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謎のおっさんオンライン(改)  作者: 焼月 豕
Rising of the Tyrant
30/38

あの日の約束!今日こそ俺はあなたを超える!(後)

前後編を同時に投稿しておりますので、まだの方は前話からお読みください。

 おっさんとカズヤが、闘技場の中心で互いの剣技と意地を正面からぶつけ合い、火花を散らす中、観客席では一人のプレイヤーが席を立ち、その場を後にしようとしていた。

 周囲の観客が皆、おっさんとカズヤの激闘に夢中になっている、あるいは彼らの戦いから何かを学び、掴もうと必死になっている中で、その人物だけは、

「これ以上は見るに堪えない」

 そう言いたげな悲痛な表情で立ち去ろうとしていた。

 その者の名はエンジェ。長い銀髪をツインテールにしており、黒い眼帯で片目を塞いでいる小柄な少女だ。白と黒を基調としたゴスロリ風の衣装の上に黒いマントを着て、手にはその背丈よりも長い魔導杖を持っている。

 彼女は客席を抜けて通路に辿り着き、周囲に誰も居ない事を確認した後に、力無くその場にへたり込んだ。床に膝と両手を突き、悲痛な表情で項垂れるその姿は七英傑、最強の魔法使い、魔王と呼ばれて恐れられるトッププレイヤーとは思えない程、弱弱しい物だった。

 普段は尊大で大仰な、芝居がかった言葉遣いをするエンジェだったが、現実世界ではまだ十四歳の少女である。彼女の本名は四葉杏子。四葉一夜の実妹であり、不破恭志郎の姪だ。

「くそっ……くそっ、畜生ッ!なぜ私は……ッ!」

 拳を握り、床に打ち付けながらエンジェが顔を歪ませる。今の彼女の心にあったのは、強い嫉妬と敗北感、そして自己嫌悪であった。

 四葉杏子にとって、四葉一夜という男は不在がちの両親に代わって、常に自分を守ってくれる存在だった。最も身近な家族であり、尊敬する大人であり、そして……

 杏子にとって一夜は、常に目の前に聳え立つ、あまりにも高い壁であった。

「兄は天才なのに、妹は平凡なんだな」

「四葉一夜の妹なのに」

 そんな心無い言葉に傷つけられた事は、一度や二度ではなかった。それでも彼女は努力家であり、また兄には劣るとはいえ才能もあったのだろう。勉強でも、運動でも、それ以外のありとあらゆる分野でも極めて優秀な成果を出し続けてきた。

 それでも杏子は、認められる事は無く。

「あいつの妹なら当然」

 兄を知る者は皆、彼女を兄と比較した。

 彼らが見ているのは正真正銘の天才である兄であって、その劣化コピーに過ぎない自分ではない。聡明な彼女がそれを悟るのに、そう時間はかからなかった。

 やがて彼女は兄に対して強烈な劣等感と対抗心を抱くようになり、事ある毎に兄に挑むようになって……そして、数えきれない程に敗北を重ね続けた。

 学問でも、運動でも、武術でも、芸術でも、ゲームでも、何をやっても杏子が一夜に勝つ事は、ただの一度も無かったのだ。

「考えずとも当たり前の話だ。凡人が必死になって努力して挑んだ、その程度で倒せるような輩を、誰が天才などと呼ぶものか」

 理性は勝てる筈がない、諦めろと囁き、本能はそれでも諦められないと足掻こうとする。そんな日々の果てに今日、この場での戦いを見た。

 不破恭志郎。彼女が知る限り、この地上で最も強い男。彼女にとっても恭志郎は父親のような存在であり、そして兄とは方向性は違うが化物じみた天才だった。

 人の持ち得る才能を、戦いという一点のみに集中させたような人外の存在。兄を万能の天才と呼ぶなら、あの叔父は戦闘の鬼だ。まともに戦って勝てる訳がない。

 だがこの日、そんな存在と真正面から斬り合う兄の姿を見て、

(どうして、そんな事が出来る……!私は、どうやって勝てばいいんだ……)

 彼女は、絶望した。

 常に頭の中にちらついていた、自分は一生あの男に勝つ事が出来ないのではないかという予感が、遂に全身に毒のように広がり……

(無理だ。これ以上見ていたら、私の心は折れて、死んでしまう)

 そして、彼女は逃げ出した。

 そうやって進むべき道を閉ざされ、かと言って諦めきる事も出来ずに動けなくなってしまったエンジェだったが、そんな彼女に話しかける者がいた。

「キョーコ」

 聞きなれた声で本名を呼ばれ、顔を上げると、目の前にはいつの間にか金色の髪に犬耳のアクセサリを付けた忍装束の少女、アナスタシアが居た。

「……マリア姉」

 年上の幼馴染の名を呼ぶエンジェの目から、涙が一筋零れる。そんな彼女の悩みをよく知っていたアナスタシアは、黙ってエンジェを抱きしめた。

 アナスタシアの胸に顔を埋めたまま、エンジェは絞り出すように叫ぶ。

「悔しいよ……お兄ちゃんも叔父さんも、いつも二人だけ強くて、私は弱いままで……!」

 アナスタシアは、それを聞きながら無言でエンジェの頭を撫でていた。

「けど……それでも、弱いままなのは嫌だ……!」

「私だって……!私だって出来るんだ……ッ!」

 それを只の虚勢、負け惜しみだと言う者も居るかもしれない。だが例えそうであったとしても、彼女は絶望を抱えながらも確かにそう決意し、己の意志を叫んでみせた。

「ウン……大丈夫、できるヨ、絶対」

 アナスタシアは、この小さな幼馴染が殻を破る日は近いと感じていた。


  *


 そして闘技場におけるおっさんとカズヤの戦いは、ますます激しさを増していた。

 もはや常人の目にはその姿を捉える事すら難しい程の速度で、止まる事なく動き続けるばかりか、更に加速しながら一発一発が当たれば必殺の斬撃を繰り出し、相手が放つそれを紙一重で躱しながらカウンターを狙う。

 闘技場の地面は彼らの地を穿つ程の力強い踏み込みや着地によって荒れ果て、壁は叩きつけられる衝撃波によって複数箇所が破壊されている。それほどの激しい戦いだ。

「速すぎる……!目で追うどころか、まともに見えねぇ!」

「馬鹿な、あれが人間の動きだと……!?」

 観客はその危険すぎる戦いから、見えずとも目を離せないようだ。

 そしてもう何度目か分からないぶつかり合いの後、二人は弾かれるように同時に後方に跳躍し、そして、ようやく停止した。

「ここまで、よく着いてきたな、カズ坊」

 そこで構えを解き、おっさんがそう言った。

「お前のお陰で良い修行になったぜ。体も良い具合に暖まってきたし、腕の錆もだいぶ落とせた。礼を言おうじゃねぇか」

「……礼には及ばないさ。俺にとっても刀を使うあんたと本気で戦う事は、得難い経験になった。それに……俺もそろそろ勝負を決めたいと思っていたところだ」

 ここまでの戦いを、まるで練習やウォーミングアップだったとでも言うような彼らの言葉に、それを聞いていた者達は戦慄を覚えた。

 誤解無きように言っておくと、決して彼らは今までも手を抜いていた訳ではなく、本気で戦っていた。だがそれはあくまで修行や、試合用の本気であったと言う事だ。

 ゆえに、ここから先は……

「じゃあ、そろそろ終わりにするか」

「ああ、名残惜しくはあるが……決着を付けよう」

 目の前の相手を斬り、戦いを終わらせる。二人の意識がそう変化した。

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「行くぞ……ッ!」

 鬼気迫る表情で裂帛の気合を放つおっさんと、静かに闘気を内に漲らせるカズヤ。対照的な二人が共に必殺の構えを取る。

 先に動きを見せたのはカズヤだった。彼は極限の集中により、人の限界を超えた力を引き出そうとする。それこそが、彼らが修めた流派の本質である。

「封龍八門・四の秘剣……」

 人間の肉体という物は普段、本来持つ力を半分も使えてはいないと言われている。それは肉体を保護する為に、脳が無意識にリミッターをかけているからだ。常に出し得る全ての力を開放していれば、いずれその力が持ち主の体を崩壊させてしまう為に、そのような制限が設けられている。

 だが、特定の条件下でそのリミッターが解除される事がある。いわゆる火事場の馬鹿力と呼ばれる、命の危機が迫った際に人間離れした力を発揮するものや、死の直前に時間が非常にゆっくり流れているように感じ、それまで経験した事が脳裏に次々と過ぎ去って行く現象がそれだ。これらは死の危険を察知した脳が、一時的にリミッターを解除する為に起きる。

 封龍八門の秘剣とは、そういった現象を意図的に起こす物だ。

 彼らは極限まで鍛えられた精神力と集中力によって、自らの意志で肉体が持つ潜在能力を全て解放し、人間の限界を超える事が出来る。そして肉体も、そうして解放された力によって崩壊せず、耐えられるように徹底的に鍛え抜かれている。

 元々は人外の、超常の存在と戦う事を想定して作られた剣術である。そのような鍛錬を経て完成した封龍八門の剣士が本気を出すと言う事は、すなわち人間を超越するという事と同義だ。

 そしてカズヤが、その技の名を叫ぶ。


「【神威】ッ!」


 その瞬間に、カズヤの視界から色と音が失われ、世界の全てがスロー再生した映像のような状態と化した。

 身体能力と思考速度を人外の領域まで引き上げた事による、まるで止まった時間の中を一人だけ動くかのような超加速。すなわち、疑似的な時間停止。

 それこそがカズヤが使用した技の正体であり、また、かつておっさんが火霊窟でレッドと戦った際に思わず使ってしまったものだ。

 そしてカズヤは停止した時間の中で、おっさんの喉に右手の剣による神速の突きを放つ。無防備な喉元に対する正確無比な最速の刺突。これが命中すれば、カズヤの勝利でこの戦いが終わるであろう。だが、それが命中する寸前に、カズヤの体を衝撃が襲った。

「がはっ……!」

 吹き飛ばされながら、カズヤの目はおっさんが刀を振り抜く姿を捉えていた。


「封龍八門・二の秘剣――【神薙】」


 カズヤと同様に、おっさんもまた秘技を発動させていた。おっさんが使用した技の正体……それは極限まで研ぎ澄まされた五感と、その延長線上にある第六感により敵が攻撃する瞬間……より正確に言うならば、攻撃しようと意識した瞬間を察知し、先んじて攻撃を行なうという物だった。

 どんな人間でも、動こうとして脳が信号を送り、体がそれを受け取って実際に動き出すまでの間にはタイムラグが生じるものだ。それが発生するのは僅か一秒にも満たないごく僅かな時間であり、常人にとっては無いも同然であろう。だがこの時のおっさんはそれを無意識に察知すると同時に、全く同時に無念無想の一撃を放っていた。全く意識する事なく、無意識の状態で放たれたその一撃には前述したタイムラグが発生しない。ゆえにおっさんはカズヤを速度で僅かに上回り、必殺の刺突をカウンターで切って落とす事が出来たのだった。

 おっさんのカウンターをまともに受けたカズヤが吹き飛ばされ、その体が崩れ落ちる。

「何だ……?今、何が……」

「わ、わからん。俺の目には、カズヤさんが消えたと思ったら、その次の瞬間には吹っ飛ばされたようにしか……」

「お、俺もだ。何が起きたのかは全くわからん……が、カズヤさんが倒れてて、おっさんが立ってるって事は、つまり……」

「おっさんの勝ち……で、いいんだよな……?」

 何が起きたのか分からず、戸惑う観客達のどよめきが闘技場全体に広がる。そんな中でおっさんが静かに、倒れ伏すカズヤに歩み寄って蘇生薬を使用した。

「よう。残念だったな」

「ああ……だが、今のでその技は覚えた」

 おっさんが使用した蘇生薬によって死亡状態から回復したカズヤが体を起こし、言った。敗れたばかりだが、その瞳には闘志の炎が宿っている。

「なぁ、カズ坊よ」

 おっさんはそんな彼に、静かに語りかけた。

「前にも言ったがな……おめぇは才能だけなら、俺なんぞよりずっと上だ。それに、とっくに全盛期を過ぎた俺と違って、これからまだまだ成長する人間だ。おめぇなら焦らなくても、あと五年もすりゃあ俺を追い越せるだろうよ」

 おっさんが語る内容は事実だ。おっさんは来年で四十歳を迎える身であり、戦士としての頂点(ピーク)を過ぎた人間だ。

 技術は兎も角、肉体や感覚といった面では衰えを防ぎ、現状を維持するのが精一杯であり、これ以上の成長は望めないだろう。

 それに対してカズヤは、これから大人の男として成熟していく年代だ。ゆえに、いずれおっさんに追いつき、越えて行くのは当然の事だと言える。

 そして、そんな事はカズヤ自身、百も承知だった。

「それでも俺は、今のあんたに勝ちたかった」

 いつか完成した自分が、衰えたおっさんに勝つのではなく。

 カズヤは今の未完成の自分のまま、強いおっさんを超えたかったのだ。

 俺は強くなった、約束を守れたと、胸を張りたかったのだ。

「……そうかい。なら、いつでもかかって来な」

 そう言ってカズヤに背を向けたおっさんの顔には、呆れと喜びと哀しみが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。

「……ったく、ガキの頃の約束なんぞ、さっさと忘れちまって構わねぇってのに」

 そう言って、自身のぼさぼさの頭を乱暴に掻きながら、おっさんは呟いた。

 だがその約束こそが、今日までカズヤを支えてきた大切な物なのだろう。それを思うと、おっさんはそれ以上何も言う事が出来なかったのだった。

 そしておっさんは再び闘技場の中心に立ち、観客席に向かって大声で語りかける。

「さて……長時間の観戦お疲れさんだ!これで百人、きっちり全員倒してやったぜ!」

 最初は混乱していた観客達も時間が経って状況を呑み込めたのか、おっさんの言葉に惜しみない拍手や賞賛の言葉で応えたのだった。だが次の瞬間に、

「と、いう訳で……最後のイベントを始めるとしようか」

「「「「「なっ……!?」」」」」

 ざわっ……!おっさんが放った何気ない一言に、会場中がざわめく。これで終わりかと思って油断していた者達が、おっさんの言葉に緊張を走らせる。

 おっさんが語る、最後のイベントとは一体何だ?

 彼らは覚悟を決めて、おっさんの言葉に耳を傾けるのだった。

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