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56.帰宅

(そろそろか……)


 メディシス公爵は内心で独りごちる。辺りは既に暗くなっており、ラッツケンプとの会談は間近に迫っていた。


(……それにしてもミヤケの報告はどういうことだ? 人が魔族に……信じられん。こんなことが広まれば王国の根幹を揺るがしかねない事態に発展する……せめて、解決の糸口を見出してから知らせるべきか)


 その会談に差し当たってメディシス公爵には考えるべきことが大量にあった。特に、ミヤケからの情報はどれも看過することのできないものであり、自陣営に有利なように一定の情報の秘匿をしていられるような状況ではないと判断するようなことだ。


「うん?」


 難局にある。そう考えて想定される質問などに対する回答を考えていたメディシス公爵はラッツケンプが来るかと自室から見下ろしていたところ、常識はずれのスピードでこちらに向かってくる明かりを発見した。

 まさか敵襲ではあるまいなとメディシスが魔術を以て遠視すると明かりに照らされたよく見慣れた旗が目に入り、それと時をほぼ同じくして扉がノックされ、公爵は訪問者に対して入室を促す。


「失礼します。旦那様、ネフィリスシア様が北方領土より戻って参られました。ウエノ家を伴ってのお目通りを願っているようですが……いかがなさいますか?」

「……! すぐに通せ。いや、私が行く」

「畏まりました」


(このタイミングで戻って来たか! ネフィの表向きの用件、【魔通話】の設置が活きるぞ……)


 先程まで沈んでいた気持ちが一気に高揚し、逆に愉しくなり始めるメディシス公爵。しかし、そこで思い止まった。


(……いや、待て。私の中で話は進んでいるが……ウエノ家が【竜の眠る地】という僻地に行くことが決定してしまった際、中央に引き留めなかったのは我々の咎でもある。聞けば、王子と跡取りを負われた長男が勝手に結んだ決め事であり、ロッシュ君は望んでなかったとか……)


 そのような事態に陥っていた彼らを助けることなく寧ろ遠くへ行くことを助長したとも言える。その上先日ウエノ家から送られてきた緊急報告に対しても楽観論で片付けてしまい、取り合おうとしていなかった。そう考えると協力要請がどうなったかは怪しいものがある。


(……だが、今ここで止まっているわけにはいかない。)


 彼とて背負っているもののために行ったことであり、恥じることではない。そして、これから更に彼の双肩にかかっている大きな荷物を守るために何をしても成し遂げる。その覚悟を決めて公爵はウエノ家と愛娘の下に出向かうのだった。







 メディシス公爵が覚悟を決めて外の馬車を出迎えのために急いで支度を整え始めた頃。当の馬車の中では疲労困憊のウエノ家兄妹と余裕綽々と言った様子で平然としているメディシスご令嬢ネフィリスシアの姿があった。


(つ、疲れた……)

(も、もう流石に……いや、ちょっとネフィちゃん……こんな子だったっけ……?)


「フミヤ、さっきの話だけど……」

「はい」

「友好として腕を組むべき」

「ダメです……あの、ホントそろそろ聞き分けてくれませんかね? 迷子じゃないんですから……」


 ふとフミヤの口を突いて出た迷子という表現を聞いてネフィリスシアは少しだけ表情を緩める。その表情だけは可愛いのだが……あの手この手で妙な親愛の情を周囲に示威しようとするのは止めてほしい。


「……そういえば、迷子になった時……」

「あのですね、メディシス公の方から私は罷免されているのでその役目はもう別の方、例えば勇……あ、いやその……」


(……はい! またネフィちゃんが妙なオーラを出します! ほら出た。フミ兄ぃもいい加減学習してよ。フミ兄ぃが地雷踏みぬいてばっかりだからネフィちゃんも妙な爆発するんだから……)


 ココは半ば冷めた目でネフィリスシアとフミヤを見る。しかし、巻き込まれるのも面倒なので少し前から回避のために行っている狸寝入りを続行したまま聞き耳を立てるだけにした。


「フミヤはそれでいいと?」

「いや、私がどうこうではなくてですね……」

「私は貴方に訊いてるの」


(誰か助けて……)


 出発当初から大して変わらないフミヤ。その時、ふと噂をすればと言わんばかりのタイミングでこの世の物ではない強大な魔力がメディシス公爵家からこちらに向かっているのを感知した。時を同じくして同様の気配を感知したらしいネフィリスシアが先程までとは違う本気で不機嫌そうな顔をして眉間に深く皴を刻み込み、深く座り直した。


「……フミヤ」

「えーと……流石にミヤケ家とメディシス家の問題に私たちが首を出すことは……」

「わかった」


(……よかった。どうやら分かってくれたらしい……)

(……? どうしたのかな……? やけに素直に……こういう時は絶対何かよくないことが起きると思うんだけど……)


 精神的な疲労から逃れたこと以上のことを思考するのを拒んでいるらしいフミヤに対して寝たふりをすることで傍観者として冷静に場を見ていたココはネフィリスシアの態度に違和感を覚えた。しかし、勇者がこの場に来るまで間もなく、起きていてもいいことがある気がしないので黙って空寝を続ける。


 そして、その時は訪れた。


「フミヤ様。前方に障害物がありますが……どうなさいますか?」

「どうするもこうするも……勇者だろ? 止まれ」

「事故を装って轢き殺さなくてもよいので?」

「……いいに決まってんだろ。お前、車内にウチの人間以外が乗ってるの忘れてないだろうな?」


 物騒なことを宣う御者に突っ込みを入れ、馬車を止めるフミヤ。制動距離に入る前に指示を受け取った御者は慇懃な返事をした後に車内に衝撃が来ないように丁寧に止まった。そして彼が馬車をノックする。


(……こいつに常識という物はないのだろうか?)


 御者の言う轢き殺すというのは確かにやり過ぎなように聞こえる。ただ、正式な使者の行列。しかも公爵家のご令嬢の行列を妨げるという日本で言うところの大名行列を妨げる級の事をしでかしているミヤケに対して、実行したとしても始末書を書けば許される程度の範囲の処置であり、それを知っているフミヤは溜息をつく。


「……フミヤ、彼……弾き飛ばして」

「……常識知らずですが、人類の希望でもあるので……」

「はぁ……」


 心底嫌そうな溜息をつくと同時に外から勇者の取り巻きの女性たちと思われる声が聞こえて来て勇者を屋敷に引き摺り戻す音が聞こえると馬車は再び前へと進み始める。そしてようやく門の前に着いた。


「入り口まで進んでも……こ、これはこれは! 馬上から失礼いたします!」

「? 何かあったのか?」

「構わんよ。こちらに」


 門兵との会話かと思われたが、急に畏まる御者の様子を聞いて訝しむフミヤ。しかし、外から聞こえて来たよく聞き覚えのある声にネフィリスシアとフミヤは顔を見合わせた。


「……メディシス公爵?」

「お父様が? どうしてここまで……」

「と、とにかく降りましょう! ココ! 起きろ。公爵様に挨拶しに行くぞ!」

「んー? ぅん……もう着いたんだね……?」


 寝惚けたふりをして起きるココ。馬車が静かに案内され用として止まっている間にフミヤが御者に指示を出して完全に止めて地上に降りると公爵が笑顔で出迎えた。


「長旅、ご苦労でした。では、そろそろ寒くなってくることですし。中に入ってください」


 あまりの好待遇に逆に疑念に駆られる一行。しかし、メディシス公爵は一切表情を崩さずに彼らを手ずから室内へと案内するのだった。





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