火葬7
火は、すべてを終わらせる。
肉も、骨も、名も、記憶さえも。
形あるものは灰へ還り、やがて誰にも区別されなくなる。
それが“正しい終わり”だと、誰もがどこかで理解している。
だから人は、火葬師に託す。
自らの手では触れられない「最後」を。
送るという行為は、優しさではない。
救いでもない。
ただ、終わらせること。
例外なく、等しく、確実に。
だがもし――
終わらなかったものがあるとしたら。
灰になりきれなかったものが、
境界に留まり続けているとしたら。
それでも、火葬師は同じことをするだろうか。
それとも。
別の役目を、背負わされるのだろうか。
これは、一人の火葬師が。
最後の「仕事」を選ぶまでの話である。
火葬7 ――終わりを送る者
火葬場の壁を埋め尽くす顔。
老若男女。
歪み、溶け、混ざり合った無数の「かつて人だったもの」。
そのすべてが、同じ方向を見ている。
――ダルス。
「……来るな……」
声はかすれ、もはや祈りに近かった。
炎は空間を満たしている。
だが熱はない。
ただ赤い光だけが、終末の色のように揺れていた。
「帰り道が……ある……」
「門が……開いた……」
「ようやく……戻れる……」
重なり合う声。
耳ではない。
頭蓋の内側。
意識の奥底に直接触れてくる。
ダルスは後ずさる。
だが背後には深淵。
灰の行き先。
終われなかったものの溜まり場。
「……俺は……門じゃない……」
かすかな抵抗。
「ただの……火葬師だ……」
少女が静かに首を振る。
炎の中心に立つ、小さな異形。
「ううん」
その声だけが、不思議なほど澄んでいた。
「あなたは最後まで火葬師」
少女の瞳が赤く輝く。
「だから選べる」
ダルスの動きが止まる。
「……何を……」
「閉じるか」
一拍。
「開き切るか」
その意味を理解した瞬間、すべてが繋がった。
門は固定された。
だが完全ではない。
今ここで。
自分の意志で。
どちらかが確定する。
顔たちがざわめく。
期待。
渇望。
狂気。
「戻る……」
「生へ……」
「肉へ……」
その響きに、ダルスは確信する。
――救いではない。
侵食だ。
世界を。
生者を。
すべてを。
「……ふざけるな……」
低く沈む声。
恐怖ではない。
怒りでもない。
職人としての、確固たる感覚。
「火葬師は……送る者だ……」
ゆっくりと立ち上がる。
「戻す者じゃない」
少女がじっと見つめる。
「……閉じれば……どうなる……」
「あなたが向こう側へ行く」
即答だった。
「門そのものが消えるから」
ダルスは目を閉じる。
長い人生だった。
灰だけを見つめ続けた日々。
感情を削ぎ落とし、空洞になった心。
――だが。
空だったからこそ。
選べる。
「……それでいい……」
顔たちが歪む。
ざわめきが悲鳴へ変わる。
「やめろ……」
「開け……」
「我々を……」
ダルスは炉へ歩き出す。
一歩。
また一歩。
炎が揺れる。
深淵が脈打つ。
「火葬とは……終わりだ……」
炉の縁に手をかける。
何千回も繰り返した動作。
「例外は……いらない……」
少女が目を見開く。
初めて見せる、人間のような表情。
「ダルス……」
その声は、わずかに寂しげだった。
ダルスは微かに笑う。
「……これが……俺の仕事だ……」
そして――
躊躇なく、深淵へ身を投げた。
瞬間。
炎が爆ぜる。
光が消える。
声が途絶える。
すべての顔が、音もなく崩れ落ちた。
門が閉じる。
世界から。
完全に。
静寂。
王都の外れ。
夜の火葬場。
そこには、いつも通りの炉と、冷えた空気だけが残されていた。
灰は嘘をつかない。
ただ一つ。
その夜。
灰の中に――
人ひとり分の痕跡だけが、静かに増えていた。
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登場人物(火葬7)
ダルス
火葬場に勤める火葬師。
長年、死者を“処理する存在”として感情を削ぎ落として生きてきた男。
だがその本質は「終わりを正しく完結させる職人」。
門の中心に選ばれた存在でありながら、
最後まで“戻す者ではなく送る者”としての矜持を貫いた。
→ 最終的に、自らを犠牲にして門を完全に閉じる。
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少女(異形)
炎の中心に立つ謎の存在。
外見は少女だが、人間ではない。
門の案内者、あるいは“境界そのもの”に近い存在。
感情はほぼ見せないが、
ダルスの選択に対してだけ、わずかな“人間らしさ(寂しさ)”を見せる。
→ 門の選択権をダルスに委ねる存在。
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壁の顔たち(かつて人だったもの)
火葬場の壁を埋め尽くす異形の群れ。
老若男女、無数の死者が歪み混ざり合った存在。
意識だけが残り、「生へ戻ること」を渇望している。
だがその本質は“救済ではなく侵食”。
→ 門が開けば世界へ溢れ出す存在だった。
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深淵(門)
場所であり、概念。
灰の行き先であり、終われなかった存在の溜まり場。
完全ではない“開きかけの門”として存在していた。
→ ダルスの選択により完全に閉じられ、消滅。
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補足(テーマ的役割)
* ダルス:終わりを定義する者
* 少女:選択を与える者
* 顔たち:終われなかった欲望
* 深淵:未完のまま留まる世界の歪み




