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29.密かなる派手な侵攻

 ウエノ家が【賢き魔物】との再戦の準備を着々と整えている頃。その南方では魔族と人間が激戦を繰り広げていた。


「戦え! 戦え! 敵は小勢だ! よく見ろ! 女も混じっている烏合の衆だぞ! 下がるな!」

「アハハハハハハハ! 戦力の彼我も分かんねぇゴミカスは吠えるだけ吠えて死にやがれ!」


 突然襲来した魔族の群れ。王国領に住む人間から見たその集団は笑いながら暴虐の嵐を撒き散らす。彼らは知らないのだ。この小勢がここに至るまでの全ての人間の防衛拠点を陥落させ、周辺地帯を恐怖で支配し、ここに来たということを。


「前線の網にもかからぬ小勢に何をしているか!」

「上で吠えてねぇで降りて来い! 人間ってのは弱い犬程よく吠えるらしいがテメェがその例か⁉」

「ぬぅぅっ! 言わせておけば!」

「ガジャマーダ様! あのような輩の挑発など気に留めなさいませぬよう!」


 あのような輩と称される魔族の将。それも仕方のないことで彼女、ラックラッカは局部を黒い布で隠しただけの裸体に近い格好で暴れ回っているのだ。


「人間ってのは軟弱者しかいねぇらしいなぁ! そういや今日の明け方も脱走兵がいたしな! おら! テメェらに代わって処刑しておいたぞ! 感謝しろ!」


 城壁から矢を射かけられながら彼女は呵々大笑しながら後方より関に向けてぼろ雑巾となった守兵たちを持ってきてそれを翳して矢を払う。そんな彼らを見て守将は苦々しい顔をして側近にのみ聞こえるように呟いた。


「……援軍の使者が捕まったか……」


 見れば酷い格好であり、射かけた矢で現在は事切れているだろう。しかし、酷い拷問を受けたのは明らかで軍事機密も漏れている可能性がある。


(……どうするか。援軍が見込めないとなると兵たちの士気はだだ下がりだ……初戦で打って出て大敗したことが尾を引いている。降伏することこそないだろうが、このままでは本当に逃走兵が……)


 ガジャマーダは魔族軍が最初にこの場に現れた時に単なる残党が群れを成して最後の抵抗に出たのだろうと判断し、軽率に戦ったことを後悔していた。しかし今となっては後の祭りだ。


(この部隊に俺の息子がいれば……いや、せめてこの軍がウチの直属軍だったら……!)


 ガジャマーダは最後の魔族との大戦となるであろう勇者の討伐軍の中に自分の精鋭たちを送り出したことを悔いる。老いた自分では今、ここで武威を見せることが適わずここにいる若い新兵たちをまとめ切れない。歯噛みして塀の下を睨み……彼は仰天した。


「おい! 誰が勝手に門を開いてる!」

「わ! わかりません! 早く戻れ! 門を閉じろ! 馬鹿かお前らは!」


 眼下では若い将が率いる部隊が門を開かせてラックラッカの下へと突撃を仕掛けていた。当然、彼はそのような命令を出していない。


「くっ……已むを得ん……儂も出るぞ!」

「ガジャマーダ様! 短慮はなりません!」

「そうですぞ。先の大戦で大功を建てられたとはいえ、もうご高齢なのですから若い者に道を譲ってもらいたいものですな?」


 嘲笑うかのように告げるのは誰だったか。少なくともガジャマーダの記憶にはない若い青年だ。よく見て思い出すと、これは彼の二人目の息子マダルーマの側近だった。そんな彼にガジャマーダの側近が食って掛かる。


「貴様! お前が突撃命令を下したのか!」

「えぇ。マダルーマ様がご不在の間に少しでもあの方のお役に立てれば……そう思いましてね。ガジャマーダ様、此度の策が成功した場合のマダルーマ様が私を取り立ててくださった功をお忘れないように……」


 悪びれなく応えるマダルーマの側近。彼は得意げに突撃して相手を敵陣付近にまで追い込んでいる自軍の様子を指さす。


「どうです? お二人にはもう少し若い力と言うものを信じて……」

「馬鹿者が! 今すぐ撤退を……!」


 ガジャマーダがあまりの怒りに押し殺したような声音になっている様子を見てマダルーマの側近は呆れたように肩を竦ませる。


(猛将と言っても、老いたらこの程度か……俺たちが功を挙げるのが許せな……⁉)


 突如として目に入った魔族軍の別動隊。それは伸びきった王国軍の後方を叩き潰し、そのまま相手のことなど無視して門の中に雪崩れ込んできた。


「なっ……! アハハハハハ! ただでさえ少ない軍勢だというのに更に湧けるなど愚策極まりない! あの程度の人数で何がしたいのか……呆れて物も言えないとはこのことですよ、本当に!」

「馬鹿はお前だ! くっ、即座に応戦を……」


 ガジャマーダが言葉を言い終わる前に轟音が炸裂した。巨大な門は音を立てて関所の外側に倒れ、王国軍を踏み潰す。それが、合図となったのか不明だが敵を追い立てていたはずの王国軍の先頭部分が凹の字の窪みにハマったかのように飲み込まれていく。


「ッ……ダメだ。この関所は落ちた……血路を開いて下がるぞ!」

「ま、待っ……まだここで終わりではない! あの程度の小勢に、たかが魔族如きに王国軍が負けるはずがないでしょう⁉ 数の上でもまだ優位にあるというのにあなたは味方を見捨てるのですか⁉」

「黙れ小僧! お前に自軍を救えるか⁉ 兵を見るは数だけではない!」

「ガジャマーダ様、口論をしている場合では!」


 側近の懇願にも近い指摘にガジャマーダは急いで指令を飛ばして後方に下がろうとする。そんな彼を見てマダルーマの側近は怒りに肩を震わせた。


「自分たちは散々英雄譚を語っておいてこの体たらくですか……! もういい、あなたなんかに期待した私が馬鹿だった! 皆の者! 私に続け! 敵は小勢だ、そして魔族! 我々が負けるはずがない!」


 高らかに叫び、その場から踵を返すマダルーマの側近。そんな彼を見てガジャマーダは止めなかった。そして、彼の側近も何も言わずに逃亡の準備を行って緊急避難場所へと駆けこむ。


 しばし、外での喧騒の中でガジャマーダたちは一定の戦力が整うのを待つ。しかし、あまり待つわけにもいかずにある程度で区切りを設けて彼らは外に出た。

 逃げ込んだ先に集まったのは、ガジャマーダたちとはそう変わらない年代の、魔族と戦ったことのある経験を持つような少数の人々だった。


「……皆、聞いてくれ。戦いに明け暮れた我々はどうやら次代の育成に失敗したらしい……だが、我々はまだ生きている! 生きてさえいれば、やり直すことが出来るのだ! 諸君、私にもう一度やり直すチャンスを! そして、周囲に控える我らが愛すべき王国の民たちに危機を知らせるべく、生きてこの場から脱すのだ!」


 ガジャマーダの声に応えるように軍団は声を上げ、その声に気付いた魔族を切り捨てて全力で王国領へと逃走を図った。





 その様子を、ラックラッカは空中よりイライラしながら見下ろす。


「チッ……派手に行きたいんだが……!」


 彼女の得意とする爆裂魔術の行使欲をどうにか抑えて彼女は魔族軍に指示を飛ばす。眼下にいるめぼしい敵将は既に上空から焼き殺しておいたが、その程度では憂さは晴れない。


「面倒くせぇ……ここまで徹底せずとも勝てそうだっつーのによぉ、おらテメェら! 間違っても奴らを王国領の方向には逃がすんじゃねぇぞ!」


 大多数は戦闘に費やさなければ流石に勝つことは出来ない。そのため、少数の部隊で相手を別方向に誘導して後でそちらも潰すという方針を取らざるを得ないのだ。


「クソが……あっちにも逃げやがる……」


 圧倒的に数が少ない魔族だが、今のところはそれを成功させている。その理由は……


「まぁ、あっちに逃げたところでそこの奴らは支配済みなんだがなぁ……クク、アハハハハハハハ! 間抜け共が! こんだけ平和ボケしてりゃ世話ねぇなぁ!」


 情報機密能力だった。どの王国軍も自分たちはこの魔族との戦争には勝っているという情報しか持っていないため、戦って敗れたのは自分だけだと思っているのだ。そのため、最寄りの何らかの拠点に逃げ込み……そこに潜伏している魔族に殺されていく。

 酷い時には平和ボケした町や村の住民がその場所の治安悪化を恐れて勝手に闇討ちしてくれたことさえある。その中でもつい最近滅ぼした場所では王国に反逆したという意識があることから本来相容れないはずの魔族でも人間を支配することが出来てしまった。そのために8割程度しか殺せなかった。


「あー……そろそろこの場所も落ちるな。面倒くせぇ……デーヴィに連絡して後処理やらせねぇと……」


 この日も、ラックラッカはまた一つ作業を完遂した。例外はなく、再起を図ろうとしていた優れた老将も、英雄を夢見ていた若者も、誰一人として生き残りはしなかった。




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