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61.疼痛

 ラッツケンプにネフィリスシアが付いてくるという旨を相談した結果、得られた答えは諾というものであり、フミヤは許可をもらった以上、何も強く言うことが出来ずに馬車で王都の夜を移動することになっていた。


(……この人、何考えてるんだろうか……)


 移動中のフミヤは正面にいるネフィリスシアの顔を盗み見つつそう考えている。日頃からほとんど動かない彼女の表情は彼に何も伝えてこないが流石にここまで鈍感なフミヤであっても雰囲気で察するところはある。


(俺のことを手放したくないと思ってるのは多分確実で……それは家の為じゃなくて自分の考え。もっと言うなら……俺のことが好き、なんだと思うが……何で急にここまで? いや悪い気は勿論しないけど……)


 ネフィリスシアの端正な顔を見ていると目が合った。見つめ合うことしばし、固唾を飲んでフミヤは口を開く。


「あの……よろしいですか?」

「何」


 フミヤが彼女に仕えていた時の、普段通りの声で問い返してくるネフィリスシア。しかしフミヤは言葉に困る。


(……何て言えばいいんだ? まさか自分がこんな色男みたいなことになるなんて思ってもみなかったぞ……えぇと……何でこんなこと、違う。どうしたんですか? 俺の方がどうしたんだよ。俺のこと好きなんですか? ……張っ倒されるわ。でもここはっきりしておいた方が……でもはっきりさせたらさせたで問題にも……何とかなぁなぁで済ませたいんだが……)


 ここまで考えるのに戦闘特化で情報処理に長けた彼の頭でコンマ1秒ほど。その間ずっとネフィリスシアは少し前のめりになって綺麗な目からフミヤに視線を注ぎ続け、先を促してくる。


「何」

「……魔族の動きについて、ネフィ様はどう思われますか?」


 催促されたフミヤは逃げた。彼は強くて戦闘に対して度胸があり、ある程度の頭を持っていてもヘタレだった。これにはネフィリスシアも不満に思ったのか彼女は馬車の背もたれに体重を預けるように体勢を変え、一応答える。


「気持ち悪い。水面下で先手を取り続けられてる」

「……ですよね」

「ん。ラッツケンプと話して連携が必要」


 至極まっとうな意見を言われて終わった。それはそうだろう。魔族の動きの詳細や意見については先の会議の時点で相当話し合っており、更にこれからラッツケンプの家で対応について話し合うのだ。大体の意見は揃っている。


「……で?」

「で、とは……?」

「隠さない」


 このような前提での会話だったため、フミヤが本当は何を言いたかったのかということについてネフィリスシアから疑念の声が上がるのも当然だ。何せ、こんな短い感想で納得する程度の話であれば彼は口には出さないのだから。ネフィリスシアはこの枕から何を話すのかと言外に問いかけてくる。


「あの、ラッツケンプの家に行って万一のことがありましたらすぐにお呼びください」

「……万一がないように同室」

「ッ……ちょっと、それは……マズいかと……人の邸宅で何をしているんだという話にもなりますし……」


 逃げたが変なところでナイトが出てきたせいでフミヤは藪から蛇を出す羽目になる。しかし、この反応もネフィリスシアにとっては想定内のことらしい。


「じゃあ、フミヤの家ではいいのね? 人の家ではダメなら」

「そういう意味で申し上げたわけでは……そもそも、私どもの邸宅では危険がないように丁重なおもてなしをする予定ですし……」

「嫌なの?」

「嫌かどうかではなく、問題かどうかです」


 日頃は喋らないネフィリスシアがやたらと押し問答を仕掛けてくるなと思い、やはりこれは……と考えてしまうフミヤ。しかし、踏み込むと困るのも彼の為、何とか誤魔化す。そうしている内にラッツケンプの邸宅が見えて来た。ここからはフミヤの思考も切り替えなければならない。


(尤も、今日さえ凌げばロッシュの言質の効果が切れるから俺が代表として動くことはない。いや、ある程度の裁量ならまだしも国を動かす可能性があるのを俺の一存で決めるにはちょっと流石にね……)


 誰が聞いているわけでもない言い訳を自分に言い聞かせるフミヤ。今日のところはラッツケンプも限界が近いようだったのでそんなに難しい話はないだろうと楽観している構えだ。

 程なくして馬車はラッツケンプの邸宅に到着することになる。御者のみが外部と接触し、ウエノ家が来たとだけ伝えることで中にラッツケンプと競合するメディシス家の者が中にいることはどうやらわからないようにするらしく、そのまま進むようだ。


「……息を潜めていると思い出すわね。二人で屋敷から逃げ出したこと……」


 ネフィリスシアの昔を懐かしむかのような言葉にフミヤは一瞬、表情を強張らせる。しかし、外に注意を払っていたネフィリスシアはそのことに気付いていないようで、話を続けた。


「あの時は、困る私をあなたが強引に……」


(……すみません、俺は十代の記憶覚えてないらしいんです……誰かに、呪いをかけられているらしく……)


 申し訳ないと謝罪しつつ疼くような頭痛を感じつつそれを面に出さないように全身を硬直させて聞き役に徹するフミヤ。この辺の記憶がないことに関しても彼の最近の体調不良は関係している。尤も、最大の原因はそこではないが。


 ネフィリスシアの過去語りを聞き流しつつ頭痛を我慢している間に馬車は彼らが宿泊する予定である別宅に付けられる。

 人目もない内に早速その中に入ろうと降り立つフミヤは続いてネフィリスシアをエスコートして中に入り、そこであまり見ない顔と出会うことになった。


「……これはこれは、メディシスご令嬢、それからウエノ様。このようなところでどうされましたかな?」

「これは、奇遇ですね……夜分遅くに失礼します。ベイリー卿……少々、ラッツケンプ様よりお招きいただきまして……」


 そこにいたのは、元老の一人で郵政省を司っている王国一大派閥の長、ベイリーだった。彼は昼間にメディシスとラッツケンプが不可解な動きを示したことについて探ろうと、ラッツケンプ現当主から相談を受けるという名目の下でこの場に訪れていたのだ。


「ッ、ぐ……も、申し訳ございません……少々、疲れが出ておりまして……粗相をいたします前に失礼します」


 そして彼を見た途端にフミヤの疼痛が明確な痛みとなって彼に襲い掛かり、一瞬ふらついてしまう。それを見ていたネフィリスシアは毅然とした態度で彼の非を詫びてベイリー卿との対話を邪魔しないように待機していたラッツケンプ家の案内人と共にフミヤを部屋に運んでいく。


 それを見送り終え、誰もいなくなったことを完璧に確認した後にベイリーは呟く。


「……まさか……いや、不安の芽は早めに摘んでおくに越したことはない。相手は、ウエノの血筋なのだからな……」


 彼はそう呟くとラッツケンプの現当主に対する思考誘導という今晩果たすべきだった本来の目的を変更して闇の中に消えて行くのだった。




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