49、知立城(ちりゅうじょう)攻め
「次なる敵は安祥城の松平内膳正でございましょう。奴は揺さぶれば、寝返りますぞ」
神谷助兵衛は笑みを浮かべる。他の重臣たちは無反応だ。そう、ここは大高城の評定の間だ。武芸大会が終わった後、千代丸は重臣たちを呼び寄せた。明日も大会は続くが、カモフラージュに過ぎない。真の狙いは安祥城攻略にある。
「内膳正は松平家重臣中の重臣。果たして裏切るであろうか」
疑問を口にしたのは水野磯七だった。新しく家老となった神谷助兵衛の提案に家老たちは難色を示す。
「松平内膳正への調略の儀は進んでおる。ただ松平一族は織田方を軽んじている。成り上がり者とな」
千代丸が静かに答える。そう、松平一族は強大だ。駿河の今川ですら松平には一目置く。松平清康にしてもその叔父、松平信定にしても三河国では武人として名が通っている。
「まずは知立城を攻めましょう。安祥方に千代丸様の武を示すのです。そこで松平内膳に謀反の企みありと民に噂を流します」
「それもやっておる。岡崎の松平は信じまい」
千代丸が言うと神谷助兵衛は首を振る。
「ここで諦めてはなりませぬ。水野を降した千代丸様は武名を上げた。松平内膳はああ見えて目ざとい男です。きっと若のことを見ている。揺さぶれば応じましょう。あの男は甥のことが面白くないはずです」
助兵衛の力説に千代丸はいつの間にか、頷いていた。
「さあ、まずは知立城ですな。若君、知立城を手始めに落としましょう」
千代丸を始め、家老たちから反論は出ない。それどころか、かつての敗軍の将の舌鋒の鋭さに皆、呆気に取られていた。
「なに、知立に敵が押し寄せたと申すか。小癪なり」
安祥城。大広間で声を上げたのは松平信定が嫡子・与一清定であった。血の気の多い与一清定は父である内膳正信定を見る。腕組みをして目を閉じた信定は一言も発しない。
「待たれよ。与一殿が出る程のこともござるまい」
低いがよく通る声だった。松平信定はかっと目を見開くとそこにはにこやかな笑みを浮かべた男がいた。
「これは四郎左殿、俺では頼りないと言うか」
与一清定が不満そうに言うと、内藤四郎左衛門はゆっくりと首を振った。
「さにあらず。ここは我ら岡崎衆が敵を蹴散らしてご覧に入れよう。さて、知立に出るぞ」
立ち上がる内藤四郎左衛門。男たちが立ち上がり、次々と部屋を出ていく。
与一清定は父の内膳正信定を見る。
「フハハハ。つまらん清康よりも面白いわ。織田千代丸、面白い童子よ」
内膳正信定は笑い始めた。いつものことだ。与一清定は眉根を寄せて渋い表情になる。
「かかってこい。童子。儂をもっと楽しませろ」
武人の血が騒ぐ。信定はまだ見ぬ童子を思い浮かべながら笑い続けるのだった……。




