天敵登場!?地上最強の剣!
試練の塔、第六〇階層。六十一階に居るという創世の女神イリアの下に辿り着く為の最終関門。ここのボスを倒せば、いよいよ彼女に会う事が出来る。
おっさんは最終ボスが待ち受ける部屋へと繋がる、扉の前に立っていた。普通の人間ならば多少は緊張する様子を見せるような場面だが、おっさんはいつも通りのふてぶてしい表情で、暢気に煙草を吸っていた。
扉に背中を預けたまま三本の煙草を吸い終えたおっさんは、改めて扉へと向き直る。そして右足を上げると、扉を勢いよく蹴り開けて部屋の中へと押し入った。
「……何だ?こいつは」
その部屋の中心に居たのは、一体の人影だった。
そう、まさしく文字通り人影と言っていいだろう。何しろそれは、人間の形をしてはいるものの、その色は頭の天辺から足の先まで全て、黒一色に染まった影のような物なのだから。
おっさんがその黒い人型のモンスターらしきものを凝視すると、その名前とHPの残量を示す赤い色のバーが頭上に表示された。
【ドッペルゲンガー】。それが、そのモンスターの名称のようだ。
「動かねぇし……マジで何なんだ?」
おっさんが目の前に立っても一切動かず、何の反応も見せない影を不審に思いつつも、おっさんはアビリティ【アナライズ】を使用し、ドッペルゲンガーのデータを閲覧する。
『アナライズに成功しました。ドッペルゲンガーの詳細を表示します』
それによって表示された内容を、以下に記そう。
【ドッペルゲンガー】
HP1/1 MP0/0 STR1 VIT1 AGI1 DEX1 MAG1
所持技能:【形無き影】【悪夢の化身】
【形無き影】詳細
ドッペルゲンガー専用アビリティ。常時発動型。
このモンスターはダメージと他者からの効果を一切受けない。
【悪夢の化身】詳細
ドッペルゲンガー専用アビリティ。条件を満たした際に自動発動する。
このモンスターは、触れた者が最も恐れる物や、強いと思う者に変身する。
このアビリティが発動するとステータスが変化し、【形無き影】は効果を失う。
「また面倒臭そうな奴だな……」
そう呟きながら、おっさんがドッペルゲンガーに手を伸ばそうとするが、その直前に通話アプリが着信音を鳴らし、ウィンドウが立ち上がった。発信相手の名は、四葉煌夜。おっさんは通話ボタンを指でタップして電話に出と、開口一番にこう言った。
「こちらの電話番号は、てめぇのようなファッキン・モンキー相手には現在使われておりません。電話番号をその節穴アイと腐れ脳ミソでお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい」
「お前はいちいち罵倒しないと話も出来んのか?もう良い歳なんだから、少しはこの俺のように、礼儀とか相手への思いやりとかを身に付けるべきだろう?クソ虫が」
恒例となっている罵倒合戦を交わした後に、彼らは本題に入った。
「それで、何の用だ?」
「いや、大した用じゃないさ。ただお前がドッペルゲンガーに触った時に、何に変わるかが気になってな。一体こいつは何を怖いと思ってるのかと」
おっさんの問いにニヤニヤと愉しそうに笑いながら、煌夜が答える。おっさんはそれを鼻で笑う。
「馬鹿野郎が。俺を誰だと思ってやがる。怖いモンなんかある訳ねぇだろうが」
おっさんは本心からそう言い放つが、煌夜はそれに対して言う。
「果たしてそうかな?お前も薄々気付いているとは思うが、このゲームはプレイヤーの意志や考え、そして無意識下の思考までをも読み取り、反映させている。それらによって生み出される非正規スキルや、オリジナルアーツなんかが良い例だ。そしてそれは、お前の前に居るドッペルゲンガーも同様だ。そいつはお前の、無意識に隠された恐れを形にするだろうよ……!」
「ケッ、くだらねぇ!言った筈だぜ、俺に怖いモンなんか無ぇし、俺より強ぇヤツなんざこの世に存在しねぇ。何が来ようがワンパンでブッ飛ばしてやるよ」
そう吐き捨てて、おっさんはドッペルゲンガーの顔面に拳を叩き付けた。【形無き影】の効果によって当然ながらダメージは発生しないが、それによってドッペルゲンガーが吹き飛ばされる。
「………………」
おっさんの拳による攻撃で吹き飛ばされたドッペルゲンガーが、ゆっくりと立ち上がる。同時にそのシルエットが揺らぎ、ドッペルゲンガーが【悪夢の化身】の効果で姿を変えていく。
「姿が変わるな。さて、一体何が出てくるのかなぁ?」
「フン、何だって構わねぇさ。勿体つけてねぇで、さっさと来やがれ!」
煌夜が楽しそうに、おっさんが憮然とした表情で言う。だが次の瞬間、二人の顔が凍り付いた。何故ならば、ドッペルゲンガーが変化し、おっさんの前に現れたのは……
「恭志郎に煌夜。相変わらず喧嘩ばかりか、お主らは。もう四十にもなるのだから、少しは落ち着かんか、この馬鹿息子どもが」
そう静かに語りかけながら、鋭い目でこちらを見据えるその男は……白髪の老人だった。身長は百八十センチメートル程で細身だが、その肉体は無駄なく鍛え抜かれており、立ち姿には一切の隙が見当たらない。顔に斜めに刻まれた傷痕と鋭い眼光、そして素人目にも一目で分かる、強者特有の威圧感。それらが見る者に凄まじいプレッシャーを与え、弱者は彼の前に立つだけでも命の危険に晒されるであろう。その姿、正に威風堂々。
彼は白い羽織袴を着用しており、その背中には家紋らしき物が描かれている。それは八つの珠が線で繋がれた正八角形であり、十一時方向の珠にのみ赤い色が付いている。そして、その八角形の中心には、正面を向いた黒き龍の頭が描かれていた。
そして彼がその手に持つのは、刃渡りが百センチを超える長さの刀。野太刀と呼ばれる物だ。
「親父……だと……!?」
「お義父さんじゃねぇか……」
その男を見て、おっさんと煌夜が同時にそう言った。
そう、彼こそがおっさんこと不破恭志郎の父であり、師であった。ドッペルゲンガーが変化し、おっさんの前に現れたその男の名は、不破龍斎という。
今から三十九年前に、山で剣の修行をしていた龍斎――彼は、とある古流剣術の伝承者であった――は、山奥で一人の赤ん坊を拾った。
「何故、このような場所に赤子が」
そう訝しみつつも、その子供に非凡な物を感じ、連れて帰った龍斎は、その男児を恭志郎と名付け、自分の子として育て、剣を教えた。
乾いた砂が水を吸うように、恭志郎は龍斎の業を習得し……そして、至上最年少となる十五歳で皆伝に至り、次期伝承者として指名された。
だがその次の日に、恭志郎は家を飛び出し……それきり、二度と戻る事は無く、それが恭志郎と龍斎の今生の別れとなる筈だった。
だが何の因果か、それから二十年以上が経過した今、この仮想電脳空間にて両者は出会った。片方は電子データによって作られた偽の肉体であり、もう片方は本人ですらない、記憶を元に再現された、モンスターが変身した姿ではあるが、今ここに親子にして師弟の再会は成った。
【Floor Mission Start!】
『フロアミッションが発生しました』
『突破条件:30分以内にドッペルゲンガーを撃破せよ』
『失敗条件:死亡または制限時間の経過』
ミッション開始のアナウンスと同時に、おっさんの記憶そのままの不破龍斎……の姿をしたドッペルゲンガーが野太刀を構え、ゆっくりとおっさんに近付いて来る。まるで力が入っていないかのような自然体で、亀のような遅い歩みではあるが、迂闊に近付けば一瞬で斬り捨てられる。そう感じさせる程の圧迫感を感じる。
おっさんは、彼にしては珍しく、最初から一切油断する事なく構えを取る。半身になって、掌を広げた左手を前に突き出し、右手は軽く握って腰の横に添える。そうして目の前の敵を見据え、迎撃の構えを取るおっさんだったが……その次の瞬間、驚くべき事に、突如としておっさんの目の前にドッペルゲンガーが出現した。
「うおおおおっ!?」
繰り返すが、おっさんには全く油断も隙も無かった。だと言うのに、おっさんは目の前に敵が現れるまで、その接近に気が付かなかったのだ。
いかに集中していようとも、人間である以上は必ず意識が逸れて、隙が出来る時間という物は存在する。ドッペルゲンガーはおっさんの意識の隙間……ほんの数十、あるいは数百分の一秒という刹那の時間を見切り、一切の予備動作も無く、数メートルはあった筈の彼我の距離を詰めたのだ。
突然目の前に出現し、死角から白刃を振るってきたドッペルゲンガーに面食らったものの、おっさんは即座にアビリティ【円空掌】を使ってそれを迎撃した。この防御技こそが、強敵との戦いでおっさんを支えてきた彼の十八番だ。
おっさんはそれを使って、ドッペルゲンガーの一撃を無力化したが……
「甘いわ!」
確かに弾いた筈の刀が、間髪入れずに同じ軌道を描いて再び迫り来る。おっさんはそれを後方に跳んで回避しながら、換装アビリティ【クイックチェンジ】を使用してブラックライトニングを装備し、宙返りをしながら魔力弾を放つ。
「無駄じゃあ!」
刃の軌跡が無数に分裂して見える程の速さで次々に剣を振るい、ドッペルゲンガーが魔力弾を全て斬り落としながら、再びおっさんに接近する。まるで地面を滑っているかのような滑らかな動きで、おっさんの目にも一切の隙が見当たらない。
「チッ……なら、こいつはどうだ!」
おっさんの持つ二挺の魔導銃剣が、その名の通りに黒い稲妻を纏う。それが銃口から、圧縮された雷球となって撃ち出された。
「【ライトニング・ブレイク】!」
だがおっさんの放った奥義が命中する事は無かった。何故ならば、その雷球が当たる直前に、ドッペルゲンガーが刀でそれを切断したからだ。
「三ノ型・雷切」
その速さは常人の目には、刀を構えた次の瞬間には振り終えているようにしか見えなかっただろう。まさに電光石火の一閃により、ドッペルゲンガーはおっさんの奥義を一刀の下に斬り捨てたのだった。
「チッ……やりやがる。まあ、これくらいは対応してくるか……」
「当然じゃ。雷も斬れんような未熟者を、不破家では剣士とは呼ばん。それはお主もよく知っている筈だがなぁ」
事も無げにそう言い、ドッペルゲンガーは刀を構えなおした。
その物言いと、老いてなお衰えぬ剣技の冴えは、おっさんの記憶にある本物の義父、不破龍斎そのままだ。
「実は親父がログインして中に入ってるんじゃねぇかと疑いたくなる程の再現度だな……」
ぼやきながら、おっさんは考える。思考内容は当然、この目の前の難敵をどうやって倒すかだ。
(こいつがあのジジイを忠実に再現していると仮定する。となれば、生半可な攻撃じゃ絶対に通用しねぇ。何しろこの男は、歴代の不破の剣士の中でも五指に入ると言われた正真正銘の化け物だ。常識が通用する相手じゃねぇ)
自分の事を棚に上げつつ、おっさんは考える。言うまでもなく、おっさんもまた世間一般から見れば、常識が通用しない化け物に分類される。
「なら、この一撃に賭けるとするか……」
おっさんは覚悟を決めた。相手が半端な攻撃が通用しない強敵であるならば、乾坤一擲の大技による一撃必殺を狙うしかない。
ブラックライトニングを装備解除し、素手になったおっさんが自身の体に指を突き入れる。自ら瀕死状態になる代わりに、一時的に大幅なステータスアップを齎すハイリスク・ハイリターンなアビリティ【修羅点穴】を使用したのだ。それによっておっさんの屈強な肉体が更に一回り大きくなり、膨れ上がった筋肉で彼の着用するツナギの上半身が、ビリビリと音をたてて破れる。
「はあああああああああッ!」
髪が逆立ち、鬼気迫る表情のおっさんが、気合の入った雄叫びと共に腰を落として力を溜めはじめた。その全身に闘気が漲り、おっさんの拳が白色の雷を纏う。
「何をするつもりかは知らんが……隙だらけだぞ!」
ドッペルゲンガーが再び、一足跳びでおっさんの目の前に移動する。そこは既に彼が持つ刀の間合の内だ。
そして、その手に握られた野太刀が、おっさんの首筋目掛けて振るわれる。だが、同時におっさんも必殺の一撃を放っていた。
「【秘拳・白虎】ッ!」
おっさんが増幅した闘気を解放し、そのアーツが発動した瞬間、おっさんの背後に聖獣・白虎の幻影が現れて咆哮を上げる。同時におっさんが雷光を纏った両掌を突き出し、ドッペルゲンガーに命中した。
おっさんが放ったこの技【秘拳・白虎】は、格闘スキルを最大値である一〇〇まで上げた上で、更に格闘スキルに属するアーツ【雷神掌】の熟練度を五〇〇〇まで上げる事でようやく習得可能な奥義である。習得難易度が非常に高い分、その威力も相当の物だ。
「ぐはぁッ!」
おっさんの奥義によって、凄まじい衝撃波と電撃を直接叩き込まれたドッペルゲンガーが、吹き飛ばされて壁に激突した。その衝撃で壁が崩れ落ち、ドッペルゲンガーの体は崩落する壁の残骸に飲み込まれていった。
「やったか!?」
煌夜が縁起でもない台詞を口にする。その台詞を誰かが口にした時、大抵の場合はやってないフラグが立つものである。
「……惜しかったのう」
その言葉と共に、崩れ落ちた壁の残骸に無数の切れ目が入り、細切れになる。そこに現れたドッペルゲンガーが、ゆっくりとおっさんに近付いてくる。その頭上に表示されているHPバーの量は半分以下まで減っており、色が緑から黄色に変わっていた。
おっさんの奥義による一撃はボスモンスターのHPを半分以上吹き飛ばしたものの、倒すまでには至らなかったようだ。
「チッ……浅かったか……」
対するおっさんはそう呟くと、その場に膝をついて動かなくなった。その頭上に表示されたHPバーの色は、赤を通り越して真っ黒に染まっている。それが示す事はつまり、彼のHPが0になったという事だ。
そう、おっさんが放った奥義【秘拳・白虎】は確かにドッペルゲンガーに命中していたが、同時にドッペルゲンガーの攻撃もまた、おっさんに当たっていたのだ。超高威力の奥義を急所に直撃させたおっさんの攻撃に対し、ドッペルゲンガーのそれはおっさんの首を僅かに切り裂いただけに留まっており、この攻防だけを見ればおっさんの勝ちと言えるかもしれない。
だが元々、自身の【修羅点穴】の効果によって瀕死状態になっていたおっさんにとっては、その僅かなダメージでも彼を死に至らしめるには十分なものだった。
ならば態々そんなハイリスクな技を使わなければ勝てたのではないか……と問われると、それは間違いだと答えよう。仮におっさんが【修羅点穴】による自己強化を行なっていなければ、先ほどの攻防はおっさんが一方的に首を刎ねられて終わっていたからだ。
ゆえに、おっさんはリスクを飲み込んで賭けに出たのだ。そして、おっさんはその賭けに負けた。ただそれだけの話である。
【Mission Failed】
『ミッションに失敗した為、1階に転送されます』
死亡し、フロアミッションの失敗条件を満たしてしまった為、おっさんは試練の塔の一階に強制転送され、そこで復活する事になる。
ドッペルゲンガーは消えていくおっさんの姿を見送りながら、口を開いた。
「今の貴様では、この私を倒す事は出来ぬ。その鈍った腕を鍛えて出直すがいい」
そしておっさんは転送された一階にて復活し、無言でその場を後にした。その顔には強い怒りと悔しさが滲み出ていた。
こうして義父にして師たる男、不破龍斎を再現したボスモンスターに敗れたおっさんは復讐を誓い、己を鍛え直す事を決断したのだった。




