余韻がもたらしたもの
公園のベンチに並んで座っている。
地面に落ちるまだらな光が風が吹く度にほとばしって弾ける。
つないでいる右手はにわかに汗ばんで。
絡めた指の間が吸いついているみたい。
ついさっきまで。
蓮くんのご両親と会っていた――
失礼がないようにって。
挨拶だけはちゃんとしとこうって。
「橘結衣です。蓮くんの彼女です」
頭を下げたら。
蓮くんのご両親は、目を丸くして笑ってくれた。
お父さんは無口って訳じゃないけど。
会話のほとんどは、お母さんの方とのやり取りだった。
紹介してもらった時、お母さんは私のことを覚えていてくれて、
「やっぱり、あの時の……」
って涙ぐんでた。
それに、
「あなたが漬けたお漬物美味しかったわ」
って。
食べてくれていた。
「まだ、慣れなくて、でも蓮くんがお漬物好きだから、頑張ってます」
私の返答に、お母さんは微笑みながら、何度もうなずいていた。
褒めてもらえて。
おかげで緊張もほぐれて。
終始、ほんわかモードだった。
学校のこと。
部活のこと。
特に何か嫌なことを聞かれるということもなかった。
ただ、そろそろお昼を食べに出掛けようってなった時。
「息子を前に言うのも気が引けるが。結衣さん、まだ今なら付き合い始めて時間も浅い。想いの深さはっていうのかな。それは、あるかもしれないけど。苦しみや哀しみを背負って生きていく道じゃなくてもいいんじゃないかな」
ゆっくりと丁寧に話すお父さん。
でも、どうしてなんだろ?
苦しんだり。
哀しんだり。
辛いけど、今でも苦しんだりしてるのに。
蓮くんがいなくなっちゃたら……
そう考えるだけで。
怖い。
すごく怖い。
でも、それ以上に蓮くんといる今が幸せなんだもん。
蓮くんは――
少し顔を上げて、視線はおぼつかなくて。
膝の上で組んだ手の指が、鼓動のようにリズムを刻んでいた。
「私は、今も苦しかったり哀しかったりします。でも、いけないことなのですか? 大切な人だから、好きだから、きっと辛くなるんですよね? 間違いないのは、私は蓮くんが好きです。今この瞬間も、これからもずっと……」
生意気なこと言っちゃったかなって。
顔を伏せて、蓮くんを見たら。
滲んだ瞳で微笑んでいて。
「そうですか。ありがとう、結衣さん」
お父さんの一言一言、噛みしめるような言い方と。
隣でお母さんがハンカチで涙を拭ってるの見たら。
胸がいっぱいになって。
「お父さん、お母さん。蓮くんを産んでくださって、ありがとうございます。私、蓮くんに出会えて本当に幸せなんです」
気づいたら、心の底から思ったことを口にしちゃってた。
そしたら、お父さんもお母さんも泣き出してしまって。
奥の部屋に引っ込んじゃった。
あっ。
失礼なこと言っちゃったかなって、うつむいたら。
「結衣、ありがとう」
って、蓮くんは私の肩を抱き寄せてくれた。
ただ――
ゾクゾクってして。
ほっとして。
そう。
あの瞬間から蓮くんに触れられるたびに。
手をつないだだけでも。
頭をぽんぽんされるだけでも。
いけない想いがわいちゃうの。
そのあと。
ご両親と一緒に高井駅近くのファミレスでランチをした。
相変わらず、蓮くんは口の端に食べこぼし。
かわいくて仕方ない。
でも、ティッシュ越しに唇に触れた時に。
指先から、ピーンって。
全身に記憶がよみがえっちゃいそうだった。
頑張って食べ方直すと言うのを引き留めた私。
だって。
蓮くんに触れられる機会がなくなっちゃうでしょって。
言ってあげたら。
蓮くんは頬をさすりながら、照れてたんだけど。
一瞬、すごく優しい目をしたの。
私たちの様子を見ていたご両親は涙ぐんじゃって。
でも、蓮くんのお父さんも口の端についてることを教えてあげたら。
「あらやだ」
ってお母さんが拭いてあげてた。
お母さんのあたたかさと口元。
お父さんの優しさと目元。
「似てますね」
って。
また口にしちゃったら。
喜んで笑ってくれた。
「結衣さん、私は一度お会いしてるけど、私も主人も実はねあなたのことは知ってたのよ」
「え?」
「母さん!」
蓮くんは両手を前に伸ばして首を振っている。
そんな蓮くんに構わず、お母さんは、微笑みながら口を開いた。
「家に蓮の写真飾ってあるでしょ?」
「あっ、はい」
耳が真っ赤っかの蓮くん。
私の視線に気づいて。
片頬上げた、ぎこちない笑みを浮かべて。
ゴクゴクとお冷を飲みだした。
「今はね、どういう訳か変わっちゃったんだけど。玄関と階段、それから蓮の部屋に、あなたの写真が飾ってあったのよ」
「え?」
思わず片手を口元に添えた私。
「母さん……もう、その話は」
今までにない情けない声の蓮くん。
慌てちゃって、私とご両親を交互に見て。
ちょっと意地悪だけど。
かわいくて。
でも。
愛しいの。
「だから、ああ、この子のこと好きなんだって。でも写真が変わって。でも蓮の様子は明るくなったしね、お父さん?」
「そうなんだよ。結衣さん。春ごろから笑顔が増えて。普段学校のこと話さないのに喋るようになって、明らかに心境の変化があった」
「そう。蓮は恋してるんだって直感的に思ったの。私はね結衣さん。あなただったらいいなって思ってたのよ」
お父さんも、うなずいている。
蓮くんは、今までに見たことがないくらい真っ赤っか。
夕陽に照らされるよりも。
ずっと、ずっと。
「ありがとう蓮くん。私をずっと見てくれていて」
私は、下から覗き込んだ。
「え? あ、ああ」
首の後ろをさすって、はにかむ蓮くん。
「結衣さん、家で良かったらいつでも遊びに来てね」
「え? はい。ありがとうございます」
お母さんの言葉に。
ひとり。
ドキッとして。
きゅんとして。
いけない私――
さらさらと、木々を震わす風が、そっと髪を撫でていく。
ほんのり熱を帯びた頬には丁度いい。
なんだかんだで。
蓮くんに染まっている私。
蓮くんたちは、これからご祈祷に行くんだって。
有名な病気平癒のお寺って言ってた。
それまでの時間。
あと30分。
「よく小さい頃ここで遊んだんだ、直人と」
「そうなんだ」
つなぎっぱなしの右手。
やっぱり。
すごくドキドキしてるの。
ゾクゾクもしてる。
じんわり体が熱いの。
「蓮くん、来週の日曜日に私の両親と会うのどうかな?」
「……うん。いいよ」
右手がギュッとされる。
私は、絡めた指をそっと這わせていた。
「蓮くんさ、写真関係の専門学校行くんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「早ければ8月には進路決まるんだよね?」
「ああ、AO入試だから実質7月には決まるかな」
「そうなんだ。私も、専門学校行こうかなって考えてるの」
「え? 大学進学じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、その、蓮くんとさ一緒にいられる時間作りたいなって」
蓮くんは私の頭のスイッチをやさしくぽんぽんした。
全身に電気と熱が走って。
お腹がきゅうってなって。
少し呼吸さえ浅くなる。
「ああ、その気持ちは嬉しいけど。結衣のしたいことを我慢することはないよ」
小さく息を吐いて整える。
「我慢してないよ。今ね色々調べて今月中には決めようかなって」
「そっか。ご両親はなんて?」
「まだ言ってない。ちゃんと決めてから話そうかなって」
「結衣? 俺のためにとか、俺のことを想ってくれるのは嬉しいけど。後悔だけはしないで欲しい。って俺が偉そうなこと言える立場じゃないけど」
「蓮くん」
「ん?」
「私は後悔しない。蓮くんと一緒にいられる努力をしない方が後悔するもん」
「そっか……」
蓮くんは目尻を下げながら。
空を泳ぐ雲を見上げた。
雲が運んできた影が、一段、涼しい風を連れて来た。
「結衣?」
「ん?」
私を見つめる蓮くん。
その顔を、ゆっくり陽射しが照らしていく。
「俺とのこと、ちゃんと考えてくれてありがとう」
「うん。だって好きだから」
「俺も好きだよ結衣。でも、やっぱり元気ない」
つないだ手に蓮くんの右手が重なる。
「え?」
「緊張もあるのかもしれないけど。何かあった?」
ああ。
見てくれて。
気がついてくれて。
嬉しいけど。
言えないよ。
恥ずかしいし。
でも……
「ううん。ずっとドキドキしてるんだよ。昨日、電話口の声聞いたの初めてだし、それに……」
くーって顔が沸騰する。
「それに?」
「もう! それ以上言わせないで」
「ん?」
首を傾げる蓮くん。
「お、女の子に言わせないで」
「ん?」
蓮くんは眉間に皺を寄せた。
「もう……」
吐息と一緒に漏れた言葉。
ちゃんと話した方がいいって。
前に言ったもんね。
でも……
なんていったらいいの?
恥ずかしくて。
頬に当てた手が、胸元や腿へと、忙しなく動いて。
うつむいちゃう。
「ごめん……」
蓮くんの声に、ぶんぶんと首を振る私。
「そうじゃなくて。元気ないんじゃないの。女の子は好きな人に触れられたら体が覚えてるの。だからずっとドキドキしてるんだよ」
「あっ……」
きっと。
私。
顔から湯気出てる。
でも……
ちゃんと言わないとって思っちゃった。
「そっか……よかった。元気ないの……もしかしたら後悔してるのかなって。でも結衣は俺のこと考えてくれてるし。だから、ちょっと怖かった……」
「ううん。してない。幸せだもん」
「俺もだよ。ごめんな、結衣にそんなこと言わせて。ダメだな……もっと結衣の気持ちわかるようになりたい。話してくれてありがとう」
「私も、もっともっと蓮くんのことを知りたい」
「結衣?」
「なあに」
「俺を好きになってくれてありがとう」
あっ。
あったかい唇が触れて。
そっと腰に手が回ってきて。
私は目を閉じる。
柔らかくて。
ふわふわしてくる。
とろけそうで。
でも、心臓の音しか聞こえなくて。
また。
沸騰しているの。
でも。
とっても。
幸せです。
そっと、ぬくもりが離れて。
蓮くんの吐息が顔にかかる。
私はその唇を追いかけて。
また重ねる。
蓮くんの首に手をまわした。
ずっとこのままで。
時間よ止まれって。
ううん。
重ねた唇のあたたかさが永遠に――
なんて。
一瞬想っちゃったよ。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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