ。

「……」

 見えて、しまった。完全に閉まってない扉の隙間から。

 今まさに下着を外した白い背中。陽に焼けてない部分の肌が、薄明るい電球の下で艶やかに光って。浴室の扉を開けようと腕を上げたその角度で、ばっちりと。

「……ッ、」

 ちっこいのに幼児体型とはかけ離れた曲線。それはそいつの手には余りそうなくらいでかい。服の上からでも大体想像ついたけど。抱きしめた感触とかで、わかってたけど。

 浴室の扉が閉められ、水音が聞こえ始める。ふ、とまた遠い目になったのは仕方ない。

 わかってたけど。

(はいはい知ってましたよわかってましたけど期待以上でした)

 こういうのダメ押しっての?


 そのあと俺がどうしたのかは、黙秘させてもらう。取り敢えず、本当に襲うのだけは踏みとどまれて良かった。

(そいでもって、丁度用足しのタイミングで助かった)

 問題があるとするなら。

 直後の罪悪感が、ハンパ無かった。



「すごいでしょ、これ。ワカバお手製の蚊取り線香」

「ほー」


 玄関脇の廊下に置かれた小さな香物入れ、そこに挿して渦巻いている金千菊の乾物に火をつける。そうしてゆらりと立ち上がった一筋の煙、香りはそんなにきつくない。

「電気はそこだから、寝る時は消しといて」

「おう」

「じゃ、おやすみ」

 ほんの少しその香煙を見つめる目が回想に曇ったかと思ったのも束の間、何事も無かったようにちまい身体は立ち上がって奥の部屋へと消えた。線香と風呂上りの残り香だけ、玄関に置いて。

 その後ろ姿を見送ってから、ぼすん、と床に敷いたマットの上に倒れこむ。低めの天井にある、小さな電球の光が視界をやく。てめえ、あんなケナゲでカワイイ女の子にムラついてるんじゃねえよ、と責めるように。

(しょうがねえじゃん。あんなに誘惑するんだからさ)

「……でも、ユーワクしてる気はゼロ、なんですよねー」

 ははは、と乾いた笑みが零れそうになる。経験値が無いとこんな強みもあるのか、初めて知った。当たり前だが、振り回されてんのは俺だけだ。

 脳内で、あいつの育て親だというあいつの亡きじいさんに疑問をぶつけたくなった。それか、生まれたときから一緒に行動してきただろう騎獣(ワカバちゃん)にも問いかけたくなった。

(なんでこんなにまっさらなんすか)

 そのせいで、俺みたいな厄介なのはますます離れられなくなっちまったのに。


 香煙に包まれたその横顔に心からの笑みが戻るまで、そういうことは取りあえず後回し。こういう時ああいう相手につけ込むのは駆け引きでもなんでもなくただのクズだと、さすがにわかっている。俺が望むのはそういうことじゃない。

 今だけでなく、ちゃんとした未来が欲しいから。

 今は襲っちゃいけない。今は(・・)。


「ま、『傍にいて欲しい』ってのに、調子乗らせていただきますか」


 かざした手に隠された笑み。それは、記憶に残る家族がよく浮かべていたものと一緒だと、自覚している。



恋愛フィルター無しだと騎者どのはこんな感じでした


表面的性格はどっちにも似てないのに、父方の腹黒さと母方の図太さを併せ持つのが、アルセイドくん。

いざというときのヘタレは間違いなくじいさん譲りです★


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