居酒屋奇譚⑦「お子様の復職依頼」3/5
一週間のご無沙汰です。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
本編は長い序章が終わって、やっと本題に入るところです。
煮詰まった取材も、新たなお客を迎えて心機一転、仕切り直しです。
さあ、乾杯。
居酒屋奇譚⑦「お子様の復職依頼」3/5
アユの天ぷらを片手に摘まみ、熱燗で流し込みつつお子様が答える。
「また、相席ですの?商売繫盛で良い事ですの。」と。
俺は、周囲を見渡してみる。
確かに満席状態だが、一つのテーブルに、三組目の相席客ってほど混雑しても見えない。
どっかのグループに混ざって気まずく吞むよりも、いっそ全員他人の一席の方がましなのだろうか?
愚にも憑かない事を考えながら、お子様の方をチラリと見ると・・・アユの天ぷらを齧りながら、小さな鼻の頭に皺を寄せていた。
犬娘がセコを見る時の様な、気に食わない対象の対手をしなきゃいけない時に浮かぶ表情だ。
おれは、今のところ上手くコミュニケーションが取れている・・・つもりだ。
つまり、不機嫌の原因は・・・俺は、新客の方を見た。
背広を着た若い男だった。
おそらく三十路には届いていない。
背広も、仕立ての良いモノを身に着けている。
何となく、老舗企業の3代目って感じだ。
ただし、その表情からは、若者らしいハツラツとしたものが抜け落ちており、疲れた様子が伺える。
陰気な若旦那という感じだな。
お子様は、そいつをマジマジと見て(どことなく嫌悪感が垣間見える)、そして連れて来た草臥れた店員に問う。
「相席は構いませんの。ただ、注文係は間に合ってますの。コチラは、なんの役ですの?」と。
・・・俺は、相席の瞬間から注文係に就任していたらしい・・・全く初耳だが、現場を顧みない人事には慣れている。
不満はジョッキの中身と一緒に呑み込むくらいの大人の態度は弁えているつもりだ。
草臥れた店員は、答えた。
「嘆願の儀があるそうです。何でも、資格はあるとかで・・・。」
と。
「資格」とは、また、聞き捨てならない言葉だな。
お子様は、陰気な若旦那を眺める。
陰気な若旦那は、軽く会釈すると、俺の隣に座る。
先客がいる事に動揺している様子だが、特に言及してくることは無かった。
陰気な若旦那は、お子様に向かって話し始めた。
「私は、シンドウ家の末席に連なるもので、現在、シンドウ家の対外交渉係をしております。」
から始まって、地方の一酒蔵から世界を相手に商売を拡大したシンドウカンパニーの輝かしい社歴について語ってくれた。
が、お子様は特に聞いている様子は無い。
「この店、居酒屋のくせにデザートもありますの。ティラミスがお勧めですの。」
と、注文しろとばかりに俺に話しかけて来る。
俺は、無視して良いのか分からず曖昧に相槌を打ちながら、隣の様子を気にかけていた。
「あと、生ビールですの」
・・・うるせえな。
ほんとに無視してていいのかよ?
・・・所詮は他人事なので、浮かんだ疑問をビールと一緒に腹に収める。
しばらく、シンドウカンパニーの栄華について語っていた陰気な若旦那は、感銘を受けた様子を見せないお子様を眺め、次いで俺を睥睨する様に視界におさめた。
「あなたは、何なんですか?私の話に割り込まないでほしいのですが・・・」
が、始まりだった。
陰気な風貌のくせに話し出すと調子に乗るタイプなのか、先ほどから全く止まらずに俺の隣でしゃべり続けてやがる。
口調は丁寧ではあるが、何処か人を小ばかにした雰囲気があり、いけ好かない。
だから、俺に対して、交渉の優先権を要求されても譲る気になんてなりゃしない。
頻りに「家の事情」を訴える陰気な若旦那に対応するのに忙しくなっている俺。
この二人の攻防をテレビで正月のかくし芸大会を眺めるような眼で見つめながら、俺の皿から4本目の串モノを失敬しているのは、対面に座った本来の主賓。
小柄な体で器用に生ビールのジョッキを傾ける姿は、大衆酒場という舞台に馴染んでしまっているが、見てくれは作務衣を着た中学生であり、違和感がすごい。
なぜ、これで、酒場が似合うのか・・・。
年齢不詳・・・性別も良く分からない。
ビールが配膳されるのだから成人なんだろう。
見ている前で、今度は隣の陰気な若旦那の皿から最後の肉詰めピーマンを拝借し、大柄な俺から見ても若干大きめのそれを、二口で胃の腑に収めて見せる。
ジョッキは既に空で、草臥れた店員が慌てた様に次のジョッキをテーブルに置いていく。
お子様は、さも当然とばかりに、新しい杯に口を付けつつ俺に問う。
「・・・どうしますの?」
・・・俺が聞きたい・・・。
業を煮やした陰気な若旦那は、お子様に向き直って語り掛ける。
「私の話を聞いてください。私には、資格があるはずです。」と。
お子様は、さも面倒くさそうに(本当に、表情から仕草に至るまで、一分の隙も見えないほど完璧に面倒くささを表していた)答えた。
「面倒くさいんですの。
今は、このリテイク熊と話しているんですの。
横入りしたければ、まずはリテイク熊を倒してからですの。」と。
・・・うん?
今、何って言った?
俺を倒すって何だよ?
巻き込み方が雑すぎて、怒りの前に呆れが溢れる。
「俺は関係ないだろ?
大体コイツは、誰なんだ?
・・・いや、いい。どうせ聞いてもロクでもない話なんだろう。
頼むから俺を巻き込むな。」
と、率直に伝えてみる。
すると、お子様は
「大丈夫ですの。
体の大きさ的に負けはあり得ませんの。
あの方が、一子相伝の必殺拳法使いでもない限り、勝利は約束されていますの」
とか言い出す始末。
「勝ち負けじゃ、ねえんだよ。事の根幹はソコじゃねえ。」
と、突っ込む俺。
すると、お子様はニヤリと口の端を上げて
「おや、怖いんですの?」
と、安い挑発をかましてくる。
ご丁寧に、肩をすくめて「やれやれ」って感じで頭を振って見せやがった。
幼い外見もあって、微笑ましい仕草と言える。
が、
いや、乗らねえよ?「なんだと、俺の力を見せつけてやらあ」とか思わんぞ?厄介ごとに巻き込むな。な?
俺はお子様に告げる
「これは、お前のトラブルだろ?なら、対応はお前と違うん?」と。
更に「そもそも、有資格者からのお願いの儀って、要は陳情だろ。なら、尚の事、お前の仕事じゃん?有資格者からのオーダーを無視するのって、良くないよ?」と続けた。
陰気な若旦那が割って入って来る。
「そうです。
私はシンドウに連なる者として、あなたと話に来たのです。
嘗ての守護者として、被守護者からの申し立てに、今少し真面目に応対願っても良いと思うのですが?」と。
陰気な若旦那の話は、搔い摘むとこんな感じだった。
お子様は、もともとシンドウ家の守り神であった(その守り神とお子様が同一個体とどうやって確認したのだろうか?)。
酒の生産拠点をアジアに移転した際に、酒蔵も取り壊してしまったのだが、その際に、お子様の神棚も多少整理して(自分の荷物を他人に整理されるって、アマリいい気分じゃないよな)、新社屋にお移り願ったのだとか。
その際に、ちょっとした祟り騒ぎがあり、高名な霊能力者に頼んで社長室手前に結界を張ってもらった事があったが、その後は滞りなく屋敷の処分は進んだとの事。
古株の従業員の中には、酒蔵の屋敷神が社屋建て替えに反対しているのだと囁く者もいて、社長に談判したそうだが、結局、社長のかたくなな態度に愛想をつかして社を去って行ったとの事。
で、お子様の神棚だが、一応、社長室の隣に一室設けたんだそうだ。
ただ、海外からの来客もあるし、新規の取引先からは奇異の目で見られるしで、結局、他の祠や石碑なんかと一緒に本社屋の倉庫スペースに集めて管理する事になったのだとか。
その後、海外進出を果たして、屋号もシンドウカンパニーと改めて、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業拡大をしているように見えたシンドウさん・・・だったが、実際は新規事業に資金を投入しすぎて家計は火の車と化したとの事。
この頃は、何をやっても上手くいかず、事業整理に振り回される毎日との事。
陰気な若旦那は、血族中では珍しく英語が堪能だったので海外交渉担当となっていたのが、海外工場閉鎖や事業所縮小時のリストラ説明会などに駆り出され、次いで国内に戻ってからは取引先や投資元への事情説明行脚の毎日との事。
・・・おいおい、途中から愚痴になってんぞ・・・。
そんな毎日に嫌気がさしていたある日、久々に会った元古株社員さんから「自主退職した屋敷神様が、近所の居酒屋で神社を開業中」との噂を聞いたとの事。
考えてみれば、祟るほど屋敷に愛着を持っていた屋敷神が、誰にも顧みられない本社屋の倉庫スペースなんぞに居続ける訳が無い。
どこかに去ってしまっていても可笑しくは無いと、考えたとの事。
話の筋はともかく、陰気な若旦那の精神は追い詰められてオカシクなっているみたいだ・・・。
どこの世界に、噂話を根拠に神様を捜し歩く能天気が存在するんだ・・・。
業績悪化に神頼みってのは、無い話じゃないだろう。
だがな、普通は神社とかお寺とか、ありそうな所を目指すもんだ。
相当てんぱってんだな。
それはともかく、陰気な若旦那はココで一念発起、屋敷神様にご帰参いただこうと行動を起こしたのが、ココへたどり着いた顛末だ。
要は、迷信とばかりに放り出した神棚の主に、傾いた社運を立て直すべく再度縋ってしまおうって算段だ。
・・・あほか?
状況説明が演説になっちゃう人っていますよね。
本人は、丁寧な応対のつもりみたいですけど、聞かされる方は結構苦痛です。
酒の席では猶更ですね。
とは言え、編集長もちょっと口が悪いかなあ。
まあ一杯飲んで、落ち着きましょう・・・。
因みに、ピーマンの肉詰めって、最近あまり見なくなりました。
歯応えとボリュームを兼ね備えた良い料理だと思うんですが、残念なことです。
皆さんには、消えてしまったお勧め料理って何がありますか?




