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好きだから。  作者: ぽんこつ


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後日談 授かりしもの

「結衣ちゃん、早く」

私は玄関で靴をトントンと履いて。

靴箱の上の写真に微笑みかけた。

「はいはい。お待たせ」

お母さんは前髪を直しながら。

パタパタと駆けてきた。

「もう、蓮くん待ってるよ」

「少し遅れたくらいで、蓮くんは怒らないよ」

膨れる私の頬を両手で挟むお母さん。

「未だに、ラブラブだもんね」

「おませさんだな。でも、そうだよ、蓮くんとお母さんは、ラブラブだから、蓮衣《れい》が生まれてくれたんだよ」

「もう。その話は聞き飽きたよ。惚気てばっかなんだから結衣ちゃんは」

「ほら、今日は暑いから帽子被って。行くよ」

お母さんは、写真に向かって手を振った。

ガチャ。

玄関扉をお母さんが開ける。

むわーっとした空気が私を包む。

陽射しが眩しくて。

手をかざして。

帽子のつばを押さえた。

今日はお父さんのお墓参り。

お父さんは昨年。

私が5歳の時に死んじゃった。

10代の頃。

お医者さんに。

あと数年しか生きられないって。

言われた病気だったんだって。

でもね。

それよりは長く生きられたみたい。

お父さんが死んじゃったとき。

私はすごく悲しかったの。

でも。

それ以上に私が覚えてるのは。

お母さんが笑っていたこと。

おじいちゃん、おばあちゃんたちや。

麻耶ちゃんや直人くん。

みんな泣いてたのに。

それから。

お母さん。

お父さんの棺に向かって。

まるで。

お父さんが生きている時みたいに。

色んなことを話しかけてた。

そして。

キスしたんだ。

「蓮くん、ありがとう。大好きだよ。またね」

って。

後で。

聞いたのお母さんに。

悲しくないの?

って。

「悲しいよ。でもね、一生懸命蓮くんは生きたんだよ。真っ直ぐにお母さんや蓮衣を愛してくれたでしょ」

って。

「お母さんも、おんなじように蓮くんのこと愛したよ。もちろん蓮衣のことも愛してるよ」

って。

笑いながら。

私のおでこをつんつんして。

鼻をつまんでいた。

「ほら、おいで」

私はお母さんが差し出した手を握る。

細くて。

柔らかくて。

あったかい。

そう。

私が選んで生まれてきた。

大好きなお母さんの手を。


      ☆


「結衣ちゃん、早く!」

玄関から。

かわいらしくも。

急かすような声が襲ってくる。

「あっ、えー、ちょっと待って」

私は愛しの蓮くんの写真に向かって手を合わせる。

「今日も頑張るね」

ずっと。

私に向けてくれていた微笑みがここにある。

ううん。

私のこころの中にもだけどね。

「行ってきます」

よし。

スマイル。

オーケー。

スタイル。

オーケー。

私はパタパタと足音を引き連れて。

玄関に急ぐ。

「もう、また蓮くんとお話してたの?」

両手を腰に当てて仁王立ちの娘の蓮衣《れい》。

「アハハ」

「いつまでもラブラブなのはいいけど。今日は娘の授業参観なんだから」

ほっぺを膨らませ。

ぷんすか丸。

今年の春から。

小学2年生になった娘。

ちょっと。

いや。

かなりのおませさん。

「はい。ごめんなさい」

「いいよ。でも結衣ちゃん。今日はかわいい。ミニスカート似合ってる」

「アハハ。ありがとう蓮衣」

にかっと笑って顔を上げた蓮衣。

私は帽子越しに。

頭を撫でる。

「行くよ」

「うん。蓮くん行ってきまーす」

声を張り上げる蓮衣の手を握った。

ガチャ。

玄関を開けると。

初々しい初夏の日差しが差し込む。

気の早い蝉が一匹。

元気に歌っていた。


蓮くんは一昨年の夏に旅立った。

27歳。

天寿を全うしたって。

本人が言ってた。

蓮くんは中学生の頃に。

余命宣告を受けたの。

あと数年の命と。

でもね。

蓮くんは。

私と付き合いはじめてから。

9年間も一緒に過ごしてくれたんだ。

しかも。

こんなにかわいい娘も託してくれた。


実は。

蓮衣には胎内記憶がある。

5歳の頃。

お風呂に一緒に入ってる時。

不思議なことを言い出した。

「私はね結衣ちゃんを選んで生まれてきたの」

「え!? なにそれ?」

「フフン。だってね。結衣ちゃん、蓮くんがいなくなっちゃったら寂しいでしょ?」

「え……?」

「知ってたよ私は、結衣ちゃんが頑張ってるの。だから、私がそばにいてあげようって。結衣ちゃんを選んだんだ」

「え? 蓮衣が私を選んだの?」

「うん。誕生日も蓮くんの日で生まれてきてあげたんだよ」

「うそ……」

確かに予定日が蓮くんの誕生日に近いから。

二人で同じになったらいいねって。

よく話してたけど。

きっと。

神様が私に。

ううん。

私や蓮くんに。

そして私たちの両親に。

蓮衣を遣わしてくれたのかな。

そんな風にさえ想えた。


校門で麻耶と恭一くん夫婦と合流。

二人は新婚ほやほや。

蓮衣を娘みたいに可愛がってくれていて。

今日は是非、参加したいって。

最近の学校は。

なんか家族以外はって。

色々難しいみたいだけど。

先生に相談したら。

片親だからかな。

了承してくれた。

そうそう。

二人の他にも。

蓮くんの親友の直人くん。

七海ちゃんや軽音部のみんな。

真奈美やチア部のみんな。

高校を卒業してから。

一年に一回は必ず。

みんなで集合してる。


キーンコーン、カーンコーン……

懐かしいチャイムの音がして。

授業参観が始まった。

どうやら作文を読み上げるみたいで。

蓮衣の番になる。

しゅっと。

立ち上がって。

ツインテールを。

くるんと舞わせて。

こっちを向いて。

私たちにダブルピースをした。

私は。

頑張れ!

と声に出さずに。

口の形で伝えて。

ガッツポーズをする。

蓮衣は。

大きくうなずいて。

微笑みながら前を向く。

少し私のが緊張してるかも。

ぽんぽんと肩が叩かれて。

「結衣、肩に力入りすぎだよ」

麻耶が可笑しそうに笑ってた。


「2年1組、烏丸蓮衣」

いつになく。

大人びた声の蓮衣。

「私の両親」

え?

「私のお父さんの蓮くんは一昨年の夏。

病気で天国に行っちゃいました。

若い頃に余命宣告を受けたそうです。

それでも。

辛そうな。

悲しそうなところを。

一度も見たことがありませんでした。

いつも笑顔で楽しそうでした。

私の写真をたくさん撮ってくれて。

一つ一つが大切な想い出で。

宝物です。

でも。

私より、お母さん。結衣ちゃんの写真の方が。

山のようにあります」

クスクスと笑いが起きる教室。


「私のお母さんの結衣ちゃんは。蓮くんの病気を知っても。

お付き合いを続けて。

高校を卒業して結婚しました。

結衣ちゃんは。

蓮くんが天国に行った時も。

お葬式の時も泣きませんでした。

普通は悲しいから泣くのに。

悲しくないのって聞いたら。

悲しいし。

寂しいよ。

って。

でも。

蓮くんが。

幸せをいっぱいくれたから。

私らしくお見送りするんだって。

言ってました。

そして。

蓮衣は二人の幸せの結晶なんだって言ってくれました。

結晶の意味が分からなくて。

聞き返したら。

蓮くんの良いとこも良くないとこも。

結衣ちゃんの良いとこも良くないとこも全部って教えてくれました。

良いとこだけのがいいのにって。

そうしたら。

結衣ちゃんは。

私の頭をそっと撫でて。

蓮くんの病気は。

蓮くんや結衣ちゃん。

世の中的には“良くないこと”かもしれない。

でも。

その病気があったから。

蓮くんも結衣ちゃんも。

一日一日を。

宝物みたいに。

大切に過ごせたんだよ。

その毎日の積み重ねの先に。

蓮衣が生まれてきてくれたんだよ。

だから。

一見“良くないこと”に見えることも。

誰かにとって。

何かにとって。

最高の“良いこと”に変わる。

魔法かもしれないんだよって。

教えてくれました。

結衣ちゃんは。

少しおっちょこちょいで。

意外とさみしがり屋です。

でも。

一人でおうちのことも。

お仕事も頑張っていてすごいです。

私は蓮くんと結衣ちゃんの仲良しを見ていたから。

蓮くんと結衣ちゃんの娘で。

私も幸せです」


隣の麻耶をはじめ。

すすり泣く声が聞こえる。

パチパチ。

私は手を伸ばして。

こころからわき上がる。

微笑みと共に拍手を送る。

読み上げ終わった蓮衣は。

一礼して。

また、振り返る。

私は両手を振り返す。

「蓮衣、ありがとう」

私の声に。

肩をすくめて。

目を細めた蓮衣。

柔らかな光に縁取られていく。

あっ……

あの日の蓮くんのように眩しかった。

そう。

蓮くんがクラスのみんなに病気を打ち明けて。

正真正銘。

真っ直ぐに生きていくと宣言した時に。

ねえ?

蓮くん。

聞こえた?


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。


ふと。

先日。

この作品を読み返していて。

結衣に会ったら。

こんなことがあったよと。

娘が蓮と結衣について話をしている所が頭の中に届きました。

勢いで書き上げた部分が多いですが。

その温度をそのまま残そうと想い。

投稿しました。

結衣に会いに来てくださいまして。

ありがとうございます。

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