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居酒屋奇譚  作者: 秋鑑
1/4

居酒屋奇譚①「お子様と巾着」

初回です。

得点で10000字くらいを一気に投稿です。


偶の平日休み。

昼から呑むのは、大人の嗜みですよね。

先日の平日休みの日の話です。

折角なので、一駅隣にある昼から呑める居酒屋に行ってみることにしました。


到着すると午前中なのにテーブル席はグループでいっぱいです。


まあ、一人呑みなのでカウンターで良いのですが・・・不景気なのにこんなに飲んだくれが多くて良いのか・・・飲んだくれが多いから不景気になるのか。


最初は、トリアエズナマですね。串モノを5本お任せで。

そして、梅水晶と小鯵の南蛮漬け。渋い昭和の酒飲みをイメージしてみました。

お店までの道程でひと汗かいた事も有り、最初の一杯は我ながら惚れ惚れする勢いで飲み干しました。


で、2杯目も生で・・・。


そのタイミングで、この愛すべき草臥れた居酒屋の草臥れた店員が珍しく声をかけてくる。

「こちら、相席よろしいでしょうか」と。

・・・コイツ、敬語なんて使えたのか・・・。



相席の相手は、私の目の前に座ると軽く会釈をして見せる。

童顔のしかも男とも女ともつかない顔つきの、ひどく小柄なその風体は、作務衣みたいな着物に目をつぶれば「中学生」だった。


声変わり前のような、ボーイソプラノで、私に問いかけてくる。


「このホッピーとは、ビールと違うのですの?」

「肉野菜炒めの肉って何の肉ですの?大体何でも食べられるのですが、狐の類だと困りますの」・・・コイツは何を言っているのだ?

何故、初対面のおっさん相手にこうも無遠慮に質問を続けられるんだ。

私がここに居るのは子供電話相談室の代理を務める為では無いし、修学旅行の引率する為に転職した覚えも無い。

どの様な悪魔的間違いでこんなお子様の面倒を見なけりゃならないんだ。


そう思い、いつもの草臥れた店員を睨むと、先ほどの慇懃無礼さは微塵も残らず消え失せて、いつもの草臥れた店員に戻っている。

こちらの怒気もどこ吹く風か、暖簾に腕押し糠に釘といった雰囲気だ。


その間もお子様はアイパッドをこねくり回し始めた。

「この栃尾揚げのプレーンとネギみそを頼みたいのですの。できればネギ抜きで。あと、とりあえず生ですの。これらは、一つずつで大丈夫ですの。」と、アイパッドをこちらに押し付けてくる。


ネギ抜きが良いなら、何故ネギみそをチョイスするんだ・・・。

そもそもコイツは酒を飲める歳なのか?ややこしいお子様の相手をした挙句、未成年に酒を勧めた罪で打ち首獄門さらし首はご免なんだが・・・・。


そういう思いも含めて不機嫌そうな視線を(精いっぱいの不機嫌さを載せて)向けたのだが、お子様は意に介さない。

「あと、適当に肉っぽいモノを1~2皿欲しいですの。」と言いながら、アイパッドをこちらに押し付けてくる。

・・・お前、私に注文入れろって言ってんのか?

何の義理があってそこまでしてやらにゃならんのだ?

いや、もちろん大した手間じゃない。しかし、それは、私の好意がトリガーとなっているべきであって、お子様の我儘の結果であっていいはずがない。

そう思って、そう告げようとお子様に顔を向けて睨みつけ・・・た・・・・が、怒気は鼻から抜けていった。


お子様は、もう注文が叶ったと言わんばかりにアイパッドを私の前に放り出し、キラキラした目で厨房の方を見つめている。

自分のオーダーが出て来ることを微塵も疑っていない様子だ。


・・・なんか、もういいや・・・。


私はノソノソとアイパッドを操作することになった。

その間も、店員が皿をもって出てくるたびにそれを目で追い続けるお子様。

近づいてくると期待に満ちた視線になり、通過すると少し悲し気な目つきをする。

それを横目にアイパッドを放棄する事が出来る人間が居るだろうか?

私には無理だった。


御多分に漏れず、まずは飲み物が届く。

お子様は、キンキンに冷えた生ビールのジョッキを興味深げに見ている。

「透明だから氷かもと思いましたけど、本当に冷たいですの。」・・・どこかの観光地には氷のジョッキでビールが飲める店が有るらしいが、草臥れた居酒屋には過ぎた要求だろう。


お子様は、座った自分の目線よりやや上に存在するジョッキの縁を一瞥すると、器用に傾けて口をつける。

零れるかと思ったが、思いのほか身のこなしが洗練されている。

小さな口に流し込むようにしてビールを飲んでいる。

なりは小さいのに、ペースは後ろの席の大学生よりも早い。最初の一口でジョッキの1/3が消え失せた。思ったよりも遥かに良い飲みっぷりだ。

「ほうっ。ですの。」と、ため息一つ。エンジンがかかったのか、鳥皮串を二口で胃に収めて見せる。


たれで口の周りがベタベタだ・・・。


本人は気にしていない様子だが、私は気になる。

しかも、草臥れた店員がこちらに視線を向けて「ちゃんと面倒を見ろ」と訴えてくる。

視線で意思を伝えて来るとは、その勤勉さを職務で発揮しろ。と、思いつつ、口の周りをおしぼりで拭ってやる。

砂肝串を片手にされるがままのお子様。

拭き終わると果敢に串に挑みかかる。

砂肝は塩味だから汚れはしないか・・・一安心だ。


・・・ただな、お前が食ってる串は、私のだ・・・。



お子様は健啖家だ。私が慌てて確保したレバー串以外のお任せ5本(つまり4本か)を皮切りに、南蛮漬けから届いた栃尾揚げ二つ(ネギは入ったままだったが、いつの間にか小皿に分けられて私の前にあった)、肉野菜炒め、焼き餃子、レバカツが、届くはじから胃の腑に収まっていく。

因みに、レバカツも私のだった。


梅水晶は、塩気が強すぎるのか一口舐めた後「好きにすると良いですの。」と、私の前に滑らせてよこす。


おでんの煮卵がお気に召したらしい。

これだけ欲しいと店員に駄々をこねていたが、「ほかの具材と数が合わなくなって、後のお客に迷惑だから」と、やんわり断られていた。

「どうせ酔っ払いだらけなのだから、卵の有無なんか気が付くわけ無いですの。」と、鼻息荒く愚痴っていたが、おでんは2つも追加していた。

コンニャクは気に入らないのだろう。私の目の前にはコンニャクが3つ入ったおでん皿が置いてある。


酒も進んでいる。結局、串モノだけで生ビールをジョッキで2杯。

続いてホッピーを数杯飲み干した後、ハイボールから焼酎。

で、今は熱燗の二合徳利を目指しを肴に手酌でたしなんでおられる。

因みに、ココのめざしはカリカリに干されたタイプで、手で持って食べるのだが、実に様になっておられる。


ここら辺から、お子様の核心に近付きますので、もう少しお立合いください。


さて、酒が回れば視界も回る、つられて口の回りも良くなるものです。

要領の得ない話し方のお子様が、更に酔っぱらって呂律も怪しくなっているので、聞き違いや勘違いもあるのはご愛嬌と思ってください。


実はお子様はこの居酒屋のご近所さんの様です。

長らくあるお家で仕事をしていたのですが、近年の待遇悪化とパワハラに耐えかねて、本日只今をもって退職あそばされたとの由。

急な事とて退職金も用意いただけなかったそうですが、長年の同僚たちより幾ばくかのカンパをいただけたのだそうです。


職もなく、予定もない。


で、奉職中には眺めるだけだった「呑みの席」というモノを体験すべく、近所をウロウロした上で最も雰囲気の良いこの店に入店したとの事。


「先々代のころまでは良かったんですの。儲けは少ないながらも皆で一丸となって家業を盛り立てるべく頑張ってたんですの。」

二合徳利を垂直に逆さにして振って見せて、こちらに視線を向けてきます。

へいへい、同じものですね・・・アイパッドを操作します。

「あと、これ美味しいのでもう二つ欲しいですの。」めざしをフリフリ振って見せてます。

ちょとイラっとしましたが、困っしゃくれたお子様の仕草に却って冷静になってしまい、まあいいかと思ってしまいます。



転機は先代のころ。

お子様はじめ長年の仕事仲間に断りもなく、土地を抵当に投資に手を出し始めたのだそうです。

始めた当初はそれなりに実入りもあったようですが、素人が設け続けられるような世界でもありません。

忽ち資産は吹っ飛んで、抵当に土地はバラバラに売り飛ばされたのだとか。


結果、その土地を担当していた者たちもお役御免の憂き目と相成ったと・・・。


まあ、それでも最初のころは、それまでの貢献もあったので、単純に召し離しではなく、近所の引き受け手に三々五々受け入れて貰えるように取り計らって貰えていたとの事。

家業の失敗に起因する離散であれば同僚たちも納得がいったかもしれませんが、彼らの預かり知らない処で勝手に積み上げた借金の方に自分たちが差し出されるような状況には不満が無いでは無かったとの事(心なしか、めざしを齧る仕草が荒ぶって見えます)。


で、問題の今代。


先代の経営手法を傍で学んだ為か、先代に輪をかけた放漫経営。

土地も家財もどんどん流出していきます。あわせて同僚たちとも涙涙の別離の仕儀。


先代の時には、それでもお別れを惜しむ時間くらいは貰えていたのが、今代はそういう事も考えない。

ふと同僚が居ない事に気が付いて調べると、知らない間に放逐されていたとの話が次々と・・・。


で、先日の話。


今代は、先祖伝来の家屋敷などを整理して、賃貸ビルへと変える算段を整えたとの事。

お子様をはじめ、いくらかの同僚は仕事を継続できる話ではあったものの、その待遇はあんまりと言えばあまりなモノだったそうです。

今までは、一部屋与えられて仕事に専念できる環境を用意してもらえていたのに、それが他の同僚どころか、何処の馬の骨ともつかない連中とタコ部屋状態。

挙句に仕事も兼務兼務で、何処から何処までが自分の責任範囲かもわからなくなってしまったとの事。


コイツ部屋持ちなのか・・・ずいぶんと高い地位の仕事だったんだなあ。と、思って聞いていました。

派閥争いなのか、事業縮小で冷や飯ぐらいになってしまったのか・・・。話しぶりからも、プライドは高い感じだし、屈辱とか耐えられなかったんかなあ。と。


お子様は、今代に直談判します。屋敷を壊すなんてとんでもない。

仕事には手順と流れが有るので、単純に並べ替えただけで成立しなくなる事も有る。

単純に考えてはいけない。などなど。


「・・・結果、今代は出入り禁止にしやがったんですの。話を聞きたくなかったんだと思うんですの。廊下の両脇に見張りを手配して、文句を言いに行こうとすると邪魔するんですの。先々代より前から、ずっと、長きにわたって、家を守って来たこの身を、出入り禁止に!ですの。」


・・・お子様、目が座ってます。悪い酒ですね。あ、はいはい次はウイスキーですか・・・ちょっと度が強いですけど大丈夫ですか?



国産の何とか言うウイスキーをロックで舐めながら、話は続きます。

今更ですけど、そのチーズの盛り合わせは私の・・・いえ、奢りますよそのくらい・・・。


お子様は、事ここに至って最早愛も想も尽き果ててしまったそうです。

思えば初代の意気に応じて始めた仕事でしたが、別に自分の天職というモノでもない。

望まれたから頑張っただけの話で、向こうが不要と言うのならやめてやらあ「ですの。」と言う事だそうですの。



酔いが回ったのか、何かのネジが回ったのか・・・お子様の話も場面がくるくる回りだし取り留めの無いものになって行きます。


もともと初代さんが来る前からお子様たちは、この土地に居た事。


ある日、西の方で行われた大戦にて、大敗して這う這うの体でこの地まで逃げて来たのボロボロの男が初代様なんだそう。

奉じていた幼帝を失い、一族の主だった者も打ち取られ、先祖伝来の土地も失って・・・。どう考えても再起の目なんてありません。

付き従う者も、僅かに両手の指で足りる程度。馬も刀も路銀の方に、当の昔に手放して、残るは己の両の腕のみ。その上、坂東からは追手がかかったかも知れず。

状況は絶望的でした。さぞや意気消沈しているかと見ていると、この初代様、意外と図太い人だったらしく「未開墾のこの地を開きて、我もまた生まれ変わらん」と、宣言。

供のモノといそいそと新生活を始めたのだと言う。その陽気な様子に感じ入ったお子様たちは、陰に日向に初代様を助けるようになったと。


その内、初代様は、失われた幼帝の供養とともに、お子様たちにも感謝の意を示してお祭りしてくれるようになったというのが、そもそもの馴れ初めだったとか。



その後も、外の世界のアレコレに引っ張りまわされ、将軍様が戦をされるので合力せよとの呼びかけに応じた当時の当主さんが帰って来れず、仲間皆で惜しんだとか。


西から下って来た大殿が、将軍になったとかでこの地も保護してくれることになったとか。


またも西から軍隊が乱入してきて乱暴狼藉を働いたので、当時の当主と一緒に撃退したとか。


今度は帝が外海の敵と戦をするからと、当時の当主が合力を要請されて出征したので、無事の帰還を仲間たちを祈ったこととか。


東の都が空からの攻撃にて灰燼に帰し、戦が終わったと聞いたのに当主さんが帰って来ずに皆で心配したとか。


白と黒の人たちが、土地を開放するとか言って勝手に召し上げられたとか。


土地の大半を失って意気消沈している最中、隻腕となり果ててはいたものの当主さんが帰って来てくれて嬉しかったとか。

それが、先々代で、ちょっとした事業を始めたこと。

それ自体は、それほど儲かりはしなかったものの、在地の人たちから慕われていたおかげで、いろいろ力を貸してもらえ、食べるには困らなかったこと。


・・・お子様、すこし楽しそうです。

・・・ウイスキーですか?水割りにしておきますね。



その後は、先代・今代の悪口のオンパレードです。

10を超えるまでおねしょが治らなかったとか。

机の引き出しの奥に赤点の答案を隠していたのをバラしてやったとか。

押し入れに隠しておいたカマキリの卵が春になって孵化し、大量の小カマキリを発生させて大騒ぎになったとか。


・・・恨み言なのか、悪戯の告白なのか・・・。


だいぶ、支離滅裂になって来ました。お子様、頭が前後左右に揺れてます。


やっぱりウイスキーは濃かったか・・・。


この場はそろそろお開きにした方がよさそうです。

そろそろ勘定にしましょう。と、提案すると、お子様は薄目を開けて懐から巾着を取り出します。


古びた感じの・・・これは、革製?なのか?・・・財布じゃないんだな。

まあ、作務衣っぽい服装の懐からシャネルが出てきたら興覚めだものな・・・。


と、アイパッドを操作して会計作業をします。自分の分を払って、さて、お子様の分です。


・・・ねえ、これスゲーいっぱい小銭が入ってるんすけど・・・。

でも、多分全然足りない。

なんで、五円玉ばっかこんなに持ってんだ。

お札は千円札が数枚程度・・・。あれっ、これ五百円って書いてあるぞ・・・。久しぶりに見たな五百円札。・・・じゃないよ。更に目減りしてんじゃん。

他に持ってないの?と、お子様の席を見ると、そこには誰もいません。座席が濡れているって事もありませんが、色々と食い散らかした後は残っているのに、本人が見当たりません。

・・・積み上げたお皿の陰に何かありました。質草替わりなのか、それなりに由緒ありげな狐の置物(お稲荷さんとかにあるやつの古いの)が残されてました。

・・・仕方がない。初めての飲みで、相場も知らないだろうしな。

ココはおごってやるか・・・。


暇つぶしの飲みで、万札2枚は痛かったですね。





蛇足に後日談を・・・

例の呑み屋に再訪した際に、例の草臥れた店員が話しかけてきました。

余りにも珍しいことに驚きつつ、そう言えば、お子様を押し付けてきたのはコイツだったな。

ならば、飲み代の請求をしても罰は当たらないのではないか?などと、愚にも憑かない事を思いながら耳を傾けました。


草臥れた店員の話は、まず、先日の詫び。

見るからに厄介そうな来客だったので、自分が相対するのを避けるために押し付けてしまったとの事。


次に礼。

大事になるかとヒヤヒヤしていたが、上手く纏まったみたいで何事もなく終わった事への感謝。


最後に払い。

あの手のモノは執念深いので、自分のモノを勝手に使われることを好まない。

つまり、私が受け取った巾着(中身含む)は、万一回収に来られた時の為に大事に保管しておいた方が良い。

お子様の分は、草臥れた店員が半分持ってくれる。との事。

半分と言うのは、全部を建て替える事で、お子様やその仲間たちが礼などに現れる可能性がある。

それは、ご免被るので、持ち分は最大で半分なのだそうです。


まあ、出て来るはずの無いお金が出て来るんですから、それだけでも御の字と了承しました。


草臥れた店員の話は、ココまでだったのですが、私の方の話は終わりません。


そもそも、お子様は誰なのか?

なんで、お前には見分けがついたのか?

結局、最後はどうなっているのか?


・・・他にも色々聞きたい事はありましたが、あまり欲張っても仕方がありません。

まず、核心を聞いて、話の流れで末節まで聞ければいいかな・・・って感じでした。


もっとも、お子様を恐れている感じの草臥れた店員から、まともな回答があるとも思えません。



ところが、意外にも草臥れた店員は、質問に答えてくれました。

なんでも「地雷の在処を知っているとして、そこに通りがかった人間にそれを教えたうえで踏み抜かれるのと、教えずに踏み抜かれるのとでは、受けるダメージが違う」から、ある程度の事情は教えておきたいのだそうです。


まず、あのお子様の正体ですが、不明です。

正確には、おおよそ予想は付くけど確定は出来ないとの事。

「まあ、一種の屋敷神・・・あんたに分かりやすく言えば、座敷童みたいなもんだと思う」との事。

もともとは在地の狐狸の類だったのだと思うが、人と接触して守護を受け持つ間に、そう言ったものに変化したのだろうとの事でした。

「大概は一代限りの付き合いで終わるのですが、偶に家とか血筋とかに憑いてしまうと、数代にわたって顕現する場合がある」との事。

・・・なるほど、あのお子様は、どこかの家の守り神様だったという訳か・・・。


草臥れた店員は続けます。


「あそこまで気に入られていたのなら、祀り方が多少いい加減でも全く問題なく守ってくれていたはずだ。」

「でも、愛が深けりゃ憎も深いもんだ。家系に対する盲目的な愛情故に、同僚や眷属たちへの無礼についても不問に伏して来たのだろうが、ここへきて限界を超えたんだろうな。」

「おそらく、お屋敷かその付帯物の辺りが、あのお子様の本貫地なんだろう。そこを破壊してビルにしようって話なんだから豪儀なもんだ。その怒りたるや、相当なモノだろう。」

「店に入って来たのを見たときは、本当に恐怖したもんだ。核爆弾が、自分の起爆スイッチを片手に暖簾をくぐって来たのを想像してもらえれば、わかるんじゃないか?」

出来れば退店して欲しかったが、それを口にすれば躊躇なく爆発しただろう。俺は、お盆の上のニトログリセリンを揺らさないようにするのと同程度の注意深さで、あんたの前の席に案内したってわけだ。」


私は絶句した。・・・!・・・なぜだ。


当時、店内は満席に近く、だから相席になった。

裏を返せば、私以外にも選択肢はあっただろう。

なんで、私に厄介ごとを押し付けた?

しかも、目の前で自分の起爆スイッチを弄ぶような存在に対して、それがスイッチである事すら分からない私をアサインするってのは、どの様な了見なのか?


いや、そもそも、なんでコイツには、その厄介が分かったのか?草臥れた店員は、疲れた顔で、私の怒りの質問に答え始めた。

「そう怒るな。悪いと思うから話しているんだ。なんだかんだ無事で終わったんだから、混ぜっ返さなくても済んでた話なんだぜ?

わざわざ掘り起こして解説しようってんだから、そこら辺に誠意を感じて欲しい。」


・・・それもそうだな・・・彼の言によれば、私が失敗すれば彼もいっしょに吹っ飛んでいたわけだし・・・。

草臥れた店員は、続ける。

「俺は、そうだな・・・分かりやすく言うと「定点観測用のマーカー」だ。

この国は何時も変化している。大陸から幾つかの氏族が渡来した時、坂東で跋扈していた侍がご政道を牛耳った時、外つ国の勢力が乗り込んで来た時。

都市と言うモノを道路や鉄道で結ぶのに躍起になった時。

その時々で、変容していくこの国を、それでも同一の日本という存在足らしめるために、大きな変化の度に基準点の更新をして来た訳だ。

この更新の折に、「この山は、嘗てのあの山だ」と特定するための基準点って訳さ。」


なぜ、私なのか?の問いに対して、草臥れた店員は、こう言った。

「誰でも良かったんだよ、俺以外が対応してくれさえすれば・・・。そうは言っても、余り可笑しな奴に取り次げば、却って事態を悪化させる。

あの場合、お子様の持つ最大最強の手段で大爆発しただろう。アンタ、俺が逃げなかったとか思ってんだろ?違うよ、どうあっても逃げ切れないから観念してただけさ。

そこまで最悪な存在の相手を選べったって、わかんないだろ?

その存在が、肉が好きなのか魚が好きなのか、賑やかな方が好みなのか静かな方を好むのか、鉄道が好きなのかアイドルオタクなのか・・・。

選択をしくじれば、即ドカンだ。それなのに、対象は畜生出身の祟り神手前という厄介さだ。あの場の誰が最善かなんて、誰にも分からない。そういう時、俺は勘に頼るんだ。

その勘が、俺にアンタを選ばせたってわけだ。」


最期に草臥れた店員は、事の顛末らしき噂を教えてくれた。


この近所に「シンドウ」と言う旧家がある。以前は結構な地主であったらしく、山際の本家(この呑み屋のすぐ裏に敷地を接している)から、隣町の駅(現在の最寄り駅は、戦後にできた)まで、他人の土地を通らずに行けたとか、初めて小学校が出来たときに校舎と校庭を寄付したとか、エピソードは耳にする。

私も、裏山の木の枝を折った時に、近所の大人から「シンドウさんに怒られるぞ」としかられた覚えがある。


もっとも、終戦時の農地解放のあおりで多くの資産を失い、かなり傾いてしまったらしい。

それでも、手元に残った造り酒屋を継続しており、今日では日本酒の酒蔵としての方が名が知られている。

で、このシンドウさん、先代のころにバブル景気に充てられて土地を投資に回したらしい。

これが大外れ。


家業の酒蔵の収入で凌いだそうだが、かなり家財を吐き出す羽目になったとの事。

余り大っぴらにはされていないが、家宝の類もずいぶん流出させてしまったのだそうです。

こんな状態で家業を引き継いだのが今代と言う訳です。

先代同様に、額に汗して働くことを好まなかった今代は、重なった借金と傾いた家計を解決する手段として一念発起。

外資のコンサルタントを招いて、酒蔵事業の合理化を始めたのだそうです。

その手始めが、酒造の工場を海外に移し生産をそっちに一任、国内の土地は整理して賃貸ビルにして行く行くは不労所得でやって行こうとの構想だったそうです。


ここまで話が進んだところで、不穏なうわさが・・・。

今代の枕元に悪霊が立つようになったのだそうです。

驚き慌てた今代は、高額な払い料を用意して高名な払い師を手配、用意してもらったお札を使う事で怨霊を退けたのだそうです。

で、今は、お屋敷の解体作業中と言う運びです。


草臥れた店員は、私に忠告めいたことを告げます。

「あの手の存在は寂しがり屋だ。特に古巣を失うとね。

それでも大概は、本貫地を失った時点で弱体化してその内に消えてしまうモノなんだが、あれほど強力になってるとそうもいかない。

新しい場所を見つけられればいいのだが、それはお子様次第だ。

そこで、アンタの所の巾着なんだ。守護すべき土地も屋敷も血筋も無くした存在が、拠り所にする可能性がある。

努々粗末に扱わないでくれよ・・・。なに、元が畜生なだけあって、要求はこの間の飲みの席みたいなもんだと思う。都度、対応してもらえれば大丈夫なんじゃないかな・・・たぶん。」


私は思った。随分とフワフワした話じゃないか?顛末(縁起)を聞いた今となっては、おいそれと巾着を放り出すことも難しい。


・・・そうだ、観測点があるって事は、観測者が居るって事じゃないのか?


この草臥れた店員は、ものの役に立ちそうもないが、コイツらの管理者ならそれなりに・・・そう思って、店員の方を見ると、古ぼけた狸の置物がそっぽを向いて立っていた。


・・・逃げやがったか・・・まあ、上司に苦情がいくのは嫌なモノだよな・・・。

幸い、補填してもらったお子様の飲み代の半額は、葉っぱにならずに手元に残っている。これは、次の飲みの席の為に取っておくとしようか・・・。


終わり


不景気とは言え、神様もリストラになる世の中のようです。

勤務を解かれたら、神様だって憂さ晴らしが必要なんでしょう。


神饌とお神酒は、貰えなくなりました。

なら、つまみと酒でいいじゃない?

お足は同僚からのカンパが有るしね。


梅水晶と小鯵の南蛮漬けは、昼呑みにおける鉄板です。

書き手は、これとビールを初手に配します。

で、並行して串焼きお任せ5本・・・串物の種類が少ないお店だったら選択の余地がありませんし、多いお店だと選びきれません。

この後は、エンジンがかかればホッピーとか、サワーとか・・・。


皆さんの、昼吞みの定石はどんな感じですか?

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