63.ラッツケンプ邸の騒動
フミヤとネフィリスシアが王国でも類稀な魔力探知と感知能力を駆使した結果、魔族の男が逃げ込んだ場所と思われるのはラッツケンプの本邸で間違いなさそうだった。
「フミヤ、体調は?」
「……あまり良くは。ただ、ぼやけていた物が急に見え始めて来た齟齬で生じているという感覚です。あいつを倒せば、快癒する可能性が……」
「……フミヤ、正直に言って? あの男に見覚えは?」
「ないです……」
ネフィリスシアは悔しそうな顔になった。ただ、彼女が悔しそうな顔になったのは今回の騒動に関しての出来事ではなく、彼女とフミヤの関係に対するものだ。
(これが原因だったのね……通りでフミヤは……)
勝手に自分の下を離れて他の女にデレデレしていたわけだと内心で歯噛みするネフィリスシア。その表情は変わらないものの、魔族の男に対して激怒していた。
そんな彼女の内心は知らないが、長い付き合いで彼女の感情の機微については理解できるフミヤは魔族の男に対して怒っているということだけ読み取ってネフィリスシアの正義感に感心していた。
「ネフィ……リルシア、うンッ……ネフィリスシア様。魔族に怒るのは分かりますが、冷静に……」
「非常時よ。ネフィにしなさい」
言い間違えたフミヤは拒絶しようものなら物凄い勢いで言い返されるだろうと予測して受け入れておきつつ、何故か言われる前から彼女のことを愛称で呼び捨てにしようとした自分に首を傾げる。
その違和感はネフィリスシアにも伝わっており、彼女の方は訝しんでいるフミヤとは異なり謎の期待に満ち溢れていた。
「……あの魔族、絶対に倒すわよ」
「はい」
王都内に魔族が、しかも角付きのそれが二体も現れているということに最大限の注意を払いながら移動し、ラッツケンプの本宅に罠がないかどうか確認しつつ誰かと鉢合わせになって問題にならないかも気をつけながら移動することしばし、こちらでも異変に気付く。
「……人がいない、それどころか人気がない……?」
「……殺された?」
ネフィリスシアの疑問にフミヤは首を振っておく。角付きの魔族とはいえ、軍部を統括するラッツケンプの本宅に侵入して何の戦闘音もなく相手を全滅させられるわけがない。何か仕込まれたに違いない。
しかし、長々と考えていられるような時間はなさそうだ。仕込まれたとしても王都に強力な魔族がいることは様々な面で問題となる。二人は魔族が戦いの場として定めたらしい大広間に向けて歩き出す。
そこで彼らはようやく人に出会えた。この屋敷の使用人らしく、何かを運んでいたがネフィリスシアを見て足を止めて二度見していた。
「ラッツケンプ家の者だな? 魔族が紛れ込んでいるから速やかに避難勧告を」
「えっ、あの、そんな訳……」
「いいから早く! 間に合わなくなった時に責任を取れるのか?」
軍部の中心地とも言えるこの屋敷内に易々と魔族が侵入できるはずがない。仮に何かあればすぐに伝達される筈だと反論の言葉は思いつくがフミヤの剣幕に男は反論できずにもたもたする。それを見てフミヤは早く行動するように再三の注意を促すも彼はようやく言い返した。
「あの、そう言う訳にもいかないんですが……誰かを動かすにも証拠という物が……」
「……魔力の気配、と言っても相手の隠しようでは分からないか……」
証拠がなければそんなことは出来ないと反論する男にフミヤは仕方ないと彼を連れて大広間に移動を開始する。その間にこの場に人気がない理由について尋ねた。
「大広間でパーティが……これ以上は、メディシス家の方がいらっしゃるので言えません」
「まずいな……人質を取られたみたいです」
「そうね……」
「あ、あの、メディシス家とラッツケンプ家は政治の場では対立していますが、まさか有事の際にまで仲違いするなんてことはありませんよね……?」
自分の雇い主のことを心配しながらそう尋ねる使用人。ネフィリスシアはメディシス家と自分は最早大して関りがないが、事と次第によってはということを考慮に入れつつ善処するとだけ伝えておく。
程なくその部屋に辿り着く一行。先頭はフミヤで急襲に備える形で飛び込んで行った。そこでは、華やかなパーティが行われており突然の乱入者に驚きの視線を向ける。
「こ、これは……?」
「フミヤ、向こうから……」
場違いな空気を目の当たりにして混乱するフミヤ。奇異な視線に晒されつつもそれを気にせず己が怒りに従って怨敵を探すネフィリスシア。先走って変な真似をせずに済んだことに安堵しつつ何をやっているんだこのお偉方は……という視線を向ける使用人。それぞれの反応がある中、フミヤはネフィリスシアが示した方向を見て急速な魔力の増大を感知して飛び込む。
「なっ!」
「う、ウエノ家の三男坊だ! 中央に復讐しに来たのか!?」
「誰かベイリー卿を!」
ただ事ではないフミヤの動きに周囲がパニックを起こす。そんな中、フミヤの炎拳は目標物を正しく、貫いていた。
「何……?」
あまりの手応えのなさに訝しむフミヤ。彼の目の前では笑みを浮かべたままの角付きの魔族が今まさに事切れようとしていた。
「ベイリー卿!」
「ウエノ家の乱心だ!」
「憲兵を!」
しかし周囲の目にはフミヤやネフィリスシアとは異なる光景が浮かんでいる。フミヤが刺した相手は国の重鎮たる郵政省の長、ベイリー卿なのだ。
「これは……?」
「こいつらの侵入経路は一体どうなってる! 憲兵は何をしていたんだ!」
「お、おい! 窓の下が……北側が! 皆殺されてる!」
「まさか……先代様の安否を確かめろ!」
ざわめきの中で通る指示。それを聞き取ったフミヤは魔族の男に謀られたことを覚り、ネフィリスシアの下に一瞬で移動する。
「ネフィ、一旦引かせてください。それから、今から起こることに抵抗しないで」
ネフィリスシアが何をする気か尋ねる前にフミヤは行動に移す。彼はネフィリスシアを抱えて窓を突き破り、王都の上空へと駆け出したのだ。
「くっ! 逃がすな! 魔導隊、放て!」
「【炎天渦】!」
矢や術を火力で焼き伏せてそのまま逃亡するフミヤ。だが、魔族の男を倒した影響か思考がまとまらずに立て直すにもどうしたらいいのか分からない。そんな彼にネフィリスシアが告げる。
「隠れ家に行きましょう」
「隠れ、家?」
「……覚えていないなら、後で。今は私の言う通りに」
他に代案も思いつかないフミヤはネフィリスシアの言う通りに移動を開始し、魔具などを駆使して追ってきた相手を撒きながら目的地へと急ぐのだった。




