62.王都の闇
急に体調を崩したフミヤをベッドに寝かせ、ネフィリスシアは心配そうにその隣に掛けた。思えば、先程の会話中にも急に身を強張らせていた。
「フミヤ、大丈夫?」
「……ッ、ネフィ、俺……今、どうして……?」
どうやら意識が混濁しているらしい。呼びかけに応じたネフィリスシアは何が何だかよく分からないままに彼女に出来ること、得意の氷魔術を用いて彼の頭を冷やして痛覚を鈍らせる。
だが、のんびり看病していられるわけではないらしい。彼女の鋭敏な魔力探知に何か良くないものが引っ掛かり、こちらに近づいてきているのが分かった。
(タイミングの悪い……フミヤには、ちょっと……無理があるわね)
馬車の中での約束は守れそうもなさそうだとネフィリスシアは溜息をついて立ち上がる。正直、意識も微妙に曖昧になっている彼を連れて行っても自分の足手纏いにしかならなさそうだ。
しかし、彼は無理にでも立ち上がろうとしている。それを見てネフィリスシアは何となく可笑しな気分になりつつも彼を制した。
「無理しなくていいわ」
フミヤを気遣っての一言。しかし、肝心のフミヤの方は首を振ってネフィリスシアの手を優しく退けると上体を起こす。
「いえ、やらなきゃ、いけないことなので……」
「大丈夫よ。私が何とか……」
互いに意見を譲らず、ベッド際で小さな争いをしていた次の瞬間だった。魔力は部屋の中に現れており誰よりも早く動いたのはフミヤだった。
甲高く響く金属音。遅れてネフィリスシアがその方向を向いた時、そこにいたのは……
「魔族……しかも、角付き!」
「ネフィリスシア様! 屋敷の住人たちに避難指示を!」
ネフィリスシアは突如現れた魔族を睨んで戦闘態勢を整えるがフミヤは彼女にこの場から退避して住人たちの安全を確保するための行動を取らせるよう叫んだ。相反する思考にネフィリスシアは躊躇う。
「フミヤ……」
「早く! それまで抑えておきますから!」
「……信じるわ」
体調不良のフミヤを単独で残して行くのは気が引けたが、ネフィリスシアはどの道やらなければならないことならば早期に解決してフミヤに加勢すべきだと考えて部屋から飛び出す。意外にも、魔族は彼女の妨害に出なかった。
「……意外だな。角付き。知能のあるお前らが簡単に自分を不利にする人間を逃がすなんて」
それとも、自分から一瞬でも注意を逸らしてはいけないことを直感で感じ取ったというのだろうか。そうであるのならばこの相手は思っていたよりもマズい相手だ。フミヤは微妙に体調不良の身体を押して一気に倒しきることを決め、相手を一気に弾き飛ばす。
「破ァッ!」
それと同時に気合入れの呼吸。部屋全体に衝撃が駆け抜けた。
「……!? 何だと」
フミヤはここ最近の体調不良の原因……寝不足。その裏の要因の1つである修行の成果をここで発揮して見せた。迸るこの世の物ではない魔力に角付きが初めて声を発するとフミヤは不敵に笑う。
「……その驚きよう。やっぱり俺のことを知ってるんだな?」
「……だったらどうだと?」
「吐かせてやる!」
あくまで余裕を絶やさない角付きの魔族を相手に、フミヤは白金の炎を身に纏い襲い掛かった。
その頃、屋敷内を駆けて伝言を頼むことが出来そうな相手を探していたネフィリスシアは敷内のあまりの静けさに違和感を覚えつつ部屋を開け放ち人を探していた。
(どうして、人がいない……?)
1階のフロントに当たる部分にも誰もいない。あまりの異常事態に誰かに見つかるとマズいとは分かっていてもウエノ家謹製の携帯型魔通話を使うことを決めるも強力な魔力によって通話不能状態だった。
(どういうこと……? さっき会った魔族は角付きとは言ってもそんなに魔力は……)
ネフィリスシアが内心で疑問を覚えたその時、彼女は背筋が粟立つ気配を感じてその場から思いっきり飛び下がった。直後、彼女の目の前に冷たい美貌の男が現れる。
「何者!?」
ネフィリスシアは問いかけながら氷柱の槍を威嚇代わりにその男にぶつける。男は何も言わずにそれを破壊し、そのまま軽い身のこなしでネフィリスシアの懐に潜り込んだ。
(~っ、早い!)
響く破砕音。ネフィリスシアが懐に保険として入れている氷の盾が割れた音だ。先日彼女を襲った自称魔王の少女が攻撃してきた時でもこんなに簡単に割れることはなかった。
(本当に、何者……? ッ! 角が、2本……?)
盾で攻撃事態は防いでも殺しきれなかった勢いを殺すために衝撃に任せて下がったところでネフィリスシアはようやく相手のことを正しく認識する。
黒褐色の肌に薄紫色の長い髪、一つの目に黄色と青色の色が散りばめられているダイクロイックアイ。唇の色は血色が悪く青色に近いが、その欠点を補って余りある冷たい美貌が窺える。
「……? あなた、どこかで!」
「デートの誘いは受けていないんだお嬢さん。さっさと眠ってくれ」
永久に。その声は魔族が加速のために蹴り出した爆発音と高速で動いた副次的な風によってネフィリスシアの形のいい耳に届く前に消えてなくなってしまう。
(くッ……ダメ、私じゃ勝てない……)
反応するのがやっとという有様に勝ち目を見出すことが出来なかったネフィリスシアは逃げの一手を打つ。当然のようにタダで逃がすわけがなく、魔族は追ってきた。
(どうする? フミヤに……ダメ、体調がよくないのに無理は……でも、他にどうすれば……)
「【魔刃風】……これで、逃げられなく」
「思い出したわ……あなた、私のお母様を殺した魔族ね?」
男が周囲を風の刃で崩し、ネフィリスシアに王手をかけたその時。ネフィリスシアは男に声をかけた。その内容に魔族の男は一瞬動揺し、その隙をネフィリスシアに突かれて攻撃を回避されてしまう。
「あの時フミヤが戻って来たから倒したものと思ってたわ……!」
「ふん。人間のガキ如きに殺されるほど間抜けじゃないんでな……」
「どうかしら?」
気分を害したらしく、この点だけは反論しておこうと少しだけお喋りになる魔族の男。そこに好機を見出したネフィリスシアは更に続ける。
「フミヤの元気具合からして、情けなく、命からがら逃げたのかしら?」
「……人間如きが、あまり舐めるなよ? あんなガキ、一捻りだった。実際に頭蓋を握りつぶし、魔力で脳を破裂させる寸前まで行ったのだ! そこに忌々しきウエノの血筋が邪魔を……!」
「随分と誇張した表現がお好きなようね……それ、本人を前にして言えるのかしら?」
ネフィリスシアが艶やかに笑った次の瞬間、天井が急に消し飛んで何か降って来た。それは物も言わずにネフィリスシアと魔族の男の間に割って入ると男に強烈な蹴りを入れて壁まで吹き飛ばす。
「お嬢! 大丈夫でしたか!?」
「……フミヤ、お嬢は止めて。ネフィよ。後、ありがとう」
「いえ、まだです……」
ネフィリスシアが前に出ようとするのを手で制して振って来たモノ、フミヤは下りてくるなり吹き飛ばした相手がいた場所を睨む。そこには既に男はいなかった。
「ここで逃がしたら厄介なことになります。すぐに追いましょう……約束通り、俺が貴女を守りますから」
「っ……うん」
表情こそ動かないがネフィリスシアはこんな状況にもかかわらず嬉しそうな雰囲気を纏って先行するフミヤの後を追いかけ始めた。




