居酒屋奇譚③「お子様と宿替え」-2/3
お子様、奉職中にもチョイチョイ出かけてはいたみたいですが、本格的な外出は初めてだったみたいです。
・・・神在月とか関係なかったんかな?意外と会員制みたいな集まりで、比較的新参のお子様にはお声掛かり無かったのかも知れませんね。
それにしても、ちょっとの間の放浪生活中に、色々と要らない知識も仕入れてきたみたいですね。
でも、元が元だけに集中力にはちょっと難があるみたいで、聞きかじりの独自解釈が・・・。
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仕方がない。私は、問いを重ねた。
「じゃあ、それはいったい何の意味が有るんだ?」
お子様は、如何にも「私、知ってますの」と言わんばかりのドヤ顔で答えた。
「バショトリって言うんですの。自分のものを置いておくと、席が確保できるんですの。ご存じありませんの?」
・・・私は呆れて指摘した。
「バショトリ・・・ああ、場所取りか。それだって、営業時間中だけだ。そもそも、それを禁止している店だってあるくらいマナー違反だぞ」
お子様の反論。
「でも、皆さんこうやって居住権を主張していましたの。桜の木の回りでは、そりゃあもう声高らかに自分たちの席だって主張してましたの」
・・・少々の外回りで要らない知識を仕入れて来やがって・・・私の頭がジンワリとした痛みを訴えだす。
「一度居住権が発生したら、大家でもそう簡単に退去させることは出来ませんの。」
・・・一瞬、周囲の喧騒が遠のく。何かに遮られたような・・・何処かに隔離されたような・・・雰囲気が剣呑なモノに・・・。
ドンっとビールジョッキが配膳される。
草臥れた店員が、疲れた顔をして空のジョッキを回収していく。
去り際に草臥れた店員は囁いた。
「気を付けろ・・・」
何にだ?周囲の喧騒は、さっきまでと同じだ。酔客が騒いでいる。
なんだったんだ・・・何か・・・起こったのか・・・。
私は、先ほどの発言に付け加える。
「百歩譲っても、場所取りで確保できるのは飲食の間の席の占有権くらいのものだよ。居住権とか、呑み屋に棲みつく気か?ネズミじゃあるまいし」
お子様は鼻に皺を寄せ始める。・・・やばい、機嫌を損ねたか?私の背中を、色々な意味で不愉快な汗が流れた・・・。
お子様が低い声で厳かに告げる・・・。
「ネズミ・・・。アレは美味しくありませんの。我ながらあんなものを良くそのまま口にしていたものですの。呆れてしまいますの。」
私の追加したポテサラを、自分の目の前にあるレバカツに乗せて齧りながら、愚にも憑かないことを言い出した。
コイツ・・・提供された料理を組み合わせて、オリジナルレシピまで考案しだした。学習能力が高いな・・・。ネズミは雑食なんだろうし、美味く無いんだろうな・・・。ヤバい相手を刺激せずに済んだらしい現状に、私の思考が現実逃避する。
・・・いやいやいや、そうじゃ無い。今問題なのは、狐の置物一つで居住権を主張するという無茶な行動への対応だ。
私は、説得にかかる。
「だいたい、勝手に住みつかれたら、お店の人も迷惑だろ?周囲に不具合をばら撒いて、みっともないとは思わんのか?お前の矜持とか、そう言うの許さないだろ?」
お子様は、ポテサラ オン レバカツを再度作成しつつシレっと応える。
「この身は気にしませんの。大丈夫ですの。この身は困りませんの」
お前じゃねえ。お前は困る側じゃなくて、困らせる側だ。
いかん、言葉のやり取りが成立しているからすっかり騙されてしまった。
言語は通じているのに会話は通じていない様だ。
何が問題視されているのかが共有できる気がしない。
ここで童話なら、ナゾかけやゲームで状況を打開するんだろうが・・・。
・・・そう言えば、コイツは意外と娯楽に飢えてる感じだな。
このまま続けても説得出来る未来が見えない。
しかも、お子様の方も意固地になってるのか、頑として譲る気配は微塵もない。
ココは一旦仕切り直した方が良いだろう。
お子様は、逆に私を説得しようとしているみたいに、説明を続けている。
「この身は、ごらんのとおり小さいので一席あれば十分ですの。皿は、空けば下げられるし、テーブルも一つで大丈夫ですの。これだけ座席があるのだから、一つずつなら問題ないですの。そりゃ、広い方が気分は良いですの。でも、まあ、その位は我慢するので、大丈夫ですの」
大丈夫な要素が何一つ感じられない弁明を聞き流し、私は提案する。
「だいぶ煮詰まっちまった。ちょっと息抜きをしよう。ゲームとかどうだ?遊戯だよ」
お子様は、此方から申し出があった事に少し驚いた顔をした。一瞬、お子様の意志に逆らったことで地雷を踏んだかと思って焦ったが、そうでは無かった。お子様は、目をキラキラさせて乗り出してくる。
「遊戯とは、盤双六とか貝合わせみたいなものですの?11代さんの頃に、良くやったものですの。」
かなり乗り気のご様子だ。
私は足元に放り出したカバンから、ポータブルの将棋盤を取り出した。
忘年会の景品で貰った後、カバンに入れたまま忘れていたものだ。
私も素人よりはまし程度ではあるが、暇つぶしには良いだろう。
テーブルに将棋を広げると、お子様は、将棋の駒を興味深げにつついている。
「なんだ?やり方分からないか?」
私の問いにお子様は口をとがらせて答える。
「見たことは有る気がしますの・・・。」
私は自分の復習も兼ねて、駒の動きや一連のルールを説明してやった。
どうも、似たもので遊んだことはある様子だが、少々勝手が違うらしい。
「食った駒を、自分の駒で使えるんですの・・・あまり、覚えが無いですの」
駒の種類や動き、そもそも数が違うらしい。ただ、共通部分も多いので、やり方自体はそれほど苦労しないで理解したみたいだ。
さて、ゲーム開始だ。
お子様は、万全のカードデッキを構えて世界を救おうとする某主人公の様な目つきで駒に手を伸ばす。
そして・・・幾ばくかの時が過ぎた・・・。
「・・・まった・・・ですの」
お子様が、苦しそうに口にする。
「ええ?何回目だよ」
私は苦々し気な口調と、少し得意げな表情で応える。
結論から言うと、お子様は将棋と相性が良くないらしい。と、言うよりも、圧倒的に向いていない。
何故か?答えは単純だ。
将棋の肝は「棋譜」だ。どれだけ記憶しているか。記憶した知識を駆使して、どうやって、自分の優位な配置へ導くかが勝敗のカギなのだ。
お子様には、この記憶の部分が決定的に足りていない。挙句、重要な局面で運否天賦に任せる様なところがある。
結果、欠けを見越した私に敗北を重ね続けている。コテンパンである。
典型的な「王手飛車」を眼前に、ちょっと涙目のお子様が食い下がる。
「これが最後ですの。ここは待って欲しいですの。こんな敗北は受け入れられないですの」
言う事は雄々しいが、既に同じような展開で9敗目を数えた後では、それも虚しい。
まあ、一方的にいじめて楽しむ趣味も無いので、一手戻してやる。
「ふふふ、かかったですの。これで、飛車を逃がすのですの」
お子様が(何の裏付けがあるのかは知らないが)居丈高に宣言する。
その背後には羽扇を掲げて五丈原の睥睨する天才軍師の姿が垣間見えた。
飛車が二マスほど移動する。
・・・まあ、五丈原であの軍師様はお亡くなりになるんだけどな・・・。
「良いけど、王手だぞ。」
そりゃそうだ。飛車への手当ては出来てるのかも知れんが、「玉」の方はさっきと同じ位置にあるんだぞ?
あっけない決着だった。
お子様は、手元のビールジョッキを飲み干すと、やや座った目で私を見据えて要求してくる。
「もう一番、もう一番するんですの」
勝が込んで(なんと、贅沢な表現だろう)少々飽きてきた私は、かなり面倒くさそうに応対する。
「もういいだろう。このまま続けても勝ちは無いぞ」
お子様は、駄々をこねる。
「もう一番。この一番で勝って終わりにしますの。次は勝てますの」
何の根拠が有るんだ?・・・
と、ここで私に天啓が・・・。
「なら、次に私が勝ったら、居酒屋定住は無しだな。それが受け入れられないなら、ココで終わりだ」
「合点承知の助ですの」
嬉々として応じるお子様。次の勝利を疑う様子は無い。
ついにビールでお腹がタプタプしだしたおっさんこと肥満の虎と、最後のレバカツを口に押し込んでモグモグしているお子様こと頬袋の竜による最終決戦が勃発した。
当初は静かな睨み合いから始まった対局は、お子様が滑らかな動きでふを移動させることで盤面が動き出す・・・。まさに神の一手を刺したと言わんばかりのお子様が、勝利を確信して微笑む・・・。
「こんなハズはないですの・・・」
当たり前のように、やや自爆気味の駒運びで10敗目を重ねたお子様が悄然と私に取られた自分の玉を指でつつく。
「途中まで勝っていたハズですの」
いや、途中とかないから。決着が全てだぞ。
「じゃあ、私が勝ったんだから、あの話は無しだな」
お子様は、しょんぼりと答える。
「・・・仕方が無いですの。バショトリは、撤回ですの・・・」
・・・実に不思議な感じだ。
童話の鬼なんかもそうだが、この手の存在は実に義理堅い。
人が蚊にするように、何の苦も無く人を叩き潰せる力を持ちながら、その弱者との約束を頑なに履行する。
悪の存在である悪魔も、やけに契約というモノには従順だ。
勝負事の取り決めについて、アラを探して穴を搗くのは常に人間側だ。
狒狒の名前を盗み聞いたり、鶏の真似をしたりして、怪異を罠にはめる。
善の側の人間がだまし討ちを仕掛け、悪の側の妖が律儀にルールに殉じる。しかも、文句も言わずに裁定に従うのだ。
約束を取り付けるまでは苦労するが、一度交わした約定は決して破られないのだ。
人の理の外側に居ながら、人との理には従う彼らの有り様は、潔くも見えるが同時に悲しさも感じさせる。
圧倒的な力量差を誇示しないで居られる事、それ自体が、人とは隔絶した価値観で動いている事を示しているのだろう。
まあ、何はともあれ、約束は約束だ。
私は、契約の履行を迫った。
ちょっと不穏な雰囲気も醸し出し始めてます。
それにしても、純粋な暴力では及ばない人間が怪異と対峙するときには、大概、なぞかけ(リドル)を仕掛けるか、騙し討ちですよね。
酒呑童子とか、鬼は噓をつかないんです。
でも、人間は鬼を騙しにかかるし、何なら神様まで協力してくれます。
酷い話ですね。
まあ、そう言うドロドロした話は、昼呑みには相応しくありません。
さあ一杯・・・最初はビールですね。
皆さんの一杯目は何ですか?




