極悪非道の大作戦!ドッペルゲンガー討伐RTA!?
修行と闘技場の修復を終え、全ての準備を済ませたたおっさんは今、再び試練の塔へと挑もうとしていた。前回は六十階で失敗した為、五十六階からの再スタートとなる。
だが最上階に近い階層とはいえ、一度クリアした階層で今更躓く筈もなく。おっさんは五十六階から五十九階までを一気に突破して、あっさりと六十階へと到達した。
その六十階のボス部屋へと繋がる大扉を前に、おっさんは自分が柄にもなく緊張しているのを自覚し、自嘲の笑みを浮かべる。
「さて……行くか」
おっさんはその場で煙草を一本吸って気分を落ち着けた後に、ゆっくりと扉を開いて部屋の中へと入っていった。
「居やがったな」
部屋の中心には、前回と同じように黒い人影、ドッペルゲンガーが突っ立っていた。此方から触れない限りは微動だにしない点も同様である。
おっさんはアイテムストレージからオリハルコン製の刀身を持つ大業物の野太刀【八咫鴉】を取り出して装備し、ゆっくりとドッペルゲンガーへと近付いていった。
かつて使っていた愛刀をゲーム内で再現し、闘技場での百人組手によって錆び付いた腕を鍛え直し、各種戦闘スキルのレベルやステータスも前回よりも向上している。
前回敗北した時と違って、準備は万端だ。だと言うのに、
「チッ……久しぶりだな。負けるかもしれねぇと思って戦いに臨むのは」
常に自信満々で傲岸不遜、傍若無人を地で行くおっさんの中にも、今回ばかりはほんの僅かな不安が残っていた。だが、おっさんはそれを振り払って進む。
たとえ不安や恐怖があろうと、ここまで来た以上はやるしか無いのだ。
刀を握る手に無意識に力を籠めながら、おっさんはドッペルゲンガーに触れようとした。だがしかし、その直前に着信音が鳴り響き、おっさんの戦意を挫くのだった。
着信音と共にチャットアプリのウィンドウが立ち上がる。おっさんが通話ボタンを押すと、通話相手の顔と名前がウィンドウ上に表示された。
「よう負け犬、これからリベンジか?」
「何の用だカス猿。俺は忙しいんだ、てめぇの下らねぇ話は後にしろ」
まさしく犬猿の仲の二人は顔を合わせるなり、いつものように罵倒し合う。普段はそのまま口喧嘩が激化するのだが……
『アイザック・フォークナーさんがチャットに参加しました』
その通知の通り、彼らの親友であるアイザック・フォークナーが参加してきた事によって、彼らは一時休戦した。
「やれやれ、君達は目を離すとすぐにこれだ」
大袈裟なジェスチャーで呆れを表現するアイザックに、おっさんが言った。
「アイザック、おめぇまで一体どうしたよ?相変わらず忙しいだろうに」
「おう、全くだ。この自称自営業の半ニートと違って俺らは忙しいからな」
煌夜が付け足した余計な一言により、おっさんの額に青筋が浮かぶ。
「ほーう。流石、忙しさにかまけて家庭を顧みないお父さんは言う事が違いますなぁ。ところで杏子の奴、最近は父兄参観やら三者面談のお知らせ、直接俺やカズ坊の方に持ってくるようになったんだが……お前もう忘れられてねぇか?それについて何か言う事はあるなら聞くが」
「ぐふぅっ!」
おっさんが反撃で放った嫌味で、煌夜が即死級の大ダメージを受けて崩れ落ちた。
「すまぬ……すまぬ……ぶっちゃけ今更どう父親ヅラしたら良いのか分からんのだ……二人共お前に懐いてるし、一夜も立派に独り立ちしたしで、俺もういらないんじゃないかなって……」
フルダイブ技術の実用化の目途が立ち、会社を設立したばかりで最も忙しかった時期は恭志郎が代わりに子供達の面倒を見てくれて非常に助かったのだが、それが終わった頃には子供達の中で、煌夜は居ないも同然の存在となっていた。そんな悲しい現実から目を背け、煌夜は仕事に逃げて、ひたすらゲーム作りに没頭した。そうして完成したのが数々のヒット作を世に送り出し、世界初のフルダイブVRMMORPGを生み出したスーパーゲームクリエイター、四葉煌夜という男である。
「恭志郎、もう許してやりなよ。それに、その発言は僕にもダメージが」
留学中の一人娘を恭志郎に預けている身であるアイザックにも思う所はあったようで、鳩尾のあたりを抑え、苦悶の表情を浮かべている。
「お、おう……なんかすまねぇな。そこまでダメージ受けるとは思わなかったぜ」
「いや……俺の方こそすまんな……いつも助かってるわ」
「よしやがれ。俺にとってもあいつらは自分のガキも同然だし、好きでやってる事だ」
なんだか微妙な空気になりつつも、二人は和解した。
「あー……それでお前ら、いったい何の用だったんだ?」
おっさんがそう訊ねると、二人はこう答えた。
「それは勿論、お前とお義父さんの決闘を見物にな」
「僕も、噂のグランドマスターの剣技を一度見てみたくてね」
彼らは単純に、興味本位で見物に来ただけであった。
「ああ、そうだ。ついでにお前らの戦いを見学したいって言う子供達にも声をかけてあるぞ!」
「は?おい、ちょっと待てお前。そりゃどういう……」
邪悪な笑顔でそう言った煌夜をおっさんが問い質そうとした時、通話アプリのウィンドウ上に複数の通知が一気に表示された。
『如月響さんがチャットに参加しました』
『草薙宗司さんがチャットに参加しました』
『紫藤怜奈さんがチャットに参加しました』
『四葉一夜さんがチャットに参加しました』
『冬月景悟さんがチャットに参加しました』
『穂村灯さんがチャットに参加しました』
『御剣智哉さんがチャットに参加しました』
『不破直刃さんがチャットに参加しました』
彼らの名前と顔が、ウィンドウ上に表示される。その八人の男女は全員が十代後半から二十代半ばの若者であり、おっさんは彼らの顔によく見覚えがあった。
彼らの正体は全員が封龍八門と呼ばれる剣術、その八つの門派それぞれの継承者、あるいは次期継承者と目されている若き剣士達であった。
「そういう事だ、おっさん。俺達も見学させて貰うぞ。あんたと大師父の戦いを見る事は、こいつらにとっても得難い経験になる筈だからな」
彼らを代表して、四葉一夜が有無を言わさぬ口調でそう言った。
「てめぇら……どいつもこいつも、好き勝手言いやがって」
自分を棚に上げて、おっさんが怒りと共にそう口にする。
「ああ分かったよ、見たけりゃ見せてやるよ!だがなぁ……」
おっさんは悪戯好きの悪ガキのような笑顔を浮かべ、こう宣言した。
「誰がてめぇらの期待するモンを見せてやるかよ!ここは俺らしいやり方でやらせて貰うぜ!」
「なっ……?何をする気だ恭志郎!?」
煌夜の声を無視して、おっさんがアビリティを使用する。
「【リモート・バンカー】!」
おっさんがその技能を発動させると、彼の前に異空間への扉が開く。効果は街にある銀行や倉庫に繋がるゲートを開き、何処にいようともアイテムやお金を預けたり、預けてある物を取り出したりできるという非常に便利な物だ。
習得するには商売スキルをレベル70まで上げなくてはならず、なかなか難易度が高い。ちなみに同様の効果を持つ消耗品も課金アイテムだが存在する。
おっさんはそのアビリティの効果によって、倉庫に預けてあった大量のアイテムを自身のアイテムストレージへと転送させ、代わりに道中で入手したアイテムや、この戦いで使用する予定の無い物を倉庫に預けるのだった。
「よし……これで準備が出来たぜ。それじゃ……」
おっさんは通話アプリを通して彼の姿を見ている者達に、カメラ目線で良い笑顔を浮かべて、高らかにこう宣言した。
「ドッペルゲンガー撃破RTA、はっじまーるよー!」
「!?」
おっさんが口にしたRTAとは、リアル・タイム・アタックの略であり、ゲームそのものやゲーム内の特定のコンテンツを、開始してからクリアするまでの時間の短さを競うプレイスタイルの事を指す。その為、当然だがプレイヤーは最短時間へのクリアを目指して、徹底的に効率的で無駄の無いプレイングを模索し、実行する。
「それじゃあゲームスタートだ!」
おっさんはストップウォッチのアプリを起動して時間計測を開始すると同時に、ドッペルゲンガーに向かって走り出す。
「ここで解説だ。このドッペルゲンガーだが、こいつはプレイヤーが触れると変身して襲い掛かって来るわけだが、その前には一切ダメージを与える事が出来ねぇ。だが逆に変身するまでの間、こいつは一切動けないわけだ。だから、このように事前の準備がやりたい放題だ」
おっさんはそう言うと、ドッペルゲンガーが立っている周辺の床に地雷を埋め、爆弾や毒ガス発生装置、クレイモアトラップ等を次々と設置していった。
「よし、これで罠は設置完了だ。では次は大砲とミサイルを設置する」
そう言っておっさんが、少し離れた場所に魔導キャノンやミサイル発射装置を設置していった。
「後は機銃を、ドッペルゲンガーを囲むようにぐるりと配置していこうか」
そして宣言通りに、おっさんは合計二十四台の銃座をドッペルゲンガーの全周囲に設置していった。そして……
「だが問題は、俺の体は一つしか無いから、せっかく設置した兵器も同時に使う事は出来ないって事だ。ならばどうするかって?こうするのさ!」
おっさんがアイテムストレージから、複数の巻物を取り出した。
「マジックスクロールぅ~」
未来から来た青い猫型ロボットの声真似をしながら取り出したその巻物は、名前の通りに魔法が込められた品だ。使い捨ての消耗品だが、これを使う事で本来自分が覚えていない魔法を一回だけ使用する事が出来る優れものである。
「それじゃあ早速使うぜ。【コールサーバント:ゴブリン・レギオン】!」
その巻物に封じられていた魔法は、ゴブリンと呼ばれる醜悪な見た目と粗末な衣服を着た、小鬼の群れを呼び出す召喚魔法であった。
「さあゴブリン共、配置につきな!目標をロックオンして俺の合図があるまで待機だ!」
「ゴブッ!」
ゴブリン達がおっさんの指示に頷き、銃座や大砲、ミサイルといった兵器の発射準備を始める。そしておっさんもまた、あるアイテムをストレージから取り出して、床に置いた。
「おい、おっさん……何だそれは」
カズヤが思わず口を出すと、おっさんはニヤァ……と邪悪な笑みを浮かべ、床に置いた物を紹介するように横に立って、言った。
「傭兵時代に培った鉄砲火器の知識を元に造った、アルカディア破壊爆弾だ」
「えぇ……」
それは直径がおっさんの身長よりも大きな、導火線が付いた丸い形の巨大爆弾だった。
見守る者達がドン引きする中、おっさんはいよいよ戦闘……否、数々の兵器による一方的な蹂躙を開始しようとしていた。
「やめろ、恭志郎!そんな事しちゃいけない!お前今まで刀作ったり、闘技場に人集めて修行したりして頑張ってたじゃねぇか!あの努力はいったい何だったんだ!?一度冷静になって、正々堂々と剣で戦うんだ!恭志郎ぉぉぉぉぉ!」
煌夜のその叫び声に、おっさんは一度足を止めるが、
「俺も最初はそのつもりだったんだがな……悪いな、気が変わった」
そう無慈悲に宣言した。前回までの数話、書籍にしておよそ90~100ページ分にあたる長さを費やした準備が全て茶番に変わった瞬間であった。
「お前RTAなら事前に作ったチャート通りにやれよォ!前にレトロゲーのRTAやった時も、そうやって結局クソみてぇなタイムになったじゃねぇか!」
「うっせー!男なら気合とオリチャーでカバーするんだよ!はいスタートぉ!」
ヤケクソ気味にそう言いつつ、おっさんが巨大爆弾の導火線に火を点け、上空に高々と放り投げると同時にドッペルゲンガーを強烈な右フックで殴り倒した。
それがトリガーとなり、ドッペルゲンガーの持つ変身アビリティ【悪夢の化身】が発動した。それによってドッペルゲンガーは、触れた相手であるおっさんが最も恐れる存在、彼の義父であり師、不破龍斎の姿へと変身する。
【Floor Mission Start!】
同時にミッション開始のメッセージが流れ、戦闘開始……と同時に、おっさんが有無を言わさず先制攻撃を仕掛けた。
「よっしゃあ今だ!死にやがれ!」
おっさんがバックステップで部屋の入口付近まで退がりながら、ドッペルゲンガーの周囲に配置していた罠を一斉に起動させる。同時に召喚されていたゴブリン達が機銃や大砲、ミサイルを一斉に撃ち尽くし、同じタイミングで巨大爆弾がドッペルゲンガーの頭に落下して大爆発を起こした。
「そして、こいつでトドメだ!」
おっさんが追加で魔導兵器を取り出し、床に置く。それは幾つもの砲身が環状に並べられたものに二つの車輪が付いた独特のシルエットを持つ、ガトリング砲だった。
おっさんがハンドルを回して銃身を回転させると、それに弾丸が自動で装填されて発射されていく。一分に二百発以上の弾丸を発射可能なその兵器によって、ドッペルゲンガーに次々と銃弾が叩き込まれる。
「まだまだぁ!【バレットカーニバル】!」
更にガトリング砲の弾を撃ち尽くしたおっさんが、ブラックライトニングを装備して奥義を発動し、装填されていた魔力弾を全弾撃ち尽くした。その結果……
【Floor Mission Complete!】
ドッペルゲンガーは近代兵器と数の暴力により、何も出来ずに死んだ。
「……ヨシ!」
おっさんが片足で立ちつつ、ドッペルゲンガーの死体をビシッと指差す妙なポーズを取りながら、満足げな表情でそう言った。
どれだけ強い力を持とうとも、たった一人の人間が不意打ちで避ける隙間も無いほどの飽和攻撃を受ければ、生き残るのは不可能だ。
これは、バトルロイヤルにてメテオ・ストライクによる不意打ちをもって参加者全員を纏めて薙ぎ倒した、エンジェの戦い方を見て思いついた作戦だった。そういう意味では、あの闘技場での修行も全く無駄ではなかったのかもしれない。
元々おっさんは剣で真っ当にドッペルゲンガーと戦おうとしていた為、本来はもっと別の……以前戦ったシャークギドラのような、巨大ボスモンスターとの戦いの為に用意していたものだったが、おっさんの気紛れによって一足早いお披露目となった。
これにて、ドッペルゲンガー討伐RTAは完走。クリアタイムは準備時間を含めて、僅か五分と四十二秒の新記録樹立だ。
「ようお前ら……俺と親父が剣士として戦う所が見たかったんだってなぁ?」
それを見て、唖然とする者達におっさんは告げる。
「てめーらには見せてやんねー!クソして寝ろ!」
両手の中指を立て、ゲス顔で酷すぎる捨て台詞を言い放ち、おっさんはゲラゲラ笑いながら通話を一方的に打ち切り、出現した六十一階に繋がる階段を登っていくのだった。
「……ああ。あの臍曲がりならそうするわな……見せろって言って素直に見せるような奴じゃなかったわ。うん、俺が悪かった」
そう力無く呟いて、四葉煌夜は頭を抱えた。
余談だがこの後、集まった若き剣士達はアルカディアのプレイを開始する事を決意していた。
「成る程。見せてくれないなら仕方が無いな」
「うむ……自分で乗り込んで挑むとしかあるまい」
「然り」
「……そんな訳で煌夜さん、一夜さん以外の七人分のクライアント・ソフトの手配を、どうかよろしくお願いします」
こうしてアルカディアに、おっさんを狙うプレイヤーが七名追加される事になった。彼らは剣の腕は兎も角、ゲームに関しては全くの素人ではある。だがカズヤが付きっきりで指導する約束を交わしている為、その問題もそれほど時間を要さずに解決するだろう。
それでおっさんは後々苦労する事になるのだが、今回の件に関しては自業自得である。
だが何はともあれ、おっさんは無事に試練の塔を制覇し、女神が待つという六十一階へと到達したのであった。




