3.
「痛っ、一体何だってのよ」
後頭部をさすりながら体を起こすと、既に起き上がっていたジェルスさんは、窓の外に鋭い視線を向けながら、腰に差した剣に手をかけていた。
「七、いえ、八人ですね。賊の類です」
「もしかして私を追って、とか?」
「いえ、ただの強盗のようです。金目の物を置いて行けと御者の男を脅しています。アリア様、あの程度でしたらすぐに終わらせられます。行って来てもよろしいですか」
「お願いします」
答えるや否や、ジェルスさんはあんなに大きな体だっていうのに疾風のような速さで飛び出し、即座に扉近くにいた一人を倒す。
あの感じだと心配はいらないだろう。
王都に行く時の馬車での旅の最中、三十人近くの賊に襲われた時、敢えて団員たちに経験を積ませるべく、ジェルスさんは指揮役に徹していたけど、彼らに助けを乞われ、残った手練れっぽい十人を一人で瞬殺していたもんな。
さて、外は問題ないとして。
私は近くにいたキールに手を伸ばす。
「怪我はない?」
「うるせぇ、偽物に助けてもらわなくても自分で立てる」
減らず口を叩きながらもすくっと立ち上がったから、とりあえず問題はなさそうだ。
続いて私は、少し離れたところにいたマーシャさんの方へと向かう。
「すまないねぇ」
彼女はお礼を言いながら私の手を取って立ち上がろうとしたのだが、突然、
「うっ」
とうめき声をあげ、その場に座り込んでしまった。
「どうしたんだ母さん! ……おい、そこの聖女もどき! 俺の母ちゃんに何しやがった!?」
キールが母親を背に庇うように私の前に立ち塞がると、敵でも見るような憎悪の目で私を睨みつける。
けれど私が何か言う前に、マーシャさんがキールの背中を叩き、声を上げる。
「やめな! この子は関係ない」
「でも、だったらなんで母さんは……」
「さっき、腰を思いっきり打ち付けたみたいで、立ち上がれないんだ。だからアリアちゃんのせいじゃない」
「あ……」
自分の勘が外れ、私が何かしたわけではないと知った瞬間、青褪めたように私を見てきたけど、そんなのはどうでもいい。
座っているだけでも痛みのせいか、顔が歪んでいる。
「悪いけどそこどいてくれる? マーシャさんの様子を見たいから」
「でも、あんたは偽物で……」
まだそんなことを言っているのか。
埒が明かないので、私は無理やりキールを押しのけ、マーシャさんの前に屈むと、安心させるように笑いかける。
「マーシャさん、もしよければ打ち付けた場所を見ても構いませんか?」
「あ、ああ、この腰のあたりだよ」
彼女が痛まないよう細心の注意を払って少しだけ後ろに向け、服をめくる。
そして痛むだろう場所にそっと手を添えると、マーシャさんが唸り声をあげる。
「折れていなさそうですね」
「それはないと思う。こりゃあ打ち身だね。昔同じようなことがあって、その時と同じ痛みだからさ。それでアリアちゃんは聖女なんだよね? 実は今あまり手持ちがなくてね、聖女様に治療をお願いしたくても、持ち合わせで足りるかどうか」
そうか、確かに私は無償では力を使わないって話をしていたな。
けれど既に対価は貰っている。
「いやだなぁ、さっき飴くれたじゃないですか! あれで足りますよ」
「え、だけど……」
「いいからいいから、ほら、いきますよ」
マーシャさんが言いかけた台詞を無理やり止め、私はイメージを作ると、そこに治癒の光を当てる。
「────さて、終わりました。マーシャさん、痛みはどんな感じですか?」
「おやまあ、さっきまでの痛みが嘘みたいじゃないか!」
マーシャさんがぴょんと立ち上がったのと、ジェルスさんが戻ってきたのは同時だった。
たった今まで賊と戦っていたとは思えないほどいつも通りで、息すら上がっていない。
「あ、お帰りなさい。ジェルスさんの勇姿は残念ながら見てなかったんですけど、瞬殺でしたよね……って、文字通り殺したりは」
「していませんよ。縄で縛ってその辺の木に括りつけてあります。それより馬が足を怪我したようで、御者の方が治療をお願いしたいと。対価として、ミスティの街までの代金二人分を返金すると」
「やりますやります」
私は外へ出て、足を怪我した馬×二頭に治療を施す。
御者のおっちゃんは、私が聖女だってのはキール同様半信半疑だったみたいだけど、すっかり完治した馬を見て驚いて腰を抜かして地面に強打し、そっちはサービスで治しておいた。
賊はジェルスさんの言う通りぎっちぎちに大木に括り付けられていて、自力で抜け出すのはまず不可能だろう。
こんな明るいうちに街道沿いに賊が出るとか、まだまだ治安は安定していないっぽい。
まあ、ルーカス陛下の治世になって日も浅いし仕方ないか。もう少しすればそういったものもマシになるだろう。
しかし、こいつらここに置きっぱなしはさすがにまずいか。
かといって、ここからは王都がまだ近いけど、衛兵呼びに行くのもなって考えてたら、ひらめいた。
「おーい、女神様、聞こえる??」
私は心の中であのお方を呼ぶ。すると程なくして女神様が呼びかけに答えてくれた。
『どうしましたか』
「いやね、今街道に出た賊を捕まえたんですけど、王都の衛兵を呼びに行くのが面倒なんで、女神様が呼んできてくれませんか?」
『アリア、私はこれでも女神なんですよ。それを使いっぱしりにしようなんて、どういう神経をしているのですか。それにそうやすやすと人々の前に姿を現すなんて、神としての威厳が薄れて……』
「じゃあ一回姿を見せたことのあるルーカス陛下にでも伝えておいてくださいよ。会いに行くいい口実になるでしょう? ついでに、朝っぱらから賊が出ないよう、早急に治安を整えろって文句も届けてください」
『へ!? あ、そ、それは、まあ、そうですね。ルーカスになら一度姿は見せていますし……。コホン、ならば仕方ないですね。アリアのお願いを聞いてあげましょう。あ、髪の毛も綺麗に整えないと』
声からでも喜色が滲み出ていて、私はしめしめと心の中で思いながら、
「それじゃあなるべく早くお願いしますね」
そう伝えて女神様との回線を切った。
そしてジェルスさんの方へくるりと向き直ると、彼に事情を説明する。
「……女神をパシリにするなんて、教会に知られたらあなた、ただじゃ済みませんよ」
話を聞いたジェルスさんは呆れたように私を見つめてくるが、その心配はないだろう。
むしろ私は手間が省けたし、女神様はルーカス陛下と会えるし、一石二鳥だと宣言したら、
「あなたのその図太さは、ある意味羨ましいです」
という言葉とともに、でっかいため息をつかれた。




