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55.王都の議論

 ウエノ家が護送しているメディシス御一行が特定の馬車の中でのみ波乱を起こし、特定個人の胃を苦しめながらも王都まで間もなくと言った距離に達していた頃。王都では少し動きが起きていた。


 その場所は王城の広間であり、現在の場の主役はメディシス公爵その人だ。


「それで、公爵様は結局のところ何が仰られたいのですかな?」

「……最初に言った通りミヤケの言う通りに軍備拡張を王国一体となって進めるべきだ。それを強く訴えかけています」

「ふん……勇者様がいれば問題ないと言って軍拡に否定的だったのは誰でしたかな?」

「それはあの時の状況を総合的に鑑みてそう判断しただけのことであり、現実に脅威が迫っている中で必要なことをやるべきであると現在判断し、柔軟な対応を行っただけです」


 苦々しい思いを内心で殺して表面は淡々と、事務的な態度を見せるメディシス公爵。しかし、周囲からは決して大きな声ではないが「脅威? 自分の地位に対してだろ」などという揶揄の声が聞こえてくる。


(くっ……この非常時にも政権争いをするか! この腐った売国奴どもが!)


 現実に領土の一部が侵害されているというのにもかかわらず寝惚けたことしか言わない周囲の貴族たちに苛立つメディシス公爵。彼は爵位や権力がトップであるとはいえ、年齢としてはこの場にいる面々より少しだけ若く、勇者の敗退による失策で舐められているという現状にあった。

 一人の政界引退間近の老齢の貴族が挙手して周囲のざわめきを小さくして名を名乗り、そしてメディシス公爵に向けて発言する。


「えー、その前にですね、えー、今回の遠征で、えー、どれだけの費用が掛かったのか、ね。これがね、私どもとしても知りたいことなんですよ。えぇ、広く国民にね、税や雑徭なんかでね、多大な負荷をかけてね、大切な税を使ってやっているわけでしてね、その効果が見られない間違えた運用だった場合、これから更に多大な負荷を掛けようとしているというのは間違いではないか、そう思います。でね、間違いかどうかを確かめるためにもね、どれだけ負担をかけてるのか、皆様に、分かり易く説明するのがまずは道理という物ではないか、私はそう思ってるわけです」

「……お答えいたします」


 少し調べればわかる事であり、こちらが言い間違えでもすれば鬼の首を取ったように燥ぐであろう質問に対して事務的に処理していくメディシス公爵。これらの質問には特に意味がない。彼らが望むのは公爵がミスをしたと認める、もしくはミスを重ねるということであり、彼らにはそれにしか関心がない。


(クッ……また堂々巡りで終わるのか……)


 議会で議論すべきことを責任追及という時間だけで終わることになり、結局は自分たちだけで考えた原案をブラッシュアップすら出来ずにそのまま通すという形になるのか。メディシス公爵が苛立ちを覚えたその時だった。伝令兵が静かに入室してきて公爵に耳打ちしてくる。


「ミヤケ様がご帰還なされました。至急、旦那様にお会いしたいと仰られており、議会のことを告げますと参加したいということですが……いかがいたしますか?」

「すぐ……っ……いや、少し待ってくれ」


 報告を聞いたメディシス公爵はすぐにミヤケをこの場に呼んで詳細を告げさせようと判断したが、思い止まった。この場に呼んでも失敗に対する言葉の集団リンチが行われる以外の未来が見えなかったのだ。


(一体いつからこんな腐った奴らが……!)


 問題を知り、集団で知恵を持ち寄って問題解決を図るのが議会の役目だったはずだ。少なくとも、公爵が父がまだ存命だったころに入った議会ではそうだった。しかし、今はどうだろうか。


「公爵、発言いいかな?」

「……ラッツケンプ様か、いかがされました?」


 メディシスが今の議会の有様を憂慮していると、軍部を司り現在の宮廷内の勢力を公爵家と二分する有力派閥の長が挙手をして発言許可を求めて来た。近年、彼は病に侵されており、彼自身が議会に参加するのは久々のことだ。現在、メディシス公爵が議会でラッツケンプと呼ぶのは最早彼の息子のことばかりであり、戦場で殊勲を競った彼の名を呼ぶことは少なくなっている。

 メディシスとしては影響力の強い彼に下手な発言はしてほしくはなかったが、そうもいかない。発言を促すとラッツケンプは痩せてはいるものの大柄な体をゆったりと動かして立ち上がり、周囲を睥睨すると公爵に向けて発言する。


「今しがた、ミヤケがこちらに戻ったと聞きました。いかがですか? 彼をこの場に連れて来るのは」


 嫌な発言が来た。内心で苦虫を噛み潰すメディシス。戦場で殊勲を共に競い合った時はあれほどいい男だったのに、一度栄華をその身に覚えさせた後は保身に走るか。失意と落胆が体中を巡る中で公爵は一先ずこの場から逃れるための言葉を発す。


「……長旅より戻ってきて間もない状況です。疲労困憊で状況説明を行うのは難しいかと」


 どこかからか「口裏合わせをする気か」、「隠蔽だ」などという声が上がる。公爵がそちらを睨む……その前に、ラッツケンプが大音声を発した。


「黙らっしゃいッッ!!!」


 小物どもを黙らせようとした公爵の視線すら集めるラッツケンプの、病床に伏しているとは思えない怒鳴り声。沈黙が場に下りる中で彼は続けた。


「皆々方、いつまでこのようなことを続けられるおつもりか!? 脅威がすぐそこに迫っているというのに死の直前まで席を争うおつもりか! 国難に際して貴方がたに思うところはないのか!」


 散発的に否定の声が上がる。だが、それは決してラッツケンプに聞こえるように言ったものではない。全体的には静かなままの場でラッツケンプはメディシスを正面から見据えて告げる。


「このような場では語りたきことを語ることも出来ません。公爵、この名ばかり会議の後に勇者を交えて会談を行いましょう。いかがか?」


 その目は澄んでおり、公爵が過去に戦場で争った往年の彼がそこに居るかのようだった。しかし、公爵はそれでもまだ確信するまでには至らない。


(……信じてもいいのか?)


 沈黙し、互いに見つめあう二人。ラッツケンプの怒鳴り声からようやく我に返った貴族が罵声に近しいヤジを、決して自分が言ったと特定されないように飛ばす中で進行役が注意を何度か行う。


 それでも互いに目を逸らさない。そして、メディシスが静かに告げた。


「会談は、今日の夜。それでよければ」

「構わんよ。準備が出来次第使者を送ってくれ……では、私はこれで失礼する。先程、大声を出したがために少々体調が優れなくなってな……」


 鋭い眼光のままそう発言し、言葉とは裏腹な気勢を見せるラッツケンプはこれ以上は時間の無駄だと態度で示したまま進行役が制止するのも聞かずに体調不良の一点張りで議会を退出する。

 当然、残された議会ではラッツケンプに対する怒りの声が紛糾することになり議論どころではない。何の議論の進展も見せずに既に退出したラッツケンプが態度で示した通り、ただ時間だけが過ぎていく。


(信じるぞ……バレッド)


 遺憾の意という形で不満を言うだけで実際には何もせず、時間を無駄に浪費する貴族たちを尻目にミヤケの帰還を告げた私兵に対してミヤケへの指示を出したメディシスは既に夜のことを考えるのだった。





???「トラスト・ミー」

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