餅は餅屋
応接室には、王と王妃、そして、第一側室が並んで座っており、向かいにはフーリオンが座っている。
なぜ呼ばれたのか分からないが、フーリオンの背後にはウォルトルが立っていた。
「何だと?」
「ですから学院への入学を遅らせたいのです。アンネが入学できる年まで」
「いやいや、そんなことをすれば異母弟のオーリエンと同じ学年になるぞ。それに学友として選んだ者たちとも違う学年になるどころか卒業しているぞ」
突拍子もないことをいきなり言い出したことに王は焦るが、フーリオンはいたって真面目に言っていた。
入学まであと二週間もないところでの突然の宣言は急だった。
「ま、待て、聞いてないぞ。リオン!」
「言ってないからな。それに決めたのは、さっきだ」
「さっきって」
「お願いします。私をアンネと同じ学年にしてください」
王族の入学延期など病気でもない限り醜聞にしかならない。
病気でも建前ということもあるから噂は出る。
「いいではありませんか。婚約者と片時も離れたくないという思いを向けられるのは乙女の夢ですわよ。羨ましいわ、アンネワークが」
「しかしだな。王妃・・・いや、アーデルハイト」
「このようなときだけ名を呼ばずともよろしくてよ。それよりも貴方の息子が数少ないお願いをしてきたのですから叶えて差し上げてはいかが?」
王妃は歴史ある公爵家の令嬢で、王とは政略結婚である。
義務的な婚約期間を経て、予定調和で結婚した。
これから家族的な愛情を育むのではないかというところに、王が伯爵家の令嬢を見初めてしまった。
身分的なこともあり、第一側室は侯爵家からという暗黙の了解もあって、王は恋心を知られないようにしていた。
だが、恋をしたことがない男が隠したところで分かりやすく、すぐに社交界で話題になってしまう。
これが公爵家か侯爵家ならそのまま第一側室へとなったが、伯爵家だったことと婚約者試験に合格していなかったことで、矛先は自然と伯爵令嬢に向いた。
社交界から爪弾きに遭い、そのうちに伯爵令嬢自身に危害が及ぶのではないかというところにまで事態は発展した。
それを収束させたのは王妃であるアーデルハイトで、件の令嬢を第一側室へ推挙し、試験に合格できるまで教育を施した。
そのこともあり、王は王妃に頭が上がらない。
「だが、入学を遅らせるとなると、後ろのウォルトルにも影響が出る」
「自分は構いません。フーリオン殿下の学友に選ばれたという名誉があれば他は望みません」
「うん? 先ほど、初めて聞いたと言っていなかったか?」
「何のことでございましょう」
「ウォルトルが一緒に入学を遅らせてもいいと言っているのよ。これで問題はないわね?」
「う、うん。そうだな。では、宰相に連絡をしておく」
見えないところで王妃は、王の足をヒールで踏んでいた。
自分の息子のことであるのに、第一側室は一言も何も言わなかった。
それは自分の立場から何かを言えば、色々と邪推されてしまうということを学んだ結果だ。
「では、失礼します」
「うむ」
廊下に出てすぐにウォルトルは、フーリオンに掴みかかった。
予想していたフーリオンは、黙ってされるがままになる。
「おい! どういうことだ!」
「そのままの意味だ。俺たちがこのまま学校に行けば三年はアンネと会えなくなる」
「まぁ長期休暇は会えるだろうが・・・」
「毎日は無理だろうし、おそらく卒業後の従軍のための訓練に費やすことになる」
今でもアンネワークと十分に会えていると思っていないフーリオンは、不満を持っていた。
普通の貴族同士の婚約なら時間の融通は利いたかもしれないが、王族と社交界デビュー前の令嬢では時間が異なる。
「そして、卒業したら五年は会えない」
「そうだな」
「俺は耐えられる気がしない。だから先に従軍する。そうすればアンネと一緒に学院に通って卒業したら結婚できる」
「いやもう、そこまでするか? 普通」
「お前はアンネの良さが分かっていない」
高位貴族のウォルトルもアンネワークが他の令嬢と違うというのは痛いほど分かる。
他の令嬢は、婚約者になろうと積極的にくるが、どちらかというと個人の資質よりも肩書に目が眩んでいる。
おそらく肩書が無くなれば、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなることが手に取るように分かった。
彼女たちがアンネワークと同じ年だったとしても、きっと結果は変わらない。
少しでも家のために上の階級に嫁ごうと考えるからだ。
「はいはい」
「はい、は一回だ」
「で、俺はアンネワーク嬢の護衛に行けばいいわけね。俺は、リオンの護衛だったはずなんだけどな」
城の護衛はウォルトルだけではないし、ウォルトルよりも経験豊富な兵がいる。
アンネワークの護衛というのは、その身の安全よりも他の男を追い払う虫よけの意味が強い。
「あっ、いたいた」
「・・・ウォルトル様」
「何? その、あっお前かっていう顔は」
「別に!」
「リオンじゃなくて悪いけど、護衛なんでね」
「むぅ」
「その、いかにも不満ですって睨まないで欲しいんだけど」
「別に!」
城に行けば、一緒にいられると思ったが、お互いに時間が合わず、一度も顔を見ないことも珍しくない。
なのに、ウォルトルは毎日のように顔を合わせている。
「フーリョオン・・・」
「無理してフーリオンって呼ばず、リオンって呼べば良いだろう? 本人からも良いって言われてるんだし」
「ダメなの! ウォルトル様とお揃いは嫌なの!」
「はぁ? お揃いって」
頑なに愛称を呼ばない理由が、ウォルトルと一緒は嫌という理由とは思わず、言葉を失った。
だが、アンネワークは本気の目をしていた。
「いや、まぁ、うん。だったら俺がフーリオンって呼ぶから、リオンって呼んでやれば? どうよ?」
「敵の情けを受けちゃいけないのよ」
「敵って・・・だいたい、どこでそんな言葉覚えたよ」
「この間、観たお芝居で言ってたわ」
「なら、フーって呼んでやれば? 誰も呼んでないし、たぶんフーリオンもアンネワーク嬢にしか許さないだろうからな」
「ふー?」
ウォルトルとしては毎回、嫉妬されるのも疲れるので、そうそうに解決させたい。
呼び名で変えられるなら安いものだ。
「こうしちゃいられないわ」
「待て待て待て、フーリオンなら執務中で、会えないぞ」
「そんな!」
「それに、これからアンネワーク嬢は王家の歴史の勉強だろう?」
「大丈夫よ。全部、覚えてるもの」
「・・・・・・十五代国王」
「ブダドバ王。任期は、三年と短く、人気も最下位。唯一したことは、王家の庭に、椿の木を植えたこと」
「正解」
一度、観たら忘れない驚異の記憶力を発揮して、建国からの王と王妃すべてを覚えている。
時折、家庭教師よりも詳しい知識を持つため、密かに神童と呼ばれていた。
そんな神童にウォルトルは振り回されていた。




