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諜報員 ジンとの接触3

 岩場や草木の合間を通り、上に位置する滝壺へと急ぐ。子供の体力的には、かなりハードな運動だ。黙々と歩き続け、ようやく滝壺と奥の洞窟が見える反対側に出た。まだフィリーオ兄様はいなかったので、精神的余裕が生まれる。


 ――ココまで来れば大丈夫


 私の足取りが自然とゆっくりになると、カナルが話しかけてきた。


「それにしても、兄さんが『ここにいない』と、よくジンを騙せましたね」


「お兄様は一時退院できた私より病弱で、現在も入院中って話にしました」


「兄さんが病弱って、かなりムリがありませんか?」


「静かに大人しくしていれば、そう見えなくもないです。以前、お兄様とジンが会ったのは、ヴィラに滞在したときだけです。ほとんどの間お兄様は寝ていましたから、ジンと会話はあまりなかったのです。爆発物のトラップを仕込んだり、バイクに乗ったり、銃さえ持たなければ、『病弱じゃない』なんて分かりませんよ? 日常生活の行動範囲内なら……いけるハズです」


「日常範囲内でも『静かに大人しく』ってムリですよ! 兄さんの『笑いの沸点の低さ』を知っていて、言ってるんですか? はっきり言って健康体そのものです。ハードルが格段にはね上がってますよ!?」


「……要は、お兄様とジンが接触しなければ問題ないですからバレません」


「まぁ、そうかもしれませんが」


「早く行きましょう。そろそろお兄様が戻ってきてしまいます」



*****



 洞窟の穴の前で待っていると、奥から足音が聞こえ、お兄様が出てきた。


「おかえりなさい。どうでした?」


 いかにもココでずっと待ってましたというように、寝転がっていた時と同じ位置に座ったまま、お兄様に中の様子を聞いてみた。カナルが踏み抜いた穴を避け、私達のところに来たフィリーオ兄様は、「だいたい予想した通りだったよ」と言い、この洞窟全体がキメラの培養庫となっていたことを教えてくれた。


「写真を撮ってきたんだ。見る?」


 お兄様はナビゲーターパネルを取り出し、説明しながら写真を私達に見せてくれた。


「今の兄さんの話や写真を見た限りでは、『成体』ではないですね」


「成体ではない? キメラの成り損ないってことですか?」


 お兄様から渡されたナビゲーターパネルに、輪郭が二重に見える七色の光の写真を表示させ、カナルに聞いた。


「いえ。そうではなく、キメラ発生源である『キメラの光』としての『成体』であるかどうかということです。隣の島にあるテストプラントでは、いわゆる『卵の状態』で、ココの培養庫では『幼体』です。だから、『幼体』から『成体』にするための培養プラントが、また別にあるのではないかと」


「それは確かに考えられる。生育時期によって必要とされる栄養素が違うからね。必要とする成分の原料が調達しにくい場合、調達しやすい場所にプラントを作る方が効率的だ」


「では、そのプラントを見つけに行かないといけませんね。ところで、お兄様、ここで『天使の虹』が発生した原因は分かりました?」


 私の言葉に頷くと、お兄様はカナルの踏み抜いた穴から見える、地面を覆った液体を指した。


「テストプラントの方は循環式だったけど、コッチの方は培養庫内の培養液は定期的に入れ替わる仕組みになっている。死んだ幼体は細かく砕かれた状態で培養液と一緒に排出された形跡があって、それが洞窟内に垂れ流しになっていた」


「排水設備とか、ないのですね」


 そう言いながら、私は穴の中を覗いて確認した。


「なかったね。あと、気になったのは……つい最近ヒトの出入りがあったみたいだ。培養液の入れ換えプログラムと培養液の調合システムのプログラムが抜かれていて、培養庫自体が止まっていた。培養液の濁り具合から判断すると、ここ3日以内だ」


 お兄様の言葉を聞き、ドクンと、心臓が強く打つ。そして、カナルと目が合った。


「……やられましたね」


 滝の流れ落ちる轟音が消え、カナルの言葉が頭の中で響いた。


 ――ジンドゥル・ヒューム! 


 意味深な『もしかしたら、また会うかもな』という言葉と、ジンの嘲笑いを含んだような笑みを思い出し、グッと口を結んだ。

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