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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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38話 偶然の向こう側

 昼下がりの休憩地は、驚くほど穏やかだった。


 街道脇の開けた場所。

 荷車を円に並べ、兵たちは思い思いに腰を下ろしている。

 鍋から立つ湯気が、風にゆっくり溶けていく。


 私は荷の確認をしていた。

 乾燥肉と保存パンの残量。水筒の重さ。包帯の数。


 いつも通りの作業。

 何度も繰り返してきた、物語の外側の仕事。


 少し離れたところで、アルトさんが剣を磨いている。

 その隣で、エリシアが静かに目を閉じていた。


 笑い声がする。

 誰かが冗談を言ったのだろう。


 平和な光景が広がっている。

 ここにいてもいい。そう思えたことが、少しだけ嬉しかった。


 そのとき。足元で、ころ、とかすかな音がした。

 視線を落とすと、水桶がわずかに傾いている。


 おかしい。

 ちゃんと平らな場所に置いたはずだ。


 私は桶を直す。

 何でもない。そう思う。


 次の瞬間。背後で、ぷつん、と小さな破裂音がした。

 振り返ると、荷車を固定していた革紐が切れていた。


 ……劣化、だろうか。


 今日に限って?

 胸の奥が、わずかに冷える。


 私は深呼吸をして、濡れた地面に目を向けた。さっきこぼれた水が、足元を薄く湿らせている。


 布で拭こうと、体重をかけた。

 その瞬間――つるり、と足が滑った。


 身体が傾く。

 支えようと伸ばした手が、空を掴む。


 背後から、ぎし、と木が軋む音する。

 慌てて振り向く。

 固定の外れた荷車が、ゆっくりと動き出していた。


 傾斜はほとんどない。けれど、確かにこちらへ向かっている。


 きちんと立てれば、避けられる距離だ。でも、足が濡れているせいで踏ん張れない。


 時間が、妙にゆっくり流れる。


 ――ああ。


 胸の奥で、何かが腑に落ちる。


 戦闘でもない。

 魔物でもない。


 ただの事故。

 ただの、積み重なった偶然。


 だからこそ――これはきっと、“修正”だ。


 物語の中心に近づきすぎた私を、そっと端へ戻すための。


 荷車の影が、視界を覆う。

 そのとき。強い力で、腕を引かれた。


「リナ!」


 アルトさんの声。

 身体が後ろへ引き寄せられる。


 同時に、淡い光が地面を走った。

 エリシアさんの祈り。

 荷車の車輪の前に、光が凝縮する。

 本来そこにないはずの小さな石が、ぴたりと噛み合う。


 ごとり、と鈍い音。

 荷車は止まった。止まった、はずだった。


 次の瞬間。

 荷台の上の木箱が崩れ、上から落ちてくる。


 アルトさんが私を庇うように抱き寄せる。

 光が、もう一度瞬く。


 落下角度が、わずかに逸れる。

 箱は私たちの横に落ち、土を抉った。


 静寂。


 後に誰かが駆け寄ってくる足音。


「大丈夫か?」

「危なかったな」


 そんな声が、遠く聞こえる。


 全部、偶然で説明できる。


 桶が倒れた。

 紐が切れた。

 地面が濡れた。

 荷車が動いた。


 あり得ることばかり。


 でも、全てが私の周囲で起きた。


 アルトさんの手が、まだ私の腕を掴んでいる。


 強い。

 離れない。


 エリシアが近づいてきて、静かに言った。


「……祈りが、少し乱れました」


 その声音は穏やかだ。

 けれど、確信がある。

 彼女も感じている。


 私は笑おうとする。


「すみません、私が不注意で」


 違うと分かっているのに。

 そう言わなければ、怖かった。


 アルトさんが、はっきりと言う。


「不注意じゃない」


 短く、強く。

 そして、少しだけ低い声で続けた。


「お前の周り、なんか変だった」


 風が吹く。


 さっきまで心地よかったはずなのに、

 今は冷たい。


 エリシアさんが、私とアルトさんを交互に見て、言う。


「お二人とも、離れてはいけません」


 それは祈りの宣言のようだった。

 私は、ゆっくり頷いて、足元に視線を落とす。さっきこぼれた水が、まだ地面に残っている。


 誰も触れていないのに、その水面に小さな波紋が広がった。

 しかも、波紋は外へではなく――中心へ向かって、縮んだ。


 瞬きの間に消える。

 誰も気づかない。

 私だけが、見ていた。


 胸の奥が、静かに重くなる。


 日常にも、危機は潜んでいる。

 でも、私の腕を掴む手は、まだ離れていない。

 その温度だけが、確かだった。


 ――世界は、まだ諦めていない。


 けれど、私も、もう一人ではない。

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