それぞれ
もうすぐ一年が終わる。
時が経つのは早いって言うけど。
蓮くんと付き合うようになって。
それをすごく実感している。
赤や緑、金や銀に白と店内はクリスマスムード。
その中に。
店内の雰囲気を落ち着かせるように。
風夏さんが描いた絵が数点。
壁に飾られている。
写実的なものから、コミカルなタッチの作品まで。
絵のことはよく分からないけど。
見入ってしまう。
惹き込むような吸引力があるの。
明るい色合いの中に。
どこか懐かしいような。
切なさを孕んでいる。
ような気がして。
『樫の木』でのバイトは週一くらいで続けている。
店長の樫村さんは、
「学校終わりとかどうなの?」
って。
声をかけてくれたけど。
私の優先順位は蓮くんだから。
土曜日の今日。
平日の常連さんは、ほとんど来ない。
代わりに週末の常連さんが、やって来たりする。
その中にどういうわけか。
紛れ込んでいるんだ。
蓮くん。
来るなんて一言も言ってなかったのに。
ホットサンドのモーニングを食べて。
壁際のテーブル席でくつろいでいる。
配膳した時に、
「あとで、その格好撮らせて」
だって。
まあ、一緒にいられるからいいんだけどね。
キュッ、キュッ。
洗い物にも気合いが入る。
単純な私。
「ふーん。結衣ちゃんの王子様なんだね彼が」
ビクッと踵が浮いて。
手にしてたお皿を落としそうになった。
「風夏さん、脅かさないで下さい」
「あれ? 私さっきから隣で作業してたけど」
「ん?」
「彼はどんなものを切り取るのかな?」
「ん?」
「ふんふん。聞いてみよう。結衣ちゃん、拭きものもお願いね」
「え? あ、はい」
風夏さんは、ふわりとスカートを舞わせて。
フロアに出ていった。
ん?
風夏さんの口振りだと蓮くんと話しをするのかな。
ん?
何を話すのかな。
背中がむず痒い。
ここからじゃ見えない。
んー。
よし!
私は3倍の早さで食器を洗い。
吹き上げる。
バックヤードから顔を出すと……
風夏さんは、蓮くんと向かい合わせに話し込んでいた。
「結衣ちゃんも、手空いたら休憩していいから」
「はい」
店長の樫村さんは、コーヒーカップを掲げた。
私は自分のマグカップにコーヒーを注いで。
ミルクをたっぷり入れた。
両手でマグカップを持って。
フー、フーして。
ごくり。
わずかな甘味と苦味がぬくもりをくれた。
「風夏の興味を引いたみたいだね、結衣ちゃんの彼」
「え!?」
「ああ、誤解しないでよ結衣ちゃん。風夏の感性のセンサーに引っ掛かったって言うこと」
黙って首をかしげる私。
樫村さんは、額に当てた手をパンパンとおでこを叩いた。
「美大でしょ風夏。芸術的に通じ合う何かがあるみたい。あんな風に話してるのは2人目かな」
「2人目?」
「うん。うちのバイトの春川って会ったことあったかな結衣ちゃん?」
ぶんぶんと首を振る。
「そっか、ないか。いや、春川の彼女の咲良ちゃん。彼女は絵を描くんだよ。妙に馬が合ったみたいでね。今みたいに楽しそうだった」
「ふーん」
確かに、風夏さん。
嬉しそう。
蓮くんも。
「あいつ、風夏さ、夏に恋人を事故で亡くしてるんだよ」
「え……」
「咲良ちゃんも結衣ちゃんの彼も、風夏に何かをもたらしてくれたんだろうな」
「……はい」
風夏さん。
恋人に振られたって。
言ってた。
でも、悲しみの中にいたんだ。
蓮くんと風夏さんは、身振り手振りを交えて。
時に真顔で。
笑顔も挟んで。
風夏さん。
どんな想いなんだろう。
大好きな。
大切な。
恋人を――
亡くしてる今の気持ち。
マグカップを握っていた両手に力がこもる。
小さくこぼれた息が、コーヒーに波を作った。
そのままごくごくと飲み干す。
そして、私はバックヤードで仕込みの準備を始めた。
だって。
私は灰汁のない具だくさんの豚汁だもん。
しばらくして――
「結衣ちゃん。ありがとう。仕込み変わるよ」
いくぶん軽い感じの声の風夏さん。
「もう少しで出来るから大丈夫ですよ風夏さん、フロアお願いします」
「あらら、ごめんね結衣ちゃん。それから……ありがとう」
「あっ、風夏さん。お願いがあるんですけど……」
「おやおや。何かな?」
「あの、私と蓮くんの絵を描いて貰えませんか?」
「おやおや」
「ただでとはいいません。お金なら払いますから……」
「いいよ。でも、お金はいらないよ」
「でも……」
「じゃあ、教えてくれる? 絵を描くときのイメージがわくように。結衣ちゃんと彼のこと。うん。彼からも話し聞いてみたい」
「いいですよ」
「よし、じゃあ決まりだね」
「風夏さん、今日はバイト終わったら時間ありますか?」
「おやぁ? さっそくなんだね」
「はい」
「私は大丈夫だよ」
「じゃあ、ちょっと蓮くん……彼に話してきます」
「ふふふ。結衣ちゃんのこころは、草の下のようなんだ」
「ん?」
首を傾げる私。
風夏さん独特の言い回し。
「一つだけ教えてくれるかな?」
「なんですか?」
私を見る風夏さんの瞳は、光沢がなくて。
曇っているように。
それでいて、どこか遠くを見ているようだった。
「さっきね、彼が話してくれたんだけど……彼の病気のこと。どう捉えてるのかなって」
蓮くん。
真っ直ぐ生きてる。
「病気のこと。そりゃ怖いです。蓮くんがいない世界なんて想像出来ないから……」
ふわりと目尻を下げる風夏さん。
「だから、今この瞬間だけを考えるようにしています。蓮くんと一緒に過ごせる時間を大切に」
「すごいね。私がそれに気づいた時には、彼はもういなかった。事故でね。突然だし、呆気なくだった」
「そうだったんですね」
「……私と結衣ちゃんの違いは、覚悟なのかな」
「え? でも私は蓮くんから話を聞いたからですよ。風夏さんの場合は突然だった訳ですから」
「……ありがとう。結衣ちゃん」
きっと。
今でも彼氏さんのこと好きなのかな。
喉を越えそうになる言葉を飲み込んだ。
「結衣ちゃん、どうしたの?」
「あ、あの……風夏さん、今でも好きなんですか?」
ハッとして。
両手で口を覆う。
風夏さんは、一瞬。
目を伏せた。
口をぎゅっと結んで。
「どうなのかなぁ」
顔を上げた風夏さんの瞳が、微かに湿っていた。
「ほら、変わるから彼に伝えておいで」
風夏さんは、私の両肩に手を乗せて。
首を傾げて微笑む。
その笑顔の奥に。
苦しさが混ざっているように想えた。
だって。
声が震えていたから。
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