56、本多平八郎の決意
岡崎城の大広間は緊迫した空気に包まれていた。岡崎の留守を任されている本多平八郎助豊は上座に座り、じっと三人の男を見た。
梶川平九郎高政、蜂屋兵庫頭頼安、水野下野守忠政の三人である。降伏を呼びかける使者であり、千代丸の重臣三人衆であった。
「武名高い平八郎殿、よくよくお考え下され。ここで意地を張っても無駄死に心得られよ」
身を乗り出した梶川平九郎の顔は真剣そのものだった。本多平八郎は苦い顔をする。
「ここには女子供も籠城しておる。皆、自害して果てること覚悟の上の籠城よ。簡単に降れば松平の名折れとなろう」
「平八郎殿、この下野守も降伏した。千代丸殿は、の、一代の英傑よ。頼朝公のような武家の棟梁となる御方よ。その才、他に抜きんでて候」
水野下野守忠政が低く、静かに言う。平八郎が頼朝という文言に目を剥いて反応する。
「頼朝公だと! そ、そのようなことは!」
平八郎が唾を飛ばしながら立ち上がる。
「平八郎殿、我らを侮るつもりか。幕府においてももはや細川勝元公もおらぬ。次の世を作るのは千代丸殿よ。この蜂屋兵庫、千代丸殿には惚れこんでおってな。なに、慈悲の心を持つ主君であり、三河の国主にふさわしい。清康殿も平八殿も仕えるのだ」
蜂屋兵庫頭頼安がにやりと笑みを浮かべると言い放つ。松平家臣団は沈黙する。息を飲む。誰もが言葉を発しない。
「平八郎殿、そなたを殺したくはない。……ここは膝を屈されよ。腹を切るまで戦うこともあるまい。ここで降伏したとしても誰も責めぬ」
梶川平九郎が迫ると平八郎が絞り出すように言葉を放つ。
「分かった。降伏する。次第を千代丸殿に伝えられよ」
梶川平九郎は笑みを深くする。こうして岡崎城の松平軍六千はあっさりと千代丸に降伏することになったのである。




