テストプラント
風が吹き出し続けている横穴に入り、私達は奥へと進んだ。薄暗かったけれど、だんだんと目が慣れてきたところで、行く手を阻むようにハメ込まれているメッシュ状のパネルがあった。それを「ガンッ!」と、お兄様が蹴り飛ばす。すると、アッサリ外れ、サビついたステンレスの階段が現れた。
横穴のある壁面に沿って横向きに設置され、いくつも折り返して下へと続く階段に出ると、目下に広い空間があり、七色に光る液体中にポコポコと泡が発生している様子が見られる透明な大型撹拌装置が何台も並んでいる。撹拌装置のすぐ横にある機械の上部には、細長いラッパ型の筒状のものがあって、そこから次々と綿毛のような小さな光が出ている。その機械の周りには、空気孔で見たものと同じような、フワフワと小さなキメラの光に似たものが飛び交っていた。
「ここでキメラを作っているんでしょうか?」
私が眉をひそめて聞くと、双眼鏡を出してザックリと確認していたお兄様が「いや、それにしてはスケールが小さすぎる。きっと、ここはテストプラントだな」と否定した。
「テストプラント?」
「試験管レベルの実験から徐々にスケールアップしていくんだ。ここは本格運用の一歩手前の小規模な実験施設って感じかな。異種間の掛け合わせは可能だけど、育てる設備がない」
お兄様が双眼鏡を渡してくれたので、私も確認する。
「ここってロークスの管理リストに入っていませんから、無断で建てられたようですね」
「そうだね。しかも違法建築のうえ、実験の申請もしていない。データを抜いたら潰すしかないな」
お兄様はバックパックからバイクでナビゲータパネルとして使っていた端末を取り出した。建物内部を端からスキャンしながら、座標位置のデータも同時に取得している。
「ルナ、とりあえずサバンナ・ロークス邸に今のデータを転送しておいて。追加でテストプラントの情報は送るから」
お兄様から端末を受け取りながら「わかりました」と返事をした。その場で私が端末を操作し始めると、「カナルはココを潰す準備を」と指示をして、お兄様は階段を下に降りていった。
「カナルさんが……?」
「何か?」
「いえ、何も持ってないのにナゼだろうって思っただけです」
「マジックを生業とする者が何も持ってないワケないじゃないですか」
「そうなんですか?」
「職業病ですので、そういうものです。いつ見せてくれと言われてもいいように、常に仕込みはしてます」
そう言ってカナルは、いつの間にか小型な長方形の箱を手にし、それを階段の手すりに固定した。透明なパネルを持ち上げると、緑色のグリッド線が表示される。カナルは指先でポイントをタッチしていき、位置を確定していく。
「それは?」
「高電圧パルス線です」
パシュッという音とともに、一瞬で手すりに固定された箱から飛び出た何かが壁に撃ち込まれ、無数の鋼糸が四方八方に張り巡らす。
「あとは地面の方にも張れば終わりです」
「私も終わったから、手伝いましょうか?」
「……いえ、手伝いはイラナイです」
一瞥し、妙な間のあと、そうカナルは言って階段を降りていった。私もフィリーオ兄様の様子を見ようと下に降りることにした。しかし、バックパックに端末を入れたところで、突然、うるさいブザー音が鳴り出した。
――なにこれ?
私が戸惑っていると、「ルナとカナルは早くここから出ろ!」というフィリーオ兄様の声が耳に入った。
ブザー音が止まると、お兄様が立っている培養機を挟んだ奥の壁の一部が次々と上にスライドしていく。ハッと気がつき、私はバックパックからコルト45口径の入ったガンホルダーを取りだした。
「お兄様!」
叫びながら上から投げると、お兄様はガンホルダーごと上手くキャッチして、装備した。
――きっとデータ抜き取ろうとしたら、一部でひっかかってセキュリティが作動したんだ
双眼鏡で壁にいる物体を急いで確認する。
「ロークスの軍事用ロボットXR―201が5体です。通信機は搭載されていません」
お兄様は「分かった」と私に合図をすると、装弾した銃を構えた。
――カナルはどこ?
双眼鏡で見るが、死角にいるのか姿が確認できないし、階段をあがってくる気配もない。
カナルが見つからないうちに、警備としてココにいるXR―201が動き始めた。それよりも早くフィリーオ兄様が動き、壁の中にいる5体のXR―201に搭載されている視覚センサーと聴覚センサーを片っ端から弾丸で壊していった。しかし、始動直後に取り込んだ情報と事前登録されている設備マップがあるため、XR―201は止まることなく前に進んだ。
――お兄様! カナル!
声にならない祈り。そして、体が緊張で強ばる。目を離したいけど、離せない。
やがて緊張感が漂う中、違和感を感じた。一向に銃撃の音がしないのだ。よく見ると、なぜか5体のXR―201はソコから数歩だけ前に進んで止まってしまっていた。グググと、足掻いているようだが、何かに押さえつけられているようだ。手すりから乗り出して見ると、無数の鋼糸が地面から開いた壁の上に向かって斜めにランダムに張られていた。まるで頑丈な網目状のトラップケージのようだ。
「兄さん! あと何分で終わりますか?」
いつの間にか並列に置かれた培養機の間からカナルが出てきた。私は、彼が神出鬼没なイリュージョニストであることを忘れていた。
「あと1分ぐらいかな。終わったら、このメモリを引っこ抜いてルナに渡してくれ」
「わかりました」
XR―201の動きは押さえ込まれているとはいえ、いつ鋼糸が破られるかと思うとハラハラする。
「終わりました!」
「走れ!」
カナルはメモリを引っこ抜くと、お兄様の声と共に私の方に走り出した。鋼糸が外れ、XR―201の予備センサーである赤外線レーザーを出し、位置情報をスキャンしながら、再び動き始める。
お兄様はカナルと反対の方へ走りながら、培養機のすき間から次々と数発ずつ撃ち込んでいった。お兄様は確実にカナルの安全を確保するため、把握される範囲にいるXR―201の重火器使用時に使うジョイント部分を撃ち抜いたようで、XR―201がカナルの存在に反応するが、攻撃はしない。
「ルナさん! 離れて!」
階段の下まで来たカナルに言われた私は、慌てて手すりから離れた。ビュンッと空気を切る音ともに、鋼糸が手すりにクルクルと巻きつき、カチャンと金具がはまった。
「受け取って!」
カナルの声と同時にキュルキュルと巻き上げる音がして、メモリの入っていると思われる箱が手すりにカツンとぶつかった。
「兄さん! パルス線を張り直すので、撤退してください」
カナルが階段下の支柱に高電圧パルス線の箱を固定しながら叫ぶ。そして、パネルでセットし、コードをつないで階段を駆け上がってきた。
「ルナさん、空気孔へ!」
――お兄様、早く!
メモリを箱から取り出してバックパックに入れた私は、重たいバックパックを引きずって横穴に移動した。銃撃の音が聴こえ、「兄さん!」と叫ぶカナルの声がした。「カナル、張れ!」と、お兄様が叫びながら、ガンッと階段の手すりをジャンプして飛び越え、着地する音が辺りに反響した。あっという間にフィリーオ兄様が駆け上がってきて、カナルと一緒に横穴に入る。素早くカナルが透明なフィルムを杭で打ち込むと、スイッチを押した。「バンッ」と、落雷のような凄まじい青白い光がフィルム越しに見え、瞳に光の残像が残る。横穴の向こうにある階段すら帯電し、まだ「ジリッ……ジリッ……」と稲妻が走っている。
「異種間掛け合わせ実験テストプラント、破壊完了です。帯電してるので、もうしばらくこのままですね」
カナルがフィルム越しに中の様子を確認すると、お兄様が頷き、「廃棄は後日だな。二人とも、お疲れ様」と私達の頭を撫でてくれた。その後、お兄様が押し上げて、私達二人を頭上にあるポッカリ空いた穴から地上へ出してくれた。バックパックをカナルと二人で受け取ると、最後にお兄様が軽々と地上に脱出した。




