30.中央の疑念
「……おかしい」
王国軍、第3部隊統帥司令官、キングスエン・パル・ナタリア第4王女ことナタリアは魔族領との国境付近から来た手紙を見て眉根を寄せて考え込んでいた。その様子を見て側近であるレナートが声をかける。
「どうかされたのですか?」
「うん……まぁ、この手紙なんだが……」
そう言って彼女は地方領主である彼女の知人から送られてきた手紙を側近に渡す。それを見た側近だが特に何かおかしい点を見つけることは出来なかった。
「いつもの恋文では? ナタリア様はお美しいですからこのようなことも多々……」
「いや、違う……何か、この文は少しだが、魔力が込められている気が……」
「そうですか?」
首を傾げて手紙を返すレナート。彼の上司であるナタリアは非常に魔力感知に優れており、常人では感じることのできない細やかな魔力の動きについても感じ取れるのだ。その鋭さはロッシュの隠密を見破ったことからも折り紙つきでもある。
「……まぁ、確かに何かあれば郵政省の方で触れるはずだから私の勘違いという線が濃厚なんだが……」
そんな彼女だが、疑り過ぎかと首を捻る。いかに彼女が優れた魔術師であるとはいえ、この国の総務、数十名ものその道のエキスパートである魔術師たちが揃う部署で問題なしとされた手紙を何となく怪しい程度の感覚で見たところで如何こうすることもない。
「考えすぎですよ」
「……ふむ」
王国民の一般的な感覚としてもレナートの言い分は正しいだろう。しかし、ナタリアはどこか引っ掛かりを覚えながら考えた。
(……こういうことはロッシュさんとかココ何かのウエノ家と相談するのが……いや、せめてメディシス公爵とか、後はラッツケンプさんでもいいんだけど……)
ナタリアが相談できそうなレベルの相手はどれも今忙しそうだ。ウエノ家は北部の魔物との戦闘、ラッツケンプは勇者の魔族討伐軍に加わっている。メディシス公爵に関しては……娘の反応からして、政敵でもある自分たちと話し合いなどしても素直に応じてくれるとは思えない。
(後は……あまり交流はないが、若くして魔族軍との戦いで名を馳せたベイリー卿……いや、ダメか。流石に郵政省の事実上のトップに対して面と向かって疑惑の声をぶつけるなど……せめて根回しをしたいところだが……)
ナタリアは目を瞑って考える。聞くところによると若い頃のベイリー卿は広く人の声に耳を傾けて物事を考え、魔族と戦う勇将だったらしい。しかし彼が年老いた今、ナタリアが知る彼はその内の闘争心だけが残ったかのような存在であり、面と向かって非を咎めるなどすればまるで地を這う虫を見るかのような冷たい視線と声音で追い払われるだろう。
「ふぅ……」
しかし、あまりそんなことばかりを気にしているわけにもいかない。大討伐戦をするために戦費調達と後方支援のために彼女たちは忙しなく働く必要があるのだ。特に、奪い返したらしいとはいえ前線の砦が一度魔族の手によって落ちたことについて各所に対しての報告と原因究明などの必要がある。
「ナタリア様、ご友人との手紙のやり取りもよろしいですが、そろそろ執務の方に……」
「わかっている……」
思うところはあるが、目の前の仕事のためにナタリアは思考を打ち切って執務に戻るのだった。
ナタリアが疑惑を抱きつつ執務を再開した時間とあまり変わらない頃。
王国技術開発機関ではネフィリスシアが陣頭に立って【魔通話】の技術に関する研究を行っていた。
(……今日もまたあまり進まなかった……役人はこれを進める気はあるの?)
しかし、今日もまた郵政省の役人に対する技術説明などでネフィリスシアの開発時間の多くを費やすことになっていた。確かに、通信伝達に関する画期的な発明であるため、郵政省が情報を直接得たいということには一定の理解を示すことが出来るが、いい加減内部で情報共有してほしいところだ。
(流石に、不気味よ……)
当初からこの技術に関しては独占してごく個人的な野望を実現しようと思っていたネフィリスシアだがここまで妙な状況に陥るとは思っていなかったが故に奇妙な感覚に陥る。
(そこまで既得権益が大事なのかしら……?)
ネフィリスシアの疑問は誰にも共有されることはない。以前であれば彼女のお付きであるフミヤにすぐに情報伝達がされていただろうが、いま彼女の周辺にいるのは父親であるメディシス公爵の息が掛かった人材であり、ネフィリスシアにとってすれば敵だ。そんな輩と話をしたいとは思えない。
それに、そもそもネフィリスシアはあまりコミュニケーション能力に秀でている訳ではないのだ。そんな彼女が【魔通話】に関する技術情報を全面的に秘匿したいと思っている状況で、見知らぬ人々に研究以外で雑談など行う余裕はない。
「あの、メディシス室長様……そろそろお時間が……」
「……わかったわ」
今日も大した仕事は出来なかった。しかし、確実に功績は積み重なっているという状態に何とも言えない感覚を覚えつつ彼女は自宅に戻って遅れた分だけ【魔通話】を勝手に作るのだった。
(……早く、頑張らないと……)
所変わって、郵政省の中央部。
王国においてはどこの部署にも派閥争いによって他派閥に仕事が奪われることのないように生み出されるブラックボックス的な部門があるが、郵政省のブラックボックスはこの場所だった。
そして、現在は業務時間を終了しており談合の真っ最中である。
「チッ、ガジャマーダめ余計な真似を……あ奴が失脚しておればメディシス家にも攻め入る隙が出来たものを……」
「滅多なことを言うでない。王国が勝利しているというのにそれを咎めるなど……」
しかし談合と言っても特に中身のある取引ではない。単なる愚痴の言い合いとそこから何らかの交渉が始まるというだけの場であり、現在は王国領で落ち目になった貴族が寄る辺を探してこの派閥に入って来た歓迎のようなことをしている状態だ。
(クク……)
誰しもがただでさえ一大勢力であったのにもかかわらず更に成長しようとしているメディシス家、それからそこと対立するために急成長を図っているラッツケンプ家に対する愚痴を言い合っている。彼らの対立の中で敗れた者たちが集まっているのだから当然の流れだろう。
その中で、彼らを引き入れたトップだけは笑っていた。それは敗者が集うことで彼の派閥も大きくなっているということに対する笑みではない。
(愚かな人間どもめ……ここにある僅かな利権を取り合い、精々王国の足を引っ張ってくれよ……?)
彼は知っている。メディシス家との勢力争いに敗れた者がこれ以上自分たちの利を奪われてなるものかと彼の家の娘が立てた功について何とかその功を奪えないか、潰せないものかと画策していることを。
また、自らの地位が危ぶまれる状況になり、地方にいる彼らの分家のような貴族たちを切り捨てて利益の確保を図り、上がって来る手紙などのほとんどを無視していることを。
そして、これ以上彼らを追い立てた二つの派閥に功を立てられたら困るとばかりに中央に対して独自に解釈した情報を、自分たちが考える意図で少しだけ曲げ、殆どを切り捨てて伝達していることを。
だから、彼らは気付くことが出来ない。自分たちが何をしているのか、何をしてしまっているのかを。
(当然、私がわざわざ言ってやることもない。老いたふりをしてただ何も知らないと言えばよいだけだ……あぁ、今日も素晴らしい日となりそうだ……)
仮に誰かのやっていることが表沙汰になったとしても切り捨てればいいだけだ。ここにいる派閥の者たちは特権階級意識の強い貴族ばかりであるため切り捨ては当然のことであり、保身に関してはそれなりの腕前で全員で口裏を合わせるだろう。彼はそれに乗っかるだけだ。
今日も彼は東窓で美酒を飲み、謀る。王国が目を覚ますにはまだ時間がかかりそうだ。




