54.沈潜
ウエノ家に訪れていた中央からの使者が出立する日。行きの時のような事態が起こらないようにするために護衛をつけ、現在は見送りの真っ最中となっていた。
「有意義な時間でした。【魔通話】を用いてこれからも密に情報交換をしていきましょう」
ウエノ家当主であり、ウエノ側の代表であるロッシュはそう言ってナタリアに挨拶をする。それを受けたナタリアはこちらの使節の代表はネフィリスシアなのだが、そう思って後ろを見ると護衛役を任されているフミヤと何らかの話をしており、ナタリアは不満げな顔をする。
「申し訳ない。こちらの代表が……」
「いえいえ……メディシスご令嬢にはまた戻って来られるため、あのような態度でも仕方ありませんよ」
「……どういうことだ?」
「え? いえ、先日に申し上げた通りですが……」
急にトーンを落とし、表情を改めるナタリア。それに対して何故理解していないのかと逆に驚いて同じくロッシュもトーンを落としてナタリアに呑み聞こえるように告げる。
「先日の王国内情の問題についてですよ……メディシス家が少々怪しいと感じたため、独自ルーツで探ると言ったではありませんか」
「……なんと、まさかこんな手法で……」
驚きのあまり少し大げさな動きになってしまい、周囲の注目を集めるナタリア。あの時はメディシスとウエノが結びついたらこちらとしても困ると思って少しだけ過度に同調して見せたが本心としては公爵家自体は怪しいところはないと見ている。
つまり、ナタリアからすれば特に何の問題もないネフィリスシアがナタリアの知らないところで未来の婿と日夜を共にすることになるということになっている。しかも、相手はその婿を寝取る気だ。
「……ぅぐ、わ、分かった……くれぐれもよろしく頼むぞ。いいか、くれぐれもだぞ? 分かっているな?」
「えぇ、わかっています」
これは分かっていない。ナタリアは率直にそう感じ取った。百戦錬磨、神算鬼謀のロッシュがこれほどまでに頼りないと感じたのは初めてだ。
(うぐ……しまった。勝ったつもりで気を緩め過ぎたかなぁ……? 流石に私は軍もあるし……そもそも今回の遠征だってギルバートがいない間に勝手に決めて無理して出て来たんだから戻らないと……)
ちょっと時間を取りたいところだがそれももう難しい。道中の馬車の中で巨大な釘を刺すことで何とか浮気が起きないように努力し、後は天に任せるのみとして彼女はロッシュに暇乞いをした。
程なくして馬車は出立する。メンバーは行きに殺されたルイスを除くこちらに来た王国のメンバーとウエノ家からウエノ家専用の乗り物を扱う御者と護衛役のフミヤとココだ。その兄妹と王国使者の中心人物であるナタリアとネフィリスシアが同じ馬車に乗っている。
(誰か助けて……)
その中で一番息苦しい思いをしているのがフミヤだった。彼は女性陣のみがいる馬車の中に男性一人が混じるのはどうかということで護衛メンバーの方に移動すべきではないかと進言したがお偉方二人の反対と妹の棄権を受けて馬車に入ることになっていた。
現在の状況は3人掛けの椅子でフミヤを挟んでネフィリスシアとナタリア。その向かいにココという形になっておりフミヤは考える像のような姿勢で誰にも表情を覚らせぬように固まっておくしかなかった。
(頼むから何もないまま進んでくれ……俺が何したっていうんだ……?)
フミヤの切なる願い。当然だが、そのまま何事もなく進むわけがない。まず口を開いたのはナタリアの方だった。
「……ネフィリスシア。嫁入り前の娘がみだりに男性に近づくのはどうかと思うが?」
刺々しい口調でネフィリスシアを牽制するナタリア。尤も、ナタリアの方がフミヤを引き寄せているため、ネフィリスシアがフミヤと肌を触れ合わせることはない。寧ろナタリアの方が注意を受けるべきかもしれないとココは思ったが、彼女は一応婚約者のため何とも言えない。
そんな現状に対してネフィリスシアが取った行動は簡単なものだった。
「……フミヤ」
「う……いや、そういう問題ではないので……ここはナタリア様の言う通り、離れた方がいいかと……」
「そう……仕方ないわ……」
名を呼んだだけで意図を把握して注意するフミヤ。ネフィリスシアもそれに素直に従ってここの隣に移動するが……その顔は無表情のままながら、得意げな気配を漂わせてナタリアをじっと見やっていた。
「……フミヤ」
ネフィリスシアが大人しく引き下がってくれたので争いの火種が回避されたと内心で喜んでいるフミヤに声をかけ直すナタリア。しかし、彼はナタリアの意図を酌むどころか呟きに気付いた様子がなくココの視線で何かを把握してようやくナタリアを見て声をかけた。
「どうかされましたか?」
「……なんでもない……ただ、婚約者を隣にして別の女に現を抜かすのはよくないことだと肝に銘じておいてくれるかな? いいかい?」
「は、はい!」
よくわかっていないがとりあえず同意しておくフミヤ。貴族社会にいる者としてお偉いさんの言葉に反論するのは余程の時だけだ。そして今はその時ではないため、適当に同意しておく。
(……ネフィ、よく分かった……)
(兄ぃ……全然わかってないよ……)
ナタリアとココの対称的な内心はさておき、最初の緊張を乗り越えたと喜ぶフミヤを乗せた馬車は波乱に満ちた道中を往こうとしていた。
(……報告が帰ってこないわね……これはマズいわ)
フミヤとココを乗せた馬車が出立した頃。遥か南方で治療という名の魔改造を行っていた魔族の女王、イザベラは何時まで経っても帰ってこない我が子のことを思って歯噛みしていた。
(ラックラッカ辺りが面倒そうで嫌だけど、報告として上げないと……)
既に掌握していた砦の兵を用いてこの場に流れて来た王国中枢軍すらをも眷属と化すか、餌として用いて勢力を増しているイザベラだが失策は失策であるとして敵中枢にいるベイリーに対して連絡を送る。
(……尤も、サリーには最初に王都に連絡を取るように言ってあるから彼は既に知っているのでしょうけどね……さて、問題はそれよりサリーがどうなってるかよね……捕まっていたとしたら、情報が洩れているかもしれないわ……連合のことならいいけど私の情報を吐いていないでしょうね……?)
式神を送りつつ思案するイザベラ。魔族は女王に尽くすものだが女王と王女という間柄で物事を見るのは初めてのため、不確定要素が多いのだ。
(予定を早める必要があるかもしれないわね……尤も)
それまで憂うような表情だったのを一転させ、毒のある大輪の花の様に艶やかに笑うイザベラ。彼女の脳内に浮かんだ視界には大量の我が子たちと連合には秘匿している王女クィラがあった。
(私の方は、既に前倒しで物事が進められているけどねぇ~……うふふふふ……人類を滅ぼした後、トップに立つのは私たちの種族ですよ……)
密かに笑うイザベラ。砦の中で我が子が懸命に働いているのを魔力で感知した後に彼女も彼女にしかできない仕事に再び取り掛かった。




