火葬9
人は、必ず終わる。
それは避けられない。
選ぶこともできない。
だが――
終わり方は、同じではない。
静かに閉じるものもあれば。
歪み、砕け、途中で断ち切られるものもある。
そして。
終わらせられたものは、
本当に終わったと言えるのか。
火葬師の役目は、死を受け取ることではない。
その先にある、“終わりを確定させること”だ。
どんな形であれ。
どれほど歪んでいようと。
残るならば、終わらせる。
これは、一人の火葬師が。
“終わらせられた死”に向き合う記録である。
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火葬9 ― 終わらせられた者
火は、いつもと同じだった。
赤く、静かに、揺れている。
「……遅いな」
ダルスは炉の前で呟いた。
老火葬師――師匠は、朝から姿を見せていない。
あの男が時間を外すことは、ほとんどなかった。
「……珍しい」
そう思った、その時。
外から、足音が聞こえた。
荒い。
乱れている。
逃げるような音。
扉が乱暴に開く。
「……っ」
入ってきたのは、一人の男だった。
若い。
息が荒い。
目が、どこか壊れている。
「……誰だ」
ダルスが問う。
男は一瞬だけ笑った。
「……あいつの……息子だよ」
その言葉に、ダルスの眉がわずかに動いた。
「嫡男……か」
聞いたことはあった。
だが、会うのは初めてだった。
「……何の用だ」
男は答えない。
ただ。
笑っていた。
「……終わったよ」
その一言で。
空気が変わった。
「……何がだ」
沈黙。
そして。
「親父」
ダルスの思考が、一瞬だけ止まる。
「……どこだ」
男は、外を指差した。
「裏だよ」
ダルスは何も言わず、外へ出た。
裏手。
そこには――
黒く焼けた“塊”があった。
人の形をしていた。
だが、それはもう。
「……」
言葉にならない。
骨は歪み。
肉は崩れ。
形は残っているのに、“人”ではない。
だが。
わかる。
「……師匠……」
完全ではない焼け方。
火葬ではない。
ただの。
“焼却”。
「……なぜだ」
背後から声がした。
「簡単だよ」
嫡男が、肩をすくめる。
「気に入らなかった」
「……何が」
「全部だよ」
笑っている。
だが、その目には何もない。
「死体ばっか見てる親父」
「人間扱いもしない」
「終わらせるとか、意味わかんねぇ話ばっか」
一歩、近づく。
「だからさ」
「終わらせてやった」
ダルスの中で。
何かが、軋んだ。
「……違う」
低く、呟く。
「それは……終わりじゃない」
嫡男が眉をひそめる。
「は?」
ダルスは、焼けた遺体を見る。
これは。
終わっていない。
「……歪んでいる」
「残る」
「このままでは……」
嫡男が笑う。
「何言ってんだよ」
「もう死んでんだろ」
その言葉に。
ダルスはゆっくりと振り返る。
「だからだ」
静かな声。
「死んだから、終わるわけじゃない」
沈黙。
「……焼く」
ダルスは言った。
「俺が」
嫡男の顔が歪む。
「勝手にしろよ」
「もう関係ねぇ」
そう言って、背を向ける。
逃げるように。
走り去っていく。
止めなかった。
追わなかった。
ダルスは、ただ。
師匠だった“それ”を見ていた。
やがて。
炉に火を入れる。
いつもと同じ手順。
だが。
ほんのわずかだけ。
手が、止まった。
「……」
初めてだった。
迷いに近いもの。
――終わらせられた者を。
自分が終わらせる。
それが。
正しいのか。
だが。
「……残る……」
師匠の言葉が、蘇る。
「終わらないものは……歪む……」
ダルスは目を閉じた。
そして。
火を入れる。
炎が上がる。
赤く。
静かに。
焼ける。
崩れる。
灰になる。
やがて。
すべてが終わった。
ダルスは、骨を拾う。
砕く。
均す。
いつも通り。
何も変わらない。
「……終わりだ」
その言葉は。
どこか、わずかに。
重かった。
火は、すべてを終わらせる。
だが。
終わらせられたものにも。
もう一度、終わりは必要だった。
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登場人物(火葬9)
ダルス
火葬師。
師匠の死に直面し、“終わらせられた死”に対して初めて迷いを抱く。
それでも役目として、終わりを与えることを選ぶ。
老火葬師(師匠)
ダルスの師。
嫡男に焼かれ、不完全な“終わらせられた死”となる。
その存在が、ダルスに新たな問いを突きつける。
嫡男
老火葬師の息子。
父の思想を否定し、自らの手で焼き殺す。
その後、現場から逃走する。




