24.戦闘突入
「ん♪ ん♪ ……そろそろ、彼我の差を理解したかのぉ? 心はまだ折れんか?」
「うるっせぇっ!」
灼熱の如き熱を放ち始め、相手に息をつかせぬ攻撃を繰り出しているフーシェだが、体の赤色は自身で巡らせた魔力の色ではなく、そろそろ啄まれてあげた血飛沫の色に思えるような状況に陥っていた。
その様子は傍から見ても異様な光景だ。攻勢一方であるはずのフーシェ。最初は頼もしい味方としての光景だったが、今では反撃の攻撃すら見せずに彼を追い詰めているフェリルの異様さをまざまざと見せつける光景になっていた。
「おぉぉおおぉっ! 【大紅蓮……」
「ほ、ほ、ほ……何やら溜めておったが、ようやく使えるのかの? ほれ、食わせてみぃ」
「浄破腕】ぁっ!」
小学生のような技名だった彼のこれまでの一撃とは一線を画す、強烈な一撃。それはその場から大して動くことのなかったフェリルを大いに下がらせることになるも、【賢き魔物】は竜鱗で覆われた腕に蒼き血を流しているだけで飄々としたものだ。
「ほ、ほ……痛かったのぉ。まさか、見切れないどころか受けに回ったこの腕に血を流させるとは……」
「……あぁぁあぁっ!」
ここ、痛いよー? と幼子に暴力はいけないことだと教える大人の様に振舞うフェリルにフーシェは頭の中をぐちゃぐちゃにしながらそれでも食らいつこうと襲い掛かり……
「もう、折れたかの?」
初めて、食事ではなく反撃らしい反撃に遭った。すれ違い様に頭を捕まえられると自身が突撃していた時のエネルギーをそのまま首で受けることになり、そこで衝撃を逃がしきれないまま彼の魔物によって逆側の地面に叩き付けられる。
あまりの衝撃にバウンドしそうになるフーシェの身体だが、フェリルはそれを許さない。馬乗りになるとウエノ家の家臣団の悲鳴や救出を叫ぶ声が上がる中で予想外の行動に出た。
「んむっ……」
「!!?!??!!?!?」
「ぷはぁ……っ」
なぜか、濃厚な口づけを交わす両者……いや、違う。フーシェの口内からは血が滴り、口の端に零れ落ちている。フェリルはフーシェの舌を嘴で千切り取ったのだ。
「うんまいのぉ……やはり、臓物と舌が一番じゃ。ほ、ほ?」
勝利の笑みと同時に口の端からフーシェの血を零しつつ陶然と微笑んでいたフェリル。その刹那の後、顔の羽を一気に逆立ててその場から飛びのいた。その一瞬の後にフーシェの少し上を焔の槍が突き抜けていく。
「……無粋な。よそ様の食事は邪魔するもんじゃぁないぞ、小僧?」
焔の槍が向かってきた先を睨みつけ、獰猛な笑みを浮かべるフェリル。魔物と戦っていた一団の中でも最もフーシェに近かった者が、主を救出せんとばかりに駆け寄るがフーシェは既に回復して立ち上がっていた。そして、彼の戦闘においてもっとも頼れる弟を見て自身の頭を乱雑に掻く。
「っかー……あー、格好悪いところ見せちまったなぁ……こっからが、俺の本領発揮ってところだったんだがね。……いや、本当のことだぞ?」
「はぁーっ、はー……いや……間に合ってよかったよ」
全速力で駆けてきたのだろう、息を切らせてその場に降り立つも返事が遅れる。ただ、その存在感は現在押されていたフーシェの肉体よりも小さいながら圧倒的な大きさを誇っていた。
フーシェの隣に並び立つのは、ウエノ家が誇る四兄弟の内、三男。
「休む間もなく、すまない! 全軍、彼らを救出するぞ!」
「おぉおおぉおぉっ! フミヤ様に続けぇっ!」
ウエノ・フミヤ。その人だった。
「ほ、ほ……生きのいい餌が増えただけじゃの……先にこ奴から仕留めて、肉の心を折るのも一興か」
限界に近付きつつあった先代の騎士団たちの下に今を時めくウエノ家の精鋭たちが躍りかかり、引退した彼らに自分たちの時代がやって来たことを知らしめるかのような働きぶりを見せる。その中で、敵の首魁たる【賢き魔物】はその威勢を挫こうとし……
「っ!」
「……驚いたの。まさか、我について来れるとは……」
「へいへい。フミヤは俺より速いぞ? ようやくあの厭らしい笑い声が止まったなぁっ!」
フミヤに妨害を受けた。
彼の恐るべきその速さを賞賛するためにフェリルが止まっていると先程までの戦いで死に体になりかけていたフーシェが重い一撃を繰り出す。因みに、フミヤが割とギリギリで気付いて何とか間に合わせたことはわざわざ言うことではないので黙っておく。
「なるほど……これは二人掛りじゃなきゃ厳しいか。【迅雷】ッ!」
「さっさと蹴散らして魔石にしてやろうぜ!」
「急に威勢良くなったのぉ……さっきまで半べそ掻いて我に口づけされておったというのに……」
【賢き魔物】はそう言って先程までとは異なる笑いを浮かべる。だが、確かにフーシェが勢いづくのも理解はできる。人間にしては恐るべき使い手であることはフェリルでなくとも容易に理解できるほど、強力な相手だ。
だが、相手は人間の世代が何度も交代するほどの年月を【竜の眠る地】と称されるこの地に暮らした強力な魔物。
「格の違いを、見せつけてやらねばの。ほ、ほ……」
そう簡単に、行きそうもなかった。
同時期、旧魔族領であり、現在は王国軍が占領する砦にて。
魔族領奥地まで侵略していた人間たちだが、今日も開拓を進める民衆たちを守るべく砦から遠い魔族領に睨みをきかせている。
「……ふぁ~……」
「何だ? 夜遊びでもしてたのか?」
ただ、砦から睨みを利かせているのは名目上のことであり、現実は来るはずもない敵から身内を守っているというポーズを取ることで、国、ひいては自分たちのバックにある何らかの下部組織の威信を示して税を集めるための道具として働いているだけだ。彼らの士気は決して高くはない。
「あ~……勇者様、こっちの道から討伐に出かけねぇかなぁ? 何でも、美女揃いのパーティを組んでるらしいぞ?」
「いいねぇ、力のある男ってのは……俺らも何かしら武功を上げてればあぁいうことになってたのか……」
「まぁ、ここまで押し込んで勝ちは決まってるんだ。こんなところでもう戦いなんて起きやしない。たらればの話しても意味は……」
近頃の話題として来ると噂になっている中央の勇者のことを挙げつつ、軍事機密でこの道を通るかは知らされていないということで妄想を膨らませ、盛り上がってきたところで不意に言葉を切った同僚。もう一人の見張りはどうしたのかと彼に尋ねた。
「どうした?」
「ん? どうやら一暴れ出来そうだってな。見ろよ、魔族にはもう戦力もないらしい」
魔術が施された水晶が入った箱を渡され、肉眼で見える距離よりほんのわずかだけだが、遠方を覗く同僚。そして彼は笑った。
「何だ、女じゃないか! これまで必死に守り通して逃がしてたのに、もうなりふり構わずってか!」
「へっ……お前んとこみたいに母ちゃんの方が強くて抑えきれなかったとかな! まぁどっちでもいい。第二の勇者様目指して頑張ろうじゃねぇか!」
「ま、ただ飯ぐらいじゃないってこと、農耕ばかりの民たちに見せてやるかね!」
急いで報告に向かう兵士。
これより、北方のみならず王国と魔族領の接する場所全域に渡る地域にて大乱が起きることになる。