フルーツと真実の確認
開けっ放しにしていたバルコニーとキャビンをつなぐ扉から、ドアの音が聞こえた。
――お兄様が戻ってきた!
バルコニーの手すりから離れ、ベンチに慌てて座った。乱れたスカートを整えて帽子を被り直した後、気だるそうにベンチの手すりへ体を預ける。わざとらしい気もするが、私を探している様子の物音と共に、段々と近づくお兄様の足音が、やり直す時間がないことを知らせていた。
「ルナ、ここにいたんだ」
バルコニーの扉から、お兄様が顔を出した。
「具合は?」
「だいぶ良くなりました。それより……フィリーオ兄様、かなり早く帰って来ましたが、ちゃんと食べたんですか?」
「食べたよ?」
そう言いながら、フィリーオ兄様が笑う。
「一人で食べたら、こんなもんだよ」
「そうですか……」
「そんなことより、ルナ、フルーツなら食べられる?」
――フルーツ! 食べたい
空腹すぎて頭がぼーっとしてきた。何も考えないで頷いてしまい、「しまった!」と思った。具合が本当に悪ければ、フルーツだって食べる気になれない。さっき、昼食まで我慢すると決意したハズなのに、これでは仮病だとバレバレだ。
「あ……」
「いいから、おいで。持ってきたから」
きっと今の返答で、お兄様には分かってしまったに違いない。私が気まずそうに体を縮めると、フィリーオ兄様は私の腕をとり、バルコニーのベンチから立ち上がらせた。
私をキャビンのソファーに座らせ、お兄様はソファーセットの横にあるカウンターテーブルに回り込み、マンゴーやライチ、ブドウやミニメロンのフルーツをのせた大皿とナイフを手にした。
「今朝、ドアーズヴィラで何かあった?」
「え?」
「迎えのリムジンを見て、焦ってただろ? それに……今は消えてるけど、浜辺で会ったとき、腕が少し赤くなってた」
「…………」
ジンとのトラブルの内容を、当たり障りのない程度に話すことさえ、ウッカリ辻褄が合わないことを口にし、芋づる式に『私の前世の記憶』まで話をしなくてはならなくなりそうで、躊躇われた。
結局、私もフィリーオ兄様と同じで、お兄様が私の真実を知り、私を避けるようになってしまうのがイヤなんだ。
――そして、お兄様に話せない秘密がドンドン増えていく
まさにジレンマだ。苦しいし、お兄様との心の距離が離れていってるようで不安だ。
「お兄様……」
「まぁ……気になっただけだから。体に傷はなさそうだし、無事だから良いよ。これ以上は聞かない」
お兄様はテーブルにフルーツ皿とナイフを置きながら、「そんな困った顔すると、気軽に聞けなくなる」と、苦笑いした。
「……その時が来たら、話します。今はまだ」
「前に話せないって言ってたことと繋がっているってワケか」
鋭いお兄様の指摘に驚く。スカートの上に重ねる両手から視線を外し、見上げると、お兄様と目が合う。
「正解?」
「……はい」
お兄様は「この話題は終わり」と言うように、抱き寄せて私の髪にキスをしてくれた。ホッとして、強ばっていた心を緩める。
「ルナ、食べたいフルーツは?」
「では、マンゴーをお願いします」
「了解」
お兄様が、マンゴーとナイフを手にし、皮を剥き始める。私は、お兄様の手を不思議な想いで見ていた。
――今まで、お兄様は大人だから体の作りが違うんだと思ってたけど
――よく見ると、関節の位置とか、指先の形とか、手の節とか……少し違う?
「ルナ」
フィリーオ兄様の指先が私の唇に触れた。マンゴーの甘い香りがする。口を開けると、お兄様の指先と一緒に、一口の大きさに切ったマンゴーが滑りこんできた。
「おいしいです」
お兄様のマンゴーの香りが残る指先に、手を重ねた。
――ジンが言ってたこと
――本当にフィリーオ兄様が私と違う系統の人類なのか確認したい
――確認? 違う……お兄様がキメラじゃなくて、ヒトなんだっていう確信が欲しい
――まだ本格的にキメラの実験は始まってないから、ロークスの実験施設で産まれたとしても、お兄様はキメラじゃないハズ
――万が一、ヒトそのものの形じゃなくても、共通点を見つけて、安心したい
指の腹で、お兄様の手の節をなぞり、手首の関節、腕へと辿る。それから肩や鎖骨、首筋に触れた。
確かにジンが言ってた通り、個人差と思われるぐらいの差だと思う。服の上からだから少し曖昧になるが、骨の太さが多少違うだけで、形はだいたい同じなような気がする。
――肋骨の本数も同じ
「ルナ、ストップ」
肋骨から腰骨まで確認したところで、私の手は掴まれ、確認作業を途中で止められた。
「え?」
「くすぐろうとしてるかもしれないけど、全然くすぐったくはないし、これ以上触るのはダメだ」
フィリーオ兄様が顔を反対に背け、恥ずかしそうに言った。
「『くすぐったくない』……ですか?」
そういうつもりはなかったので、私は首を傾げた。




