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50.修羅場

(……誰か助けて)


 久々に体調が安定しすこぶる健康だったフミヤだったが、なにも今日という日に元気にならなくてもいいではないかと気分だけが落ち込んでいた。

 尤も、体調不良の原因については本人が理解しており、その体調不良の原因が今日は色男が忙しくなりそうだから休息の日にしようと決めたが故に今日は元気だったのだが……フミヤ的には今日も普段と変わりがない忙しさに身を投じておきたかった。


 現在のフミヤの状況を確認すると、才色兼備で幼い頃より仕えたお嬢様と昔馴染みだがその正体は歴とした王家の一員であり王国でも屈指の人気を誇るカリスマ性を備えた美女、そして家族の贔屓目を抜きにしても可愛らしいと評判の美少女である妹と一緒に密室にいる。

 両手に花どころではない、王国の民であれば一度は夢見るであろう羨ましい状況だが何が起きているのかを知っているウエノ家の住民たちはこの場にいるココを除いて誰も近付こうとしていない。その原因を探るべく今度は状況を整理してみると別の様相が見えて来た。


 内政部を司り、宮廷魔術師として名を馳せる大公爵を父に持ち、当人も【氷の姫】と呼ばれるほど魔術に長けた公爵家の娘と当人は王国軍の第2騎士団を司り、親は言わずと知れたこの国のトップである王女、そしてその両方の友人である妹。それから身に覚えもないが何故か両者からどちらを選ぶかという選択を迫られている二股男。

 二虎競食の計だろうか? 密室に取り残され、飼育員が連れて来た二頭の猛獣の狩りの眼に晒される犠牲者。これがフミヤの正しい現状であり、彼に出来るのはことが穏便に済むように祈ることだけ。

 だが、そんなことは許されない。何も起きないと退出することも出来ないということで飼育員さんがこの場を刺激してきた。


「……で、フミ兄ぃもそろそろ水飲んでばっかりじゃなくて何か言ったら?」


 棘のある言い方だ。日頃の仲良し兄妹の面影は欠片も見当たらない。しかしフミヤも別に水が飲みたくて飲んでいるわけではない。ただ、無性にこの場にいるだけで喉が渇くから仕方なく飲んでいるだけだ。

 後トイレを近くすることで離席し、何とか用事を見つけるか何故か今日は見つからなかった頼れる次男を連れてこの場をどうにかしようというせこい考えも持っている。


 そんな時間稼ぎもそろそろ限界のようなのでフミヤは仕方なく言葉を選び終えてから無言で牽制し合っているナタリアとネフィリスシアの注意を引くために咳払いをする。


(怖っ……)


 その注目を引くための咳払いで恐ろしい程急に曲げられた首にフミヤは【賢き魔物】の時以上に恐怖を覚えつつ先程飲んだ水で無理矢理唾を作って口の中を湿らせると言った。


「お、お忙しい中よくぞ来てくれました、ご両名。この再会が出来たこと、誠に感謝いたします……」


 ここからドレスや装飾品、それから最近彼女たちが上げた成果などに対する辞儀合いに入るのが通例だがフミヤには地雷原に火薬を注ぎ込むかもしれない真似をする勇気はなかった。情けなく目で妹に合図を送るとこの場の進行を委ねる。


「……アホ兄ぃのアホ。ビビり」


(何とでも言ってくれ。俺にはどうしたらいいのか皆目見当もつかないんだよ!)


 本気で情けない兄に代わってココは溜息をついてこの場に宣言した。


「じゃあ、第一回フミ兄ぃの奥さんは誰? 会議を始めます。フミ兄ぃは覚悟して、この会議が第一回で終わることが出来るようにさっさと決めてください。じゃあまず全体の流れから……」

「待て、なんだそれは。やっぱりそういうことなのか?」

「……本人に訊いてよヘタレ。何なの? ピュアボーイ?」


(訊きたくねーからお前に言ったんだよ!)


 妹の冷たい視線に釣られて後方を見そうになるが思い止まりココから聞こうとしっかり目を見据えるフミヤ。彼の精神年齢はどうやら思春期まで戻っているらしい。ただ、利害打算だけはしっかりと大人のままなため、この場を突っ切るようなマネをせずに責任逃れを続けている。


 尤も、そんなことが許される訳がない。


「……フミヤ」

「はい!」

「奥さんがどうこうはまだ(・・)いいとして……ナタリア様との婚姻、どうなってるの?」

「さっぱりわかりません」


 言い切った。それに素早く反応したのがナタリアだ。


「【竜の眠る地】における開拓が成功した暁には中央との結びつきのために私とフミヤの間に婚儀を結ぶことになっている。……フミヤ、確かに機密事項であり、外部に漏らしてはいけないがこういう場合には確りと言っておくべきだ。いいかな?」

「……中央との結びつき。フミヤ、あなたはそれでいいのかしら?」


 喉が渇く。それなりに長い間ネフィリスシアのお付きをしていたフミヤはネフィリスシアが自分に何を言わせたいのかもう、ありありと分かる。それでもフミヤはその言葉をはっきりと言ってしまうのは憚られた。


「いや、あの……そういうことは私が決めることでは……」

「私はあなたの意見を聞いているのだけど?」

「はいはい! あんまり兄ぃを虐めない!」


 なんとか場を繋いで次兄と今後の話をするために責任逃れを続けるフミヤだが、ネフィリスシアはそれを許さない。しかしそこでようやく飼育員さんが過熱しそうになった場を止めた。レフェリーに助けられたとばかりにココの顔を見上げるフミヤだが、ココは冷たい視線のままフミヤに告げた。


「兄ぃ、外向きの顔して責任逃れをしない。傍から見て最低だからね?」

「……無茶言うな。そもそもこれ、どういうことなのか俺もわかってないのに結論求められる身にもなってみろ……」

「分かった。シンプルに言うよ? ネフィちゃんとナタリア様「ナタリアねぇと呼べ」……ナタリア姉ぇ、どっちがいいか選んで!」


 ココの発言は場を凍り付かせた。直後に声を発すのはナタリアの方だ。


「フミヤ、少し待て。ココの言い方では私との間に距離間が感じられるし、今の訂正で少し私の方が我儘に見えてしまう。このままでは平等ではないぞ?」

「……家の結びつきというあなた方が推し進めている理論の大原則に則れば、家族間が良好であることも考慮すべきではないのかしら?」

「ネフィ、これはフミヤの問題であってココの問題ではない」


 フミヤから意識が離れ、冷たい言論の戦争を始める二人。表面上は会話だが、もし言葉が形を持っていれば殴り合いに見えたことだろう。その間にフミヤは彼の幼少期に彼の父親であるヒグラから怒られていた時によく使っていた手を打ってみることにした。


(【差状さじょう楼殻ろうかく】……)


 実態があるように見える蜃気楼だ。炎の魔術の内、最高位の一つと定められているがフミヤからすれば幼少期から慣れ親しんだもの。特にウエノ家に受け継がれている秘伝の技であれば誰にも気づかれない……


 はずだった。


「兄ぃ、逃げたら許さないよ?」

「バッ……違う。待ってくれ。俺は急にトイレに行きたくなってそれを言ったら何か恥ずかしいからバレないようにいこうと思ってだな。ほら、水飲んでただろ? たくさん。だから、な? わかるよな? バレたなら仕方ないからちょっと離席してもいいか? ホントごめん。いや、大事な話してるの分かってたからどうしても言い出せなくて」

「……そういう事にしてあげる。行ってきていいよ」


 二度はこの手を使うことは許されないらしい。ここに来てからずっと冷たい視線のままの妹の目を気にしつつフミヤは足早に一度その場から離れるのだった。





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