34.対決
「ロッシュ兄ぃ!」
敵陣の中央突破を成し遂げたココはウエノ軍の本隊に合流し、そのトップであるロッシュの下へと直行した。そこでは新進気鋭の隊長や軍師が各軍隊の怒涛の勢いに合わせて突撃し、自ら武器を振るい、術式を行使する様が見て取れる。
「ココ! 首尾は!」
「私たちは大丈夫だけどフミ兄ぃが!」
「……チッ! やはり敵は化物か……場所は!」
ココの報告を受けて恐るべき敵であるフェリルの力を知り、ロッシュは質ではなく数と統率力の猛威で化物を追い払い、フミヤを救出することに一時的に方針を変える。
だが、それは簡単に行きそうもなかった。
『案内、ご苦労。人の子』
酷くしゃがれた辛うじて言語であると分かる音がロッシュのすぐ先、ココの背後から響いて甲高い金属のぶつかる音が続く。
「ったぁ……!」
『なんと、防ぐか』
「【土疾招来】!」
兜も被っていない頭蓋を易々と叩き割ったはずだと思っていた魔物は驚きの声を上げると共に攻撃を受け反撃に転じたココが召喚した地面より隆起して迫り来る土の槍を避けるために下がる。
「ココ、大丈夫か?」
「まぁ、ね……それにしても」
「分かってる。陣形を転換しなければならないな」
ロッシュは相手を見ただけで即座にウエノ軍の得意とする【車懸りの陣】を放棄することを選ぶ。車軸に弾くことのできないゴミが突っ込まれた状態で無理に走ると車体が崩れるからだ。
『我はジヴィー。フェリル様の命に従い、主らを滅す』
「ハッ……ネーミング! 指揮は任せた! 俺はこいつを消す」
ロッシュは近くにいた彼の補佐であり、分家の叔父であるネーミングに戦場の音に負けないように大声でそう叫んだ。それはすぐに通ったが彼はロッシュを止める。
「ロッシュ様! そのような些事は我々が!」
ネーミングがロッシュに返事をしたその瞬間、不可視の一撃がこの場に現れた魔物から繰り出される。それは破裂音と共にネーミングに達すことなく砕け散った。
「……このように、跡形もなく片付けますが」
事もなさげに不可視の一撃を破壊したネーミングは破裂音が引いてから軽く威圧するように目を細めてそう続けた。ハーピーの顔が心なしか不快感を示しているように見える。だが、ロッシュは相手の様子を窺いつつも首を横に振った。
「いや、お前であれば勝てるということは分かっている。だが、フミヤが敵陣深くに取り残されている現状、事は一刻を争う。どのみち俺とココは陣を抜ける必要がある今陣を任せられるのはお前を置いてここにはいない」
「……ご武運を。ここは任されました!」
ネーミングはロッシュの言に従い駆け出す。その後ろから今度は別方向から恐るべき速度で火球と衝撃波が襲い掛かった。
「図に乗るな。下劣な魔物どもが」
それを振り向くこともせずに消し飛ばしたネーミングは行使者に対して味方であるはずのウエノ家の精鋭たちですら一瞬鳥肌が立つかと思うかのような怖気のする殺気を飛ばし、再び駆け出して陣に戻った。
「くく……やれやれ。あの人もまだ若いな……」
『……ソーサレス、ガディンを』
ネーミングの頼もしさを肌で感じつつロッシュは苦笑し、それに今度ははっきりとわかるような不快感を示す表情でハーピーは地面より現れた骸骨の塊を呼び出した。
―――【宵闇花火】―――
声帯を持たぬ骸骨は下顎をカタカタと鳴らして魔術を行使する。その直後、この場に巨大な魔物が生み出された。
「オォォオオオォオォオォ……」
「ふん。的が……」
巨大な魔物の正体はフェリルが乗っていた化物だった。だった、というのは既にそれが魔物どころか生物ですらなくなっているからだ。
炸裂音、それに遅れること僅かな時間。どす黒い液体が破裂音の大元より地面へと滝の如く流れ落ち、それに誰かが何か言う前に立っていた巨体が切り刻まれた。ウエノ軍から歓声が上がり、魔物軍に動揺が広がる。それはこの場にいるジヴィーも例外ではなかった。
『なっ……!』
「うふふふふふふふ……いい駒を手に入れられそう……【産土後憑】……」
「ココ……魔力の無駄遣いをするな」
ジヴィーが驚愕している間にもガディンは再びその姿を取り戻し……魔物軍へと襲い掛かった。
『これはデーヴィ様の……⁉』
「……何だと? これに似た術式を使う奴がいるのか?」
ココの悪趣味なやり口に何とも言えない顔をしていたロッシュだったがジヴィーの思わず口をついて出た言葉に視線を鋭くして問いかける。ジヴィーは失策を悟るが一度目を瞑ると相手を冷酷に睨みつける。
『……目的は一つになった。お前だけは、殺す』
「喋ってる暇はない。さっさと殺されろ」
先程までの雰囲気から一転して本気になったらしいジヴィーに対し、ロッシュは様々な考えが頭を過り一刻も早くこの戦闘を終わらせる必要があると思いつつ……両者は激突した。
そのすぐ隣で、ガディンを暴走させているココは何らかの術式を発動させようとしているソーサレスを見て攻撃的な笑みを浮かべ、静かに告げる。
「私、フミ兄ぃのところに行かなきゃいけないんだけど?」
―――【土流葬送】【風塵爆砕】―――
ソーサレスの持つ二つの頭蓋骨がけたたましく動くと魔物軍を襲っていたガディンの首から上が消し飛び、次いで胸部にも虚空が開く。降りしきる血飛沫をココは見もせずに遮断すると彼女は詠唱間もない骸骨の群れに飛び込んだ。
「【土爆発破】!」
至近距離でココはソーサレスに手を翳して魔石の補助も借り、爆破を仕掛ける。骸骨が飛び散り、ココは勝利を思い……直後に苦々しい笑みで舌打ちした。
「なるほど……そういうタイプか」
砕け、散り散りになった白骨は爆発が収まった後に何事もなかったかのように集まり始め、間もなくこの場に現れた時と同様の形態を取ることになる。
(……これはちょっと時間がかかるかな……幸い、相性は悪くはないし倒し方にも目星は付くけど……)
思いの他手間取っているロッシュを見たココは一瞬の内に目配せを交わしてロッシュが頷くのを見ると二人を対戦相手ごとまとめて一気に敵陣へと躍り込んだ。
「……さぁ、ウエノ家を狙ったことを後悔して死ぬといいよ」
骸骨の群れは何も答えない。ただ、行動で応えてココに魔術を飛ばすだけだ。そんな相手にココは分析を開始して急ぎ、敵を片付けることを目指すのだった。
その頃、フェリルと戦っているフミヤは周囲を地獄の様に染め上げて自身も煤で黒くなりながら辛うじて戦闘と呼ぶことが出来る様相を保っていた。
「ほ、ほ……妾のこの姿を見てこれほどまでに戦えたのは主が初めてかもしれぬのう……誇ってよいぞ」
フェリルは笑いながらそう告げるがフミヤには話している余裕などない。戦闘とは言うがフミヤは防戦一方でありフェリルはどこか余裕を残しているようにしか見えない状況で戦っているのだ。相手が本気を出さないことで生き残るのは死ぬよりはいいことだが、不気味でしょうがない。
「さて、では次に……【クイック】【ラピッド】【プレスト】【ブースト】【アジタート】それから何にしようかの? あぁ、【疾風】【火急】辺りでいいか。ほれ、行くぞ?」
「っ! 【迅雷】!」
フミヤの詠唱は何とか間に合った。しかし、相手のスピードに追い付くことは不可能でフミヤは魔物の群れの中に大きく弾き飛ばされる。魔物の武器を圧し折り、何体かの魔物を激突によって殺しながらギリギリで勢いを殺したフミヤだがその目の前に既にフェリルは迫っている。
「【炎翼「遅いわ戯けが」ガッ……」
お手玉のように呆気なく宙に投げ飛ばされるフミヤだが、空中で態勢を取り直して再追撃を仕掛けて来たフェリルに炎翼の一撃を見舞うことに成功する。ただ、それはどこからか現れて宙を舞うフェリルの羽を焦がすだけだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
「そろそろ仕舞いかの?」
攻撃が通ったかの確認をする暇すら与えられずに背後に回ったフェリルの強烈な一撃を喰らうことで地面に叩き付けられるフミヤ。何とか衝撃を殺そうと試みるもその場にはクレーターが生まれた。
土煙が巻き上がる。しかし、そこから這い上がる者の存在はなく訝しんだフェリルが穴目がけて舞い降りるとそこには誰もいなかった。