あふれた言葉と想いの行方
今日は蓮くんが家にやって来る。
なんかそんな名前の歌があったような気がするけど。
なかったような気もする。
そう。
私の両親に挨拶をするために。
蓮くんは駅まで迎えに行くという私の申し出を断った。
「どうして?」
って聞いちゃったら。
「結衣に守られて行きたくない。ちゃんと烏丸蓮。結衣の恋人として。一人で行く」
なんかその声と言葉にぽっとしてた。
朝からそわそわ大魔王な私。
お母さんは一回会ったことがあるからか、ルンルンしている。
お父さんも私と一緒で、そわそわ大魔王みたい。
コーヒー飲んで、新聞開いてをロボットみたいに繰り返している。
約束の時間まで――
あと5分。
ピンポーン。
私だけじゃなくて。
お父さんもお母さんも数秒固まった。
「はあい」
私は席を立ってパタパタと玄関へ。
ちょんとサンダルをつっかけて。
ドアスコープを覗く。
少し強張った表情の蓮くんがいた。
スマイル。
オーケー。
鍵を外して。
ドアを開ける。
輪郭に淡い光を纏った蓮くん。
「おはよう、結衣」
いつもの笑顔の蓮くん。
「おはよう蓮くん。いらっしゃい」
私は背中でドアを支えて。
蓮くんを招き入れた。
普通そうに見えて、やっぱり動きが硬い。
「緊張してる蓮くん、かわいいかも」
「え? もう結衣」
苦笑いしながら、靴をそろえた蓮くんの手を引っ張って洗面所に連れて行く。
手を洗ってる蓮くんの背中から抱きついた私。
私の鼓動より早かった。
「蓮くん。大丈夫だよ。私がいるからね」
くるりと私の腕の中で回れ右をした蓮くん。
私の頭をぽんぽんする。
こんな時でも。
ポンポンスイッチが入っちゃう私。
じんわりしながらも私は背伸びして。
蓮くんの頭をぽんぽんした。
少し目を見開いた蓮くん。
微笑みながら後ろ手に組んで首を傾げる私。
目線を私に合わせた蓮くん。
「ありがとう。結衣。行こうか」
あっ。
スッと蓮くんの指先が私の鼻をつまむ。
そのぬくもりが顔を瞬時に染めていく。
「……はい」
ちょんちょんと手招きをして。
リビングに蓮くんを連れて行く。
一歩踏み入れて。
蓮くんは、
「おはようございます。お邪魔します」
って、お辞儀をした。
なぜか私も頭を下げた。
私と蓮くん、並んで座って。
お母さんとお父さんが向かい側に座る。
最初は和やかだったけど。
勇気を振り絞った蓮くんが病気のことを口にした途端。
空気がピーンとした。
それでも蓮くんは、ちゃんと自分の口から病気のこと、自身のことを伝えてたよ。
一生懸命。
もちろん私への想いも。
恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな言葉と声色で。
お父さんも、お母さんもちゃんと耳を傾けてくれていた。
話し終わった蓮くんは少しうつむいた。
そっと背中をさする私。
カチカチ。
時計の針が静かになったリビングに音を残していく。
咳払いをしたお父さん。
「そうか。蓮くん。一ついいかな?」
「はい」
背筋を伸ばして。
真っ直ぐお父さんを見ている蓮くん。
肩が上がって。
膝の上の拳がわずかに震えている。
「君がいなくなった後の娘はどうしたらいい? 君は旅立ってしまうが娘は生きて行かなければならない。君は娘に何を残してやれるんだい?」
「お父さん!」
思わず声を張り上げた私。
なんでそんなこと聞くのって。
蓮くんが苦しむようなことを。
「結衣は黙ってなさい。いいね」
お父さんは、私を見る。
不思議なくらい優しい顔で。
「でも……」
蓮くんの手が私の腿に触れた。
ゾクッとして。
ドキッとして。
蓮くんはニコッと私を見て微笑む。
そして、目を閉じながら、大きくうなずいた。
「仰る通りです。僕に未来はありません。悲しみや苦しみを残すことも分かっています。大丈夫って結衣さんは言ってくれるけど。いざその時になったら。自分がその立場だったら……間違いなく、苦しいから……」
蓮くんは背筋を伸ばした。
胸を張った。
「でも、それじゃダメですか? 悲しみや苦しみじゃダメですか? だから僕は少しでも和らげるために。いやむしろもっと辛い想いをさせてしまうのかもしれません。だから、僕には今しかないんです。結衣さんといる、今を、一瞬一瞬をそれこそ命を懸けて過ごしています。その瞬間を僕は残して旅立ちます」
そう言って蓮くんは、床に置いてあるバッグの中から、一冊のアルバムをテーブルの上に置いて。
両手をついて頭を下げた。
いつの間にか流れ出した涙が、滝のように頬を伝う。
私の手は蓮くんの背中をさすってた。
だって、震えていたから。
反対されたらって。
怖いんだと思う。
だって。
「まあ……」
お母さんの声。
ぼやけて見えなくて。
お父さんとお母さんはアルバムを見ているみたいだった。
静かだった。
ページをめくる、紙が擦れる音。
それが時を告げた。
ゆっくりと。
合間に両親のため息が混じって。
とてもとても長く感じた。
パタッて。
アルバムが置かれる音がした。
「蓮くん。すまない。顔を上げてくれ。試すような事を言って大人げない。一人娘だからね」
蓮くんはゆっくり体を起こす。
目にいっぱいの涙を浮かべて。
そして、ゆっくり首を振る。
お父さんはニコって笑うと、アルバムを指さした。
「こんな顔の娘見たことがない。まさに結衣の一瞬たちだ。ここにあるのは」
蓮くんは頬を引きつらせながら笑顔を作る。
止まらない涙と鼻水だらけの顔の私は。
蓮くんの膝の上の震える手に右手をそっと重ねた。
冷たい手だった。
今すぐ抱きついて温めてあげたい衝動を必死に我慢する。
「蓮くん」
お父さんが呼ぶ。
「はい」
掠れた涙声の蓮くんが答える。
「娘をよろしくおねがいします」
お父さんは頭を下げた。
「ありがとうございます」
崩れるようにテーブルに頭を付けた蓮くん。
私は、また、涙がわいてきて。
震える指でスカートを握りしめる。
それでも止まらなくて。
唇が震えて。
肩が震えて。
顔を上げた蓮くんがボヤッとしか見えない。
ふって抱き寄せられた私。
両親の目を憚ることなく。
蓮くんも震えていた。
よかった。
ありがとう蓮くん。
頑張ってくれて。
ありがとうお父さん、お母さん。
認めてくれて。
理解してくれて。
お昼ご飯は一転して和やかだった。
お父さんは蓮くんに写真の撮り方なんかを聞いていた。
そして、機会があったら写真コンクールとか応募したらいいって話してた。
「蓮くん、こっち向いて」
「ん?」
私が口の端をティッシュで拭ってあげると。
蓮くんはチラッと私の両親の方を見て。
顔が赤く染まって。
瞳がおろおろしちゃってた。
「はい。とれたよ」
「あ、あろがとう」
舌が回らない蓮くんもかわいいの。
「あらあら、見せつけられちゃったわ。お父さんもこういうところがあればかわいいのに」
「え? 俺か? じゃあ……」
そう言ってわざと口の端にご飯粒をつけるお父さん。
お母さんを見てニコって。
「自分で拭きなさい」
私と蓮くんはおかしくて笑っちゃったけど。
お父さんは、
「ほら、ここだよ」
って、お母さんに甘えてた。
隣で微笑む蓮くん。
その笑顔だけで。
ドキドキして。
満たされて。
ほらね、私の視線に気がついて。
優しく見つめてくれる。
微笑み合っていると、
「蓮くん、お味はどうかしら?」
水を差すお母さんの声。
「あ、美味しいです。ほくほくで」
「あらそう?」
「はい。お母さんが料理上手だから結衣さんも似て上手なんですね」
だって。
まだ、パンケーキしか作ってあげてないのに。
「あら、蓮くんお上手、蓮くんは何が好物なの?」
お母さんは私に小さくウインク。
「ああ、えーと。比較的、和食が好きですね」
「あ、寿司か?」
なぜか、お父さんが食いついた。
「はい、お寿司も好きです。煮物とか魚料理とか」
「こう言ったら失礼だけど、若いのに珍しいな蓮くんは」
「ええ、まあ」
「他には? 定番だけどハンバーグとか、唐揚げとか?」
「ええ、好きです、でもどっちっかって言ったら和食の方が好みです」
箸の先を口に当てながら。
インプットする私。
それから、お母さんは蓮くんが、
「おいしい、おいしい」
って、食べてくれるもんだから喜んじゃって。
席を立ったと思ったら。
出汁巻き玉子作って持ってきたの。
蓮くんは、
「すごく美味しいです。この味。出汁巻き、好物なんですよ」
だって。
知ってるよ。
そんなの。
聞いたもん。
ニコニコしちゃってるの、蓮くん。
私はお母さんを睨む。
だって、私が作ってあげようと思ってたのに。
お母さんは、舌を出しておどけていた。
「蓮くん、今度私が美味しいご飯作ってあげるから!」
「え? ああ、嬉しい。楽しみにしとく」
優しい笑顔が帰ってきた。
その顔を見ているだけで。
ふわりと柔らかな風がこころの中に舞って。
満腹になっちゃうの。
ううん。
だけど。
蓮くんの胃袋を掴むのは私だから。
練習しよ鶏大根も豚汁もポテサラも。
お母さんの味盗まないと……
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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