汽笛ふたたび
「今夜、マジックショーがシアターであるから行く?」
お兄様が船内新聞を私に見せてくれた。大型客船が終日航海の場合、たくさん船内でのイベントが催される。
「この時間なら私もお兄様と一緒に見れますね」
サロンでのマジックと違い、シアターだと大がかりで派手なイリュージョンマジックになる。
「うん、カンナルっていうヒトのショーだね」
「明日はシルキッドのサーカスですし、楽しみです」
夜のシアターはドレスコードがフォーマルなので、早速、私はクローゼットを開く。今夜着ようと思ったドレス――シンプルな紺色のワンピースドレスを選んだ。裾と襟元には、ラメの入った銀糸でツル草の刺繍がある。
――このドレスなら、お兄様からいただいたチョーカーにも合うし
ドレスを体に当てて鏡の前に立った。
「ルナ、シアターに行くのは良いんだけど」
鏡の中にいる優しく目を細めるフィリーオ兄様と視線が合う。
「今度は、この間のパーティーのときみたいに、一人で脱け出さないでくれるといいかな」
「それは……約束できないですから、位置情報で確認を」
「……そこは『わかった』って言って欲しかった」
フィリーオ兄様はシブイ表情をしたあと、頭を抱えているのが鏡越しで見えた。
――お兄様を困らせてるけど
――ショーの最中に、思い出していない前世の記憶が、急に流れることがあるかもしれないし
――だから、約束はできない
――キメラに人類が潰される未来を知っているのは
「私だけなんだから」
鏡の中のもう一人の私に向かって小さく呟いた瞬間、出港の汽笛が鳴った。




