2.
「間もなくデラトン行きの馬車が出発します!」
何とか復活したジェルスさんを伴い、私たちは急いで目的の馬車に飛び乗る。
まだ朝も早いこともあってか、八人乗りの車内には、二人組が乗っているだけだった。
「それじゃあ出発しますんで、座ってください」
御者のおっちゃんにそう言われたので私達が席に着くと、すぐに馬車は出発した。
「いやー、せっかくいい感じに着いたのに、ジェルスさんのせいで危うく逃すところでしたよ」
「言っておきますけどあなたのせいですからね」
「なんで私!? 意味分からないんですけど! お腹下してるなら言ってくれたら治すって何回も言ったのに」
「だから腹痛じゃないと言っているでしょう。それを言うならあなたではありませんか? メアリーから聞きましたよ、この前も城のパーティー会場でぱんぱんにお腹にものを詰め込んだせいで動けなくなって、ベッドで転がりまわっていたと」
「っ、メアリーさんには絶対にジェルスさんに言わないでって口止めしてたのに裏切者め!」
「ご自分に治癒をかけたそうですが、力の無駄遣いをされるのはいかがなものでしょうか」
「あれは不可抗力!」
「やはり私がいないとあなたは駄目ですね、いえ、駄目駄目ですね。しかしご安心ください。そんな駄目駄目駄目なあなたを、私はこの旅の間、食事の時は片時も目を離さず見守って差し上げます。当然至近距離で。あなたが食べ過ぎだと思ったら、即座に食事に伸ばした手を叩き落とします」
「野菜を強制摂取させる上に、そこまで管理するつもりですか!? あなた私の護衛でしょう!? あと地味に駄目の個数増やすな!」
「駄目なものは駄目なので仕方ないでしょう。それに私は護衛として食べ過ぎという敵からあなたをお守りするのではありませんか」
「そんなの護衛じゃない! あなたは過保護すぎます! やっぱりおかんじゃないですか!」
「だから、おかんじゃないとさっきも言って──」
「おーい、お嬢ちゃんもお兄さんも、喧嘩はその辺にしておきな」
いつの間にかヒートアップして言い合っていた私とジェルスさんに、第三者の声が割って入る。
……そうだった。ここには私達以外にも乗っていたってことをすっかり失念していたよ。
私は高ぶった体を落ち着かせるように一つ呼吸をすると、改めてもう一組のお客さんに顔を向ける。
「お騒がせしてしまってすみません。えっと、私の名前はアリアです。で、こっちが」
「私はジェルス。彼女の護衛役です」
そうジェルスさんが答えて微笑むと、諍いを止めた女性は、
「あらあら、まあ、とても綺麗な顔をした護衛さんだこと。なんだか照れちゃうわ!」
と言ってぽっと頬を赤らめた。
すごいなぁ、顔がいいっていうのは。あっという間に一人取り込んだよ。
旅の間も王城でも良く見た光景だったけど、この人本当にモテる。初対面の女性の顔を変色させる率は、ほぼ百パーセントだ。
女性はマーシャという名で、私たちの目的地でもある次の停留所のミスティという街で降りるという。
「実はあたし、そこで主人と宿屋を営んでいるんだよ。今回は王都に住んでる母さんが怪我したっていうんで、治るまで身の回りの手伝いをしにいってたのさ。そうそう、ほんでこの子はキール。あたしの二番目の息子でね。ばあちゃんっ子だから心配で一緒についてきちまったんだ」
マーシャさんに紹介された少年は、年の頃は十二、三ほど。
バリバリ思春期なのか、こっちをちらっと見て、無言で軽く会釈しただけで、また窓の外へと目線を向ける。
「もう、あんたって子は! 挨拶くらいちゃんとしな!」
「いいんですよ、気にしないでください! 私達こそ、いきなりうるさくしてしまいましたし」
むしろ騒々しかった私たちに怒っていてもおかしくないけどそんな風でもないし、そういう年頃なのだろう。
うちの村の村長の息子も、一時こんな感じだったからね。分かるよ、みんな通る道なんだよね。
なし崩し的な自己紹介も終え、しばらくはキールを除いた三人で雑談をしていた。
途中で飴玉をもらったのでご機嫌で舐めていたら、ジェルスさんが子供かって言ってきたので再び戦いが勃発しそうになるところをまたまたマーシャさんに止めてもらいながら、小一時間ほど経った頃。
ふと会話が途切れた時、マーシャさんがなにやら意味深な笑顔で私とジェルスさんを交互に見つめると、謎にひそひそっとした声で尋ねてきた。
「……ところでさっきから気になっているんだけど、あんた達、一体どういう関係なんだい? ジェルスさんはアリアちゃんの護衛って言ってたし、もしかして何か訳アリかい?」
まあ、確かに他人から見たらそう思うよね。
見た目からしてやり手そうなイケメン騎士に護衛されている私の正体って何ってなるだろうし、しかも私の見た目はどっかの貴族の令嬢にも、大富豪の娘にも見えない、至って普通の見た目だし。
別に隠すつもりもないので、あっさりと白状することにした。
「訳アリっていうか、あれです、私聖女なんですよ。で、とっても強い護衛の彼を連れて旅に出たばかりで……」
するとこれまで黙ってそっぽを向いていた少年キールが、突然バッと私の方へ顔を向けると、
「聖女!? あんたみたいなガキが!?」
とでっかい声で叫びやがった。
「こら、キール!」
すぐにマーシャさんが息子を叱るけど、キールはそんな母親に構わず私へ詰め寄り、
「あんた嘘つくなよ! 俺、王都のパレードで本物の聖女を見たんだからな! 少なくともあの聖女様は、あんたみたいにガキじゃなかった! もっとボインってして、聖女って名前にふさわしいくらい綺麗なお姉さんで……」
「ふっ」
ジェルスさんの肩が震えている。絶対に笑ってやがるな、こいつ。
とりあえず隣の失礼な男の足はぐっと踏みつけ、私は少年に残酷な現実を突きつける。
「いいですか少年。あのボインと、大人っぽくて美しい顔は、私のお世話係をしてくれたお手伝いの方たちの努力の結晶なのです。ボインの中身は大量の綿、そして綺麗な顔は、私の元の顔の原型がほぼ無くなるほどに白粉で塗りつぶされ、真っ白なキャンバスの上に新しく描かれた絵画なのです」
「う、嘘だろ……俺、あの時の聖女のお姉さんに一目惚れしたのに、あれの中身があんたとか……って、あんたどう考えても俺と同い年じゃんか! 絶対十二くらいだろう!? 聖女は十八って聞いたぞ! やっぱり嘘ついて……」
「アリア様は……っふふ、こう見えても立派なじゅ、十八歳の聖女様……っです」
私の踏みつけ攻撃は効かなかったようで、ジェルスさんは尚も笑いながらも、私の言葉が真実だと少年に伝える。
ちくしょう、後で覚えてろ。
するとマーシャさんが何か思い出したかのように手を叩く。
「そうだわ! 確か聖女様のお迎えに行かれた騎士団長様ってあなたと同じジェルスって名前よね? もしかして王都でも有名なあのジェルス・ゼルダンって騎士は、あなたのことかしら!?」
「ははっ、あぁ、久しぶりにこんなに笑いました。そうですね、私がそのゼルダン家のジェルスです。今はアリア様の護衛の任を受け、騎士団長を辞して、彼女に付き従っております」
目の端に涙を溜めるほど笑うとか、超絶失礼なこの男の足を、怒りに燃え滾る心で、今度は全体重乗っけて踏みつけてやろうと考えている私とは対照的に、キールは「マジかよ……」と呟き、意気消沈しながら長椅子に倒れ込む。
「返せよ俺の初恋……」
「まあまあ少年、初恋っていうのは実らないらしいし、逆に相手が私で良かったじゃないですか。残念ながら失恋の痛みっていうのは聖女の力でどうこうできませんので、自力で立ち直ってもらうしかありませんが」
「……マジであんた聖女なのか?」
「大マジです」
「証拠見せろよ」
「ただでは嫌です。対価を頂ければお見せしますよ」
するとがばっとキールは起き上がり、
「ってことはやっぱり嘘なんだな!? 見せられないからそんなこと言ってるんだろう!? 大体聖女のくせに金取るとか、詐欺に決まってる! おい、母さんも、そこの顔だけの男の言葉に簡単に騙されるなよ!」
「ジェルスさんは顔だけではありませんよ。騎士ってだけあってめっちゃ強いんですからね! まあ性格はこの際横っちょに置いておいて」
「あなたは私のフォローをしているんですか? それともけなしているんですか?」
「事実を言ったまでです。だって私に、たまには優しい時もありますけど、基本はあんまり優しくないですもん」
「優しくしたら気持ち悪いと言っていたのはどこのどなたでしたか? あなたの頭はついさっきのことも記憶できないほどにスカスカなようですね」
「スカスカって……大体ジェルスさんは────っ!?」
ジェルスさんとの言い合いが始まりそうになったその時、軽快に飛ばしていたはずの馬車が突然スピードを落として止まり、その勢いに呑まれ、体が思いっきり壁に叩きつけられた。




