修行準備!どうせやるならド派手にやるぜ!
ドッペルゲンガーに敗北し、試練の塔を後にしたおっさんは、その足で街の南西にある工房へと向かった。そしておっさんは工房の扉を全力で蹴り開けると、中に居た職人プレイヤー達に向かって一方的にこう叫んだ。
「てめえら、仕事の時間だ!」
それに対する職人達の対応も、もはや慣れたものであった。
「「「「「詳しい話を聞こう」」」」」
彼らは一片の迷いも無くそう返した。話が早くて大変結構である。おっさんはそんな彼らに、仕事とやらの内容を説明した。
「広い場所が必要だな……誰か、フィールドの土地を買う方法に詳しい奴いる?」
「官庁のNPCに申請すれば買えるぞ。基本的に自動で処理されるけど、規模がデカくなるとGMの承認が必要だったはずだ」
「じゃあ今回はそうなるか……かなり大規模な工事だからな」
二つ返事で引き受けた職人達が、慌ただしく動き出す。どうやらおっさんと仲間達は、土地を購入して何かを作ろうとしているようだ。何らかの建築物を建築するつもりだろうか。
「イベントの申請はおっさんがやるんだよな?」
「そりゃあ主催者だし、当然俺がやるべきだろうな」
あるプレイヤーの質問に、おっさんが答える。どうやらおっさんは購入した土地を利用して、何らかのイベントを開催する腹積もりのようだ。
「テツ、ゲン爺。素材集めは任せたぜ」
「おうよっ!行くぞお前ら、採掘の時間だ!」
「ふん、任せておけい」
鍛冶師のテツヲと木工職人のゲンジロウが、仲間を連れて素材集めに向かうのを見送り、おっさんは腕まくりをして楽しそうに笑った。
「さて、俺も動くとするか。忙しくなりそうだぜ」
そうしておっさん率いる職人達は、とある目的のために動き始めた。
*
そして次の日。おっさんは購入した土地――城塞都市ダナンの全周を覆う城壁の外側、モンスターが出現しない、プレイヤーが購入可能な土地だ――に、とある建築物を建造していた。
職人仲間と共に作業を進めていたおっさんに、来客があったのはそんな時だ。
「おっさん、来たぞ。いったい何の用……いや、そもそもこの建物は何だ?」
「シショー!また何か面白いコト始める気デス?」
おっさんを訪ねて来たのは、カズヤとアナスタシアの二名であった。どうやら彼らは、おっさんに呼ばれてここに来たらしい。
カズヤは以前、おっさんと共に火霊窟を攻略した際に入手した鱗の軽鎧を着用し、その上に外套を羽織っている。動きを阻害しない軽装ではあるが、鎧はバジリスクの革と鱗を素材としており、高い防御力と状態異常耐性を持っている。外套も魔力が込められた布や糸を使って作られた、各種属性耐性や回避率に高いボーナスを得る事が出来る逸品だ。
そしてアナスタシアは、全身を覆うボディスーツのような衣装を身に着けていた。明らかに以前着ていた忍装束とは別物である。この新コスチュームは裁縫職人のアンゼリカが、アナスタシアの為に作った特製の品だった。肌の露出は殆ど無いものの、彼女の豊満な体を強調するかのように肌にピッタリと貼り付いたスーツが実に扇情的だ。そして動きやすさを重視し、手足に最低限の……手甲や脛当てのような、和風のデザインで統一された防具を着用している。
「おう、来たか二人共。実はお前らに頼みたい事があってな……」
おっさんは先日、職人達にしたのと同じように、彼らに事情を説明した。
「話はわかった。引き受けよう。だがな……」
カズヤはおっさんの頼みを快諾するが、同時におっさん達が作っている建築物をちらりと見て、
「……わざわざ、こんな物を作る必要があったのか?」
そう、呆れたような口調と表情で言った。彼が指す物が何であるかはまだ明かす事が出来ないが、その正体を知れば誰もが同じ事を考えるだろう。
おっさんはニヤリと笑い、その疑問に答える。
「ああ、確かに無くても成立するな。だが、あった方がより派手に盛り上がるだろう?」
「それは確かに、わからなくは無いがな……」
そうしてカズヤと話し込むおっさんの背中に、アナスタシアが飛び乗るようにして抱き付いた。
「ヘーイ、シショー!カズ兄とばかり話してないで、ワタシにも構うデス!」
それによって彼女の童顔と低い背丈に不釣合いな、豊満な胸がおっさんの背中に押し付けられるが、当のおっさんはそれに対して特に何か反応する事は無く、むしろ面倒臭そうな表情だ。
おっさんにとってアナスタシアは親友の娘であると同時に、彼女が生まれたばかりの頃から面倒を見ている、自分の子供も同然の存在である。このように抱き付かれる事も、おっさんにとっては子供がじゃれついて来ているのと同じような物なのだろう。
背中をよじ登って肩に乗ったアナスタシアに、おっさんは話しかけた。
「アナ公。おめぇにも頼みたい事が……」
「宣伝、デスね?任せるデス」
おっさんに肩車されたアナスタシアは、皆まで言うなとばかりにおっさんの言葉を遮って言った。
「分かってるなら話は早ぇ。出来るだけ派手に頼むぜ」
「OK!」
「では、俺もすぐに動こう」
おっさんの頼みにアナスタシアは元気よく、カズヤは冷静に、それぞれ応えて動き出した。
「これで仕込みは良し。さて、俺も頑張りますかね……」
彼らを見送ったおっさんは煙草を一本取り出して吸い、その後再び作業に没頭した。
そして、それから数日が経過し……遂に、その施設が完成する日がやってきた。
*
「いらっしゃい、いらっしゃい!観戦チケットはこちらで販売してるよ!グッズ販売所や飲食店もあるよ!」
「賭けをする人はこちらの列にどうぞー。配当金の受け取りは隣のカウンターになりまーす」
完成したその施設は、オープン初日から多数の人で賑わっていた。おっさんと仲間達が作っていたその施設は、真上から見ると丸い形をしている。短径約一五六メートル、長径約一八八メートルの楕円形で、屋根は付いていない。その円の外周部はすり鉢状の観客席がずらりと並んでおり、そこから見下ろせる中心部では、武器を握ったプレイヤー達が激闘を繰り広げていた。
ここまで読めば、もうお分かりだろう。おっさん達が作っていたその施設とは、円形闘技場であった。かつて古代ローマで剣闘士達が戦い、現在では世界遺産となっているそれを、資料を基に職人達が全力で、可能な限りゲーム内に再現させたものだ。
「お料理、お弁当はいかがですかー!」
「ビールやお飲み物はいかがでしょうかー」
観客席では揃いの可愛い制服に身を包んだ女性の職人プレイヤー達が、自分達が作った料理や飲み物を売り歩いており、客席に座っている者達の目と舌を楽しませていた。現代の野球場などでよく見られる光景である。
「よし、そこだ!行け行けーっ!」
「ああっ、しっかりしろ!俺はお前に賭けてんだぞ!」
最前列では賭けのチケットを握りしめたプレイヤー達が、血走った目で自らが賭けた戦士に声援を送っている。この闘技場では現在、賭け試合が行なわれているようだ。
この円形闘技場こそが、おっさんとアルカディア中の職人プレイヤーが総力を挙げて作り上げたものである。また、職人以外にも多くのプレイヤーがスポンサーとして出資している他、必要な時は公式イベントの会場として提供する事を条件に、運営チームからも多額の援助を引き出して、建設資金に充てている。
この土地および建物の所有者は謎のおっさんであり、個人がこのような大規模な施設を所有する事は、このゲームが始まって以来初めての事だった。今までも土地の購入や運用を行なうプレイヤーは居たが、それはあくまで小規模な農場や採集・生産施設ばかりであり、それらを作るだけでも結構な金額を支払う必要があった為、それをするのは一部の、金持ちで物好きなプレイヤーだけという認識だった。
だがそこに、あろうことか突如として巨大な円形闘技場を作るプレイヤーが現れた。それもご丁寧に、世界遺産を可能な限り忠実に再現する徹底ぶりだ。あまりのスケールの違いに、それを見たプレイヤー達は度肝を抜かれた。
何故おっさんは突然このような真似をしでかしたのか、その理由は間もなく明かされる。
「おっさん、そろそろ時間です」
「おう。それじゃ行ってくるぜ」
施設内にあるオーナールームにて、緑色の短髪に、白いコック服を着た柔和な雰囲気の男性プレイヤー、クックがおっさんに声をかけると、おっさんは座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、闘技場へと向かった。その途中で、施設内全体に女性の声でアナウンスが響き渡る。その声の主は、おっさんの仲間で裁縫職人達の纏め役、アンゼリカだ。彼女はプラチナブロンドの髪を特徴的な縦ロールにしており、完璧なプロポーションを誇示するかのように胸元を大きく露出したドレスを着こなした華やかな美女だが、中身は美少女プレイヤーに自分が作ったエロいコスチュームを着せて撮影会をするのが大好きな変態淑女である。
「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしましたわ。これよりメインイベント……」
アンゼリカがそこで一拍置き、観衆がごくり……と固唾を飲む。
「謎のおっさんによる、ガチ撮り百人組手を開始いたします!」
その宣言と共におっさんが通路から飛び出し、颯爽と闘技場に現れる。それを見た観客から歓声が上がった。
「今回おっさんが戦うのは、選び抜かれた百人の元βテスター。いずれ劣らぬ百戦錬磨の兵でございます。おっさんは彼らと順番に戦い、全員倒すか、あるいは敗北するまで戦う過酷なデスマッチ!果たしてこの中に、おっさんを倒せる勇者は現れるのか!」
そう、これこそが、おっさんがこの円形闘技場を作った理由である。前回ドッペルゲンガーに敗北したおっさんは、自らを鍛え直すために修行をしようとしていた。そして、その為には強者との実戦を繰り返す事が必要だと考えていた。その為、わざわざこのような大規模な闘技場を作り、イベントを開催したのだ。
……冷静に考えれば、別にこんな施設やイベントを準備しなくても、普通に対戦相手に声をかけて決闘をすればいい気もするのだが、おっさんはどうせやるならば、派手にやろうと考えた。
何しろ今回この場で行なわれるのは、謎のおっさんとβテストのトップランカー達の決闘という、アルカディアの頂上決戦と呼ぶに相応しいものだ。それを誰もいない場所でコソコソとやるなど、あまりにも勿体ないではないか。
観客はトッププレイヤー同士の熱い戦いを生で観る事が出来るし、対戦相手となる者達にとっては衆人環視の中でおっさんを撃破する事が出来れば、新たな最強として大いに名声を高める事が出来る大チャンスである。そしておっさんは修行をしつつ、それをエンターテイメントへと昇華して大勢の観客を楽しませる事が出来、その上賭けの胴元として金稼ぎまで出来、一石三鳥である。それが、おっさんがこのようなイベントを開いた理由であった。
「それでは……全選手入場ッ!」
アンゼリカのその言葉と共に、対戦相手が続々と闘技場に現れ、闘いの幕が上がった。




