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59.失敗

 会議は長時間に及んだ。されど、話は進まなかった。


 会談を持ちかけ、進行役を名乗り出たメディシスの側が上手く進行させることが出来なかったのだ。


(……ラッツケンプ様は困る以上の反応を示さず、ウエノは彼らに有利な話しかしない。)


 公爵から見た場合のこの会議の内容はこのようなモノであった。しかし、ウエノ……特にロッシュから見た場合にはこの会議の流れは大体読めていた話だ。


(予想通りですか……まぁ、目的もない会議であればこうなるのは火を見るより明らかでしたが。)


 ロッシュはフミヤから話を持って来られた時点で大体こうなるのは読めていた。理由は簡単だ。意見交流のために会議をするという話だったからだ。


(どうしたいのか、どう対策を練るべきなのか、誰を巻き込むのか、時間と費用はどうなのか、何の方針性も伝えられなかった時点でこの場で決まる重要なことは特にないでしょう。こちらとしても言いたいことは言えたのでもう切り上げてもいいくらいですが……)


 ロッシュからすればメディシスもラッツケンプもまだ信頼するに値しない存在であるため、仮に彼らが魔族であった場合に牽制できる事実を公表することと、そして彼らが味方であった場合のアリバイ工作が出来ればそれでよかったため聞かれた以上の話をしていない。


(公爵も年を取ったか、それともやはり疑わしい存在なのか……私の知る限りの彼であればただ意見を募るだけではなく、自らの意思を持ってやるべきことを成すにはどうすべきかという形で話を進めていた物ですが……)


 話し合いを行いつつロッシュは頭の中でそう思考する。顔を見ることは出来ないため、相手が今どのような表情なのかは分からないが、恐らくいい顔はしていないだろうと見当をつけつつそろそろ区切ることだと判断して控えていた側近のアクィラに合図を送る。すると彼は室内に居ながら扉をノックした。


「火急の用件につき、ご無礼仕ります。ロッシュ様、領内に大量の魔物が……」

「わかりました」


 嘘はつかせていない。不都合な事実を伏せているだけだ。


「申し訳ありませんが、席を外させていただきます。これ以降、本日における会議の当家の発言としてはフミヤのものを当家の代表としてよろしくお願いします」


 少し返事を待ってから通話を終了し、魔力を吸い取ることで万が一の間違いすら起きないようにして魔具を仕舞う。


「……あぁ、言うまでもないと思いますが、いつものように処理をしておいてください」

「畏まりました……尤も、既にフーシェ様が出ておられるようですが……」


 アクィラの発言に苦笑だけして応じるロッシュ。そして彼は再び領内統治と対外関係の書類に取り掛かりつつ遠く離れた地にいる弟のことを考えた。


(さて、彼らがどう出るか……フミヤ、任せたぞ)




 急用ということで切断された【魔通話】の通話先、メディシス家の会議室では何とも言えない空気が蔓延し、そろそろお開きのムードが漂い始めていた。


「いやはや、魔物が領内にまで攻め来るとは……【竜の眠る地】はやはり危険なところですな」

「えぇ、まぁ……」


 一般的には領地内に攻め入られるなど恥であることだが、土地柄ということで苦労話の一つで済まされている今回の一件。しかし、内情を把握しているフミヤからすれば恨み言の一つでも吐きたいところだった。


(面倒になって切り上げたな……まぁ正直、この会議からこれ以上特に得られることはなさそうだが……)


 ただ、面倒ごとを押し付けられたというだけではなく彼が引き上げたことによってこの場も解散の機運が高まっていることからそれほどまで悪いことではないとしてフミヤは話をまとめにかかる。


(……それにしても真向いの……確か、キルト家のヴェロニカさんか? なんか様子がおかしいが……ラッツケンプ様は気付いておられるようだがどうしたものか?)


 体調不良なのかは不明だが変な感覚を覚えるため、フミヤは早くこの場から立ち去りたかった。ただでさえ、ネフィリスシアの接近によってメディシス側の人間から快く思われていないのだ。長居したいとは思えない。


 そんなフミヤたちが出す空気に困ったのはメディシス公爵だ。意見交換は出来たが、これから何をしていくかという具体的な方針は全く決まっていない。ラッツケンプと共同して事に当たるつもりだったが、彼は話をロッシュに振るだけで具体案は出してくれなかった。更に自陣営のミヤケはフミヤを敵視する上、娘はそれを気にすることなくフミヤの隣を陣取る。


(このまま終わらせてなるものか……何かないか?)


 周囲を見渡すも対面のラッツケンプは眠っているのではないかと疑う程深く目を瞑っており、ウエノ家に対しては彼に罪はないのだがその隣にいる愛娘との関係を見て公爵の微妙な感情が邪魔をしてしまい、長いこと見ることが出来ずに残されたミヤケを見る。


(くっ……ダメだ。キルト家の娘が体調不良を訴えてミヤケに退出を促している……)


 四家の中で最後になったがメディシスもようやくその事実に気付いた。そしてミヤケが公爵にヴェロニカの不調を気付かれたことに気付くと申し訳なさそうに口を開く。


「申し訳ございません。こちらの者が体調不良を訴えておりまして……」

「ほう?」


 ミヤケは退出したいと申し出る。それを聞いたラッツケンプは何故か面白そうな声を上げて深く閉じていた目を開けた。


(……眠いなら寝てろよ……邪魔をしないでくれ。ただでさえ色々あってこっちはいっぱいいっぱいなのに後方支援すらしてない引退貴族は……!)


 ミヤケは不快感を覚えたが格上の相手に対してやんわりと再び退出の許可を申し出た。しかし、何故かラッツケンプの返事は芳しいものではない。


「ですから、彼女は前線で怪我をし、毒を得ている身を押してこちらに戻って来ているのです。退出の許可をいただけませんかね?」

「毒? 儂にはそう見えんがな……いい加減、その茶番を止めてはどうかね? このラッツケンプ。老いたとはいえまだ目が見えなくなったわけではないぞ」


 先程までの好々爺の雰囲気を一転させて獣の如き眼光でミヤケたち一同を睨みつけるラッツケンプ。それを受けてミヤケは少々声が上ずった。


「な、何のことでしょうか閣下。我々は……」

「なぁ、フミヤ君。君には彼女がどう見える?」


 急に話を振られたフミヤだが、魔力を目に込めてヴェロニカを見ると奇妙な違和感だったものが決定的なものになった。


「……魂魄が二つ、ですかね?」

「そうだな……さて、先程の君の報告では魔族が人間に宿るということだが……符号は一致していると思うがどうだろうか?」

「そんな訳が……【simula」


 疑いを晴らすべくミヤケがヴェロニカの情報を開示しようとしたその時だった。ヴェロニカは突如嘔吐して吐瀉物の中に頭を突っ込んだのだ。


「大丈夫か!?」

「ぁ、ぅ……」


 慌ただしく動き始めるメディシス家の面々。ミヤケもステータス開示どころではないと術を中断して彼女を助け起こした。しかしヴェロニカは虚ろな目で呻くだけだ。


「……この場は公爵に任せるとします。これ以上は会議にならないと見ますので……フミヤ君。行こうか」

「あっ、はい……」


 待ったを掛けたい公爵だが自陣営が起こした不始末を何とかしなければならないため、そうも言っていられない。当然の様にフミヤについて行った彼の娘に何らかの希望を託すだけだ。


 こうして、魔族の脅威が迫る中で最初に行われた四家会議はただ各自が情報を得たのみで強力については具体性に欠けたまま失敗に終わったのだった。




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